第25話 鉄華の誇りと、傲慢なる無効化
バルトロ侯爵家が誇る精鋭『鉄華騎士団』五百名が王都に到着したその日、彼らを迎えたのは、第一階層に特設された巨大な円形演習場だった。
「……ふん、これが噂の『新生・王都ダンジョン』か。随分と小綺麗なだけで、底辺鑑定士の作った張り子の虎に過ぎんようだな」
鉄華騎士団の団長、バザルが重厚な魔導鎧を軋ませながら鼻で嗤った。
彼らの装備する魔導具は、侯爵家が莫大な予算を投じて作らせた最新鋭の兵器だ。周囲の魔力を強制的に吸収し、所有者の身体能力を十倍に跳ね上げるという、一騎当千の破壊力を持っている。
彼らにとって、今回の模擬戦は王都の新たな実力を見定めるだけでなく、あわよくば恐怖を植え付け、主導権を握るための絶好の舞台だった。
観客席の特等席では、リーシャとノエルが並んで腰掛け、応援用の小さな旗を手に持っている。
「……ノエルちゃん、心配しなくて大丈夫。あのおじさんたちの鎧、もうレオン様の罠にかかってるから」
「はい、リーシャお姉ちゃん! レオン様たちのカッコいいところ、しっかり目に焼き付けます!」
ノエルが満面の笑みで旗を振ると、配信のコメント欄は早くも『ノエルちゃんお姉ちゃん呼び最高』『今日のリーシャも可愛い』と大盛り上がりだった。
演習場の中央。大剣を肩に担いだセレスと、大盾を構えたギルバートが、五百の軍勢を前にして退屈そうに首を鳴らした。
「おいおい、バザル団長さん? 随分と自信満々だけど、そのピカピカのオモチャ、模擬戦の途中で壊れても泣かないで頂戴ね?」
セレスが挑発的に笑うと、バザルは額に青筋を浮かべて怒鳴り散らした。
「不遜な女め! 鉄華騎士団の真髄、その身に刻んでくれるわ! 全軍、魔導具起動! 突撃ィィィッ!!」
バザルの号令と共に、五百の騎士たちが一斉に魔導具に魔力を流し込んだ。
本来であれば、ここで演習場全体の魔力が彼らの鎧へと収束し、圧倒的な光の壁が展開されるはずだった。
しかし。
スカッ……。
「……ぬ? 何だ、魔導具が起動せんぞ!?」
「おい、俺の剣の魔力光が出ないぞ!?」
五百の精鋭たちが、一斉に困惑の声を上げて足を止めた。
彼らの自慢の最新鋭魔導具は、ただの重くて冷たい鉄の塊へと成り下がっていた。
「な、何が起きた……!? 我が侯爵家の最高技術が、なぜ……!」
慌てふためくバザルの視線の先。
演習場の壁に組み込まれた操作パネルの前に立つ俺は、黄金の【超鑑定】のウィンドウを見つめながら、退屈そうに鼻を鳴らした。
「だから言ったろ、バザル。お前たちが挑戦状を出してきた瞬間、その紙に残った魔力の波長から、お前らの魔導具の『暗号コード』なんてすべて鑑定し尽くしたんだよ」
俺の不敵な声が、演習場全体に響き渡る。
「お前らが自慢の魔導具を起動した瞬間、我がダンジョンのシステムがその魔力吸収経路を『完全無効化』して、すべて俺のDPの充電用に横取りさせてもらった。……ごちそうさん、おかげで王都の今月の維持費が浮いたよ」
「ば、馬鹿な……! 戦う前から、我々の戦術をすべて封じただと……!?」
バザルの顔が絶望で真っ白に染まる。
コメント欄は『戦闘開始一秒で詰んでて草』『レオン様を相手に魔導具頼みとか一番の悪手だろww』と、お約束の完全勝利の流れに大喝采だ。
「さて、ギルバート、セレス。オモチャを奪われた可哀想な騎士様たちだ。……怪我をさせないように、優しく『新生・王都騎士団』の実力を教えてやれ」
俺の指示に、二人が凶悪な笑みを浮かべた。
「合点承知! オモチャに頼って基礎を疎かにした騎士なんて、私の峰打ちで十分よ!」
「我が盾は、理不尽を挫くためのもの。……いざ、尋常に勝負!」
そこから先は、もはや試合とすら呼べない一方的な演習だった。
セレスの容赦のない大剣の腹の一撃が数十人をまとめて吹き飛ばし、ギルバートの絶対的な盾の突撃が、鉄華騎士団の陣形を紙細工のようにバラバラに引き裂いていく。
最新鋭の魔導具を失い、ただの重い鎧を着ただけの騎士たちは、日頃から過酷なダンジョンクエストで鍛え上げられた王都の騎士団の足元にも及ばなかった。
わずか数分後。
演習場の地面には、一人残らず武装解除され、白目を剥いて転がっている五百の精鋭たちの姿があった。
「は、果てしなき実力差……これが、今の王都の力なのか……」
最後に一人だけ残っていたバザル団長も、ギルバートの威圧感に耐えかねて、その場にガクガクと膝を突いた。
「バザル団長。バルトロ侯爵に伝えろ」
俺は玉座から見下ろすように、冷酷な目で彼に言い放った。
「古い権力やオモチャの武器で俺の国を脅かせると思うな。次に小賢しい真似をしたら、次は領地ごと俺のダンジョン(システム)に組み込んでやる、ってな」
「ひ、ヒィィィッ……!」
バザルは悲鳴を上げて逃げ出し、模擬戦は新生・王都の完全なる圧勝で幕を閉じた。
隣の領主たちへのこれ以上ない強力な牽制。これで、王都の周辺の安定はより強固なものとなった。
戦いが終わり、歓声に包まれる演習場。
アリアがそっと俺の隣に歩み寄り、いつも通りの完璧な一礼をした。
「お見事でした、マスター。これで近隣の領主たちも、しばらくは静かになるでしょう。……ですが、一つだけ気になる報告があります」
アリアが展開した【超鑑定】の画面の端に、ノイズ混じりの不可解なデータが残っていた。
「……これは?」
「先ほど、彼らの魔導具から魔力を吸収した際、バルトロ侯爵家のデータの中に、あのクローヴィスが残した『地下200階層の未踏の扉』と同じ『暗号コード』が微かに混入していました。……どうやら、あの扉の鍵の一部は、この国の古い貴族たちが分散して隠し持っているようです」
アリアの言葉に、俺は思わずニヤリと笑った。
なるほど。地下の奥底に眠る世界の真実への扉。
それを開くための手がかりが、まさか地上の古い貴族たちの手元にあるとはな。
逃げ回る領主たちを捕まえて、その隠し財産を一つずつ暴いていくのも、悪くない娯楽になりそうだ。
「面白くなってきた。……アリア、次の『家宅捜索』の準備だ」
「かしこまりました、マスター。どこまでも、あなたと共に行きましょう」
底辺鑑定士から始まったレオンの絶対的な統治は、この国の隠されたすべての謎を暴き出すまで、止まることはない。




