第22話 逆転のハッキングと、箱庭の狂気
「……マスター、ゲートの『養分変換設定』、完了いたしました。出現した魔物は地上に出た瞬間、すべてダンジョンポイント(DP)へと強制分解されます」
王城の転送陣の前で、アリアが完璧な礼と共に報告する。
「よし。セレスとギルバートには、そのまま地上の警備と、分解時に発生する余剰マナの回収を任せる。……俺たちはこれより、最短経路で地下200階層へ直行するぞ」
レオンの言葉に、リーシャが鋭く双剣を払い、ノエルもまた不安を払拭するように強く頷いた。
「クローヴィスの通信経路から逆探知した座標へ、一気に空間を跳躍させる。……行くぞ!」
レオンが床の転送陣に手をかざし、黄金の【超鑑定】の魔力を流し込む。
次の瞬間、視界は激しい光に包まれ、空間そのものが引き裂かれるような感覚が一同を襲った。
光が収まったとき、俺たちが立っていたのは、これまでの石造りの地下迷宮とは明らかに異なる異様な空間だった。
見上げるほどの高さがある天井には、無数の精密な歯車と、淡く発光する魔力管がまるで血管のように張り巡らされている。
壁一面には、これまでに王都で死亡した、あるいは行方不明になった人間の「ステータス情報」が、古い羊皮紙のようにびっしりと貼り付けられ、不気味に明滅していた。
ここが地下200階層ーー『深淵の箱庭』の最深部。
「……おや、本当に一瞬でここまで来るとはね。君のその『バグ』のような能力、やはり私の研究対象として最高に魅力的だ」
空間の中央。
巨大なガラスカプセルの中に浮かぶ、無数の管に繋がれた一つの『脳』ーーそれを見上げるようにして、先ほどの青年のホログラムが姿を現した。
本体はすでに肉体を失い、脳だけで三百年間生きながらえてきた、天才魔導技師クローヴィス。
「お前、自分の脳をコアの演算装置にしてたのか。どこまでもシステムに執着する奴だな」
レオンが冷徹な視線を向けると、クローヴィスのホログラムは楽しげに両手を広げた。
『執着? 違うよ、これは「愛」さ。この王都のシステムは、私が作った最高傑作の箱庭なんだ。人間という不確定で、醜く、すぐに裏切る生き物を、完璧な秩序の下で飼育するためのね』
クローヴィスが指を弾くと、壁の羊皮紙が一斉に激しく発光し、俺たちの周囲の空間が歪み始めた。
『君は王や公爵を「腐った権力者」と呼んで蔑んでいたが、彼らを表舞台で躍らせ、その欲望を利用して「聖女の犠牲システム」を維持させていたのは、他ならぬ私だ。……すべては、この王都の百万の家畜どもに、何も考えない幸福を与え続けるためにね!』
空間の歪みから、かつて王都を騒がせた悪徳貴族や、ギルドの上層部たちの「精神体」が、おぞましい怨嗟の声を上げて次々と具現化していく。
彼らは全員、クローヴィスのシステムに魂までハッキングされ、死後も箱庭を維持するための防衛パーツとして利用されていたのだ。
「……アリア、リーシャ、ノエル。こいつらの相手を頼めるか?」
レオンの静かな問いに、三人が前に出る。
「もちろんです、マスター。主人の行く手を阻むゴミを掃除するのは、メイドの義務ですから」
「レオン様は、あの脳みそを叩き潰すことだけを考えてください。……ここは、私たちが絶対に死守します!」
アリアの魔術障壁が展開され、リーシャの双剣が闇を裂く。
さらに、ノエルが胸の前で両手を合わせ、純白の祈りの光を放った。
「……もう、誰の心も縛らせない。三百年の嘘は、ここで終わりにします!」
聖女ノエルの清らかな魔力が、怨霊たちの精神汚染を完全に無効化し、アリアとリーシャの能力を極限まで底上げしていく。
三人の完璧な連携が、クローヴィスが放った過去の亡霊たちを圧倒し始めた。
『チッ……使い捨ての駒(聖女)の分際で、私のシステムに抗うか……!』
初めてクローヴィスの表情に不快感が混じる。
その隙を、レオンは見逃さなかった。
