第24話 平和の味と、静かなる挑戦者
王都の歴史的な『建国祭』から数日。
お祭り騒ぎの余韻が残る街並みは、驚くほど穏やかな日常を取り戻していた。
新しく導入された『ダンジョンポイント(DP)』の流通も完全に軌道に乗り、市民たちは日々のクエストを楽しみながらこなしている。
身分に関係なく誰もが努力した分だけ報われる。そんな新しい王都のシステムは、今や住民全員の生活に深く根付いていた。
「……うん、完璧。お米のパラパラ感も、卵の絡み具合も、今までで一番の出来栄えだ」
王城の厨房で、俺は熱いフライパンを片手に満足げな声を漏らしていた。
【超鑑定】のスキルは、今や料理の火加減や調味料の完璧な配合を見極めるためにも遺憾なく発揮されている。
「マスター、また新しいレシピの開発ですか? 漂ってくる香りが、すでに私の『給仕魂』を刺激して止まないのですが」
クロークの影から、アリアがいつも通りの凛としたメイド服姿で音もなく現れた。
その手には、完全に整理し終えたと思われる薄い数枚の報告書が握られている。
「ああ。大勢で一度に作れて、なおかつ二日目になっても味が落ちない、そんな新しい『迷宮食堂』の定番メニューを考えてたんだ。……ほら、アリアも試食してみてくれ」
俺が小皿に分けた特製の炒飯を差し出すと、アリアは優雅な所作でスプーンを取り、口へと運んだ。
一瞬、彼女の美しい眉がピクリと跳ね、その漆黒の瞳が驚きに丸くなる。
「……驚きました。お米の一つ一つに、旨味のコーティングが完璧に施されています。これなら確かに、時間を置いても水分が逃げず、美味しさが保たれますね。……流石はマスター、料理の構造すらも完全に掌握されている」
「だろ? あとはこれに、好みに合わせて具材を変えられるような汎用性を持たせれば、ダンジョンで働くみんなの胃袋をガッチリ掴めるはずだ」
俺たちのそんなやり取りを、厨房の入り口から羨ましそうに覗き込んでいる二つの影があった。
「……レオン様、アリアさんだけずるいです。私にも、その『ぱらぱらご飯』、食べさせてください……」
影からそっと顔を出したのは、黒衣を纏ったリーシャだ。彼女の目は、完全に俺の作った料理に釘付けになっている。
そしてその背中からは、ノエルが「あの、私も……!」と、小さく手を挙げておずおずと付いてきていた。
「はいはい、お前たちの分もちゃんとあるから。座って待ってろ」
俺が笑って二人分の皿を用意すると、リーシャとノエルは嬉しそうに並んで椅子に座った。
元暗殺者の少女と、三百年の眠りから覚めた聖女。かつては孤独の中で傷ついていた二人が、今では本物の姉妹のように仲良くスプーンを動かしている。
「おいひいです……! レオン様、私、この国に生まれて、本当によかったです……っ」
「大袈裟だな。ただの炒飯だぞ?」
「ううん、違います。レオン様の作るご飯は、どれも全部あったかいんです。……私、この味をずっと忘れたくありません」
ノエルが顔をほころばせ、それを見たリーシャも「……うん、本当に美味しい」と、静かに、しかし心からの笑顔を浮かべていた。
配信のコメント欄は、このあまりにも平和で尊い『家族の食卓』のような光景に、完全にノックアウトされている。
『リーシャとノエルのもぐもぐタイム、ずっと見ていられる……』
『レオンの料理スキル、ハッキング並みにチートで草』
『この日常を守るために俺たちはDPを稼いでるんだな』
だが、そんな穏やかな空気の中に、王城の重厚な扉を勢いよく開ける足音が響き渡った。
「大変よ、レオン! ちょっとこれを見て頂戴!」
入ってきたのは、いつもの大剣を背負ったセレスだ。彼女の後ろからは、何やら困り果てたような表情のギルバートが、一枚の『挑戦状』らしき羊皮紙を持って付いてきている。
「セレス、騒々しいぞ。マスターは今、新しいメニューの構築を……」
アリアが冷たい視線を向けるが、セレスはそれを無視して、ギルバートの持つ羊皮紙を俺の目の前に突きつけた。
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ! ほら、王都のすぐ隣の領地を治めてる『バルトロ侯爵』から、直々に使者が届いたの! 新しい王都のシステムとやらの実力を、自分たちの精鋭部隊と『模擬戦』を行って確かめさせろって!」
「模擬戦?」
俺は眉をひそめ、ギルバートの手からその羊皮紙を受け取った。
【超鑑定】を走らせると、文面に隠された魔力の残滓と、侯爵の本当のステータス、そしてその『裏の意図』が瞬時に脳内に流れ込んでくる。
(……なるほどな。ガルドス公爵が倒れ、王家が失脚したことで、隣の領主たちは戦々恐々としてるわけだ。本当にレオンという男が国を統べるに値するのか、あるいは、自分たちが付け入る隙があるのかを探りに来た、か)
今回の規模は、国境を越えた海外の脅威や世界規模の戦争などではない。
あくまで、この国の内部で発生した、古い権力にしがみつく近隣領主たちによる『内なる小競り合い』。だが、これを完璧にいなさなければ、新しい王都の威厳に関わる。
「ふん。武力で圧力をかけるのではなく、わざわざ『模擬戦』という形式を取ってきたあたり、公爵よりは少しだけ頭が回るらしい」
俺は挑戦状をテーブルに置き、不敵に笑った。
「ギルバート、セレス。相手の精鋭部隊の規模は?」
「侯爵家が誇る『鉄華騎士団』、総勢五百名です。数は少ないですが、全員が特殊な魔導具を装備した一騎当千の猛者たちだと聞いています。……我々ダンジョン騎士団としても、油断できる相手ではありません」
ギルバートが真剣な面持ちで答える。
「五百人ねえ。ちょうどいい」
俺は立ち上がり、厨房の奥にある操作パネルに触れた。
「アリア。第一階層のダンジョンエリアの一部を、臨時の『演習場』に書き換えろ。……ルールは、相手の魔導具の機能を、我がダンジョンのシステムで『完全無効化』した状態での純粋な実力勝負だ」
「かしこまりました、マスター。彼らが自慢の玩具(魔導具)を奪われ、絶望する顔が目に浮かびますね」
アリアが冷徹極まりない極上の笑みを浮かべる。
セレスも大剣の柄を握り直し、「よーし! 日頃の書類仕事のストレス、その鉄華騎士団とかいう奴らにぶつけてあげるわ!」と、拳を鳴らして目を輝かせた。
世界や宇宙といった大きな規模に話を広げる必要なんてない。
この国の、この王都の目の届く範囲にある理不尽や小賢しい企みを、一つずつ俺のルールで上書きしていく。それだけで、物語はいくらでも面白くなる。
「リーシャ、ノエル。お前たちは特等席で見てろ。……新しい王都のシステムが、どれほど理不尽で完璧なものか、隣の侯爵様にもたっぷりと教えてやる」
レオンの黄金の瞳が、静かに、しかし絶対的な確信を持って輝き出す。
新たなる挑戦者を迎える新生・王都ダンジョン。その圧倒的な実力差を見せつけるための『ゲーム』が、再び始まろうとしていた。