「終わりだ、クローヴィス。お前が三百年間かけて積み上げてきたその『完璧な箱庭』……俺の【超鑑定】で、今すぐ全システムを強制初期化してやる」
レオンがカプセルの中の「脳」に向けて右手を突き出し、黄金の魔力を爆発させる。
だが、クローヴィスは直前で不敵な笑みを取り戻した。
『ハハハ! 無駄だよレオン! 私の脳は、この王都の「地脈そのもの」と直結している! 私のシステムを初期化すれば、王都の地盤を支える全エネルギーが消失し、結局は百万の民ごと街が崩壊する! 君にその引き金が引けるかな!?』
人質は、やはり王都の百万の命。
クローヴィスを殺せば、街が滅ぶ。生かせば、魔物が溢れ続ける。
配信を見ていた視聴者たちも、この究極の二択に息を呑み、コメント欄が絶望で静まり返る。
しかし、レオンの黄金の瞳は、一切の揺らぎもなくクローヴィスを見据えていた。
「お前、さっきから勘違いしすぎなんだよ。……誰が『お前のシステム』を初期化するって言った?」
「……何?」
レオンの口元が、極上のハッカーのような不敵な形に歪む。
「俺の【超鑑定】をただの破壊や書き換えの能力だと思うなよ。……俺が今やってるのは、お前の脳と地脈の接続を維持したまま、その管理者権限だけを『俺のダンジョンコア』へ強制移譲する作業だ」
その言葉と同時に、クローヴィスの脳を繋いでいた魔力管の光が、紫色からレオンの象徴である「黄金色」へと、恐ろしいスピードで塗り替えられていった。
『ば、馬鹿な!? 三百年の暗号化を、この短時間で……生命維持のホットラインを維持したまま乗っ取るなど、人間の脳で処理できる情報量ではないぞ!?』
「底辺の荷物持ちだった頃、俺が毎日何万回、お前らのクソみたいなステータスと魔力回路を鑑定させられてきたと思ってる。……お前の作ったシステムなんて、俺にとってはただの『読み飽きた教科書』だ」
バキバキと音を立てて、クローヴィスの精神体を構成していたホログラムの足元が崩れ始める。
『ア、アァァ……私の、私の完璧な箱庭が……! 私が神として君臨するはずだった世界が……!!』
「神様気取りの引きこもりは、大人しく脳みそだけで夢でも見てな」
レオンが右手を強く握りしめると、黄金の光がカプセルを完全に包み込んだ。
クローヴィスの悲鳴は光の中に掻き消え、三百年間王都を裏から支配していた天才の脳は、完全にレオンのシステムの「一部」へと組み込まれ、沈黙した。
その瞬間、地上のゲートから漏れ出していた禍々しい気配が完全に消え去り、王都全域を包む魔力障壁が、かつてないほどの強度で黄金に輝き始めた。
本当の意味での、完全なるシステムの掌握。
『勝った……! レオンがマジでやりやがった!』
『三百年の黒幕をハッキングで瞬殺とか、最高すぎるだろ!』
『これで本当に、この国はレオンの物になったんだな……』
世界中の視聴者たちが、奇跡の目撃者となり、最大の大歓声を上げる。
戦いを終え、静まり返った地下200階層。
アリア、リーシャ、ノエルが、レオンの元へ駆け寄る。
「お疲れ様でした、マスター。これで全ての憂いは断たれましたね」
「うん、みんなのおかげだ。ありがとう」
レオンは仲間たちに微笑みかけ、ようやく肩の力を抜いた。
だが、クローヴィスの脳が完全に沈黙した直後、彼の玉座の裏にあった壁の羊皮紙が一斉に剥がれ落ち、その奥から『一枚の古びた扉』が姿を現した。
その扉には、これまでの王国の紋章でも、クローヴィスの術式でもない、見たこともない「奇妙な文字」が刻まれていた。
そして、レオンの【超鑑定】が、その扉の向こう側から届いた『最後の通知』を受信する。
『ーー世界構造の第一階層(国家規模)の完全統治を確認。これより、第二階層(???)へのゲートを開放します。』
国のすべてを掌握したレオンの前に現れた、さらなる世界の「外側」へと繋がる扉。
底辺鑑定士から始まった彼の物語は、この国の常識すらも超えた、本当の「世界の真実」へと足を踏み入れようとしていた。




