第21話 深淵の招待状と、マスターの逆襲
王都の至る所に突如として出現した、地下深くへと誘う不気味なゲート。
『深淵の箱庭』の開放を告げるアナウンスと共に始まった激しい地鳴りは、数分ほどで嘘のように収まった。
しかし、王都の空気は一変していた。
街の広場や大通りにぽっかりと開いた漆黒の穴からは、これまで体感したことのないほど濃密で、それでいてどこか冷厳な魔力が絶え間なく吹き出している。
「……マスター、街の混乱は最小限に抑えられています。ギルバート団長とセレス様が即座に全ゲートの周囲に防衛線を張り、住民の避難と警戒に当たっていますので」
玉座の間。アリアがいつも通りの冷静な手際で状況を報告するが、その brows には微かな険しさがあった。
隣には、ノエルが不安そうに俺の服の裾を握りしめ、リーシャが影からいつでも飛び出せる姿勢で控えている。
「お前たち、そんなに怯えなくて大丈夫だ。ただのシステムエラーか、前任者が遺した悪趣味な隠しダンジョン(イースターエッグ)の類だろう」
俺は操作パネルを叩き、新しく出現した『第101階層』のデータを【超鑑定】でスキャンしようとした。
だがーー。
『警告。対象エリアは【未認証領域】です。マスター権限による事前スキャンを拒否します。』
脳内に響く冷徹なシステム音声。
俺の【超鑑定】のウィンドウに、ノイズ混じりの赤い文字が走る。
「……ほう、俺の鑑定を弾くか。ますます気に入らねえな」
俺が目を細めたその時、黄金のダンジョンコアが激しく明滅した。
空間に、これまでの配信画面とは違う、独立した一つの魔導ホログラムが形成されていく。
そこに映し出されたのは、豪奢な衣装を纏った一人の『青年』の姿だった。
端正な顔立ちに、退屈そうな、しかし獲物を見つけた猛獣のような昏い瞳。何より奇妙なのは、彼の頭上に、かつて俺が剥ぎ取ったはずの『王家のステータス』に酷似した紋章が浮かんでいることだった。
『はじめまして、現マスター。それとも、かつての「底辺荷物持ち」と呼んだ方がお気に召すかな?』
青年が優雅に一礼する。その声が響いた瞬間、ノエルが小さく悲鳴を上げて俺の背後に隠れた。
「……ノエル、こいつを知ってるのか?」
「は、はい……。その人、三百年前の記録で……初代国王の傍らに常にいたという、伝説の『天才魔導技師・クローヴィス』です……!」
ノエルの言葉に、アリアとリーシャの視線が鋭さを増す。
三百年前の人間が、なぜ今、目の前で生きているかのように会話しているのか。
『おやおや、私の名前が現代まで残っているとは光栄だね、聖女ノエル。……いや、今は「ただの女の子」に戻してもらったのかな? 余計な真似をしてくれたものだ』
クローヴィスと名乗る青年は、冷たい視線を俺に向けた。
『レオンくん。君がその【超鑑定】で、現世の無能な王や公爵を蹴散らす姿は、実に見事なエンターテインメントだったよ。だがね……君がやっていることは、私が三百年間維持してきた「王都という名の揺り籠」を壊す暴挙だ』
「揺り籠、だと? 生きた人間を電池代わりにして搾取するシステムが、お前の言う揺り籠か?」
俺が冷たく言い放つと、クローヴィスは心底おかしそうに肩を揺らして笑った。
『そうだよ。人間など、一握りの天才が管理してやらなければ、すぐに身内同士で争って自滅する愚物だ。だからこそ、聖女の犠牲という最小のコストで、百万の家畜に永遠の平穏を与えてやった。それを君は、安っぽい正義感で台無しにしたんだ』
彼はホログラムの向こうで、退屈そうに指を弾いた。
『君が王都のシステムを統合したことで、この国を外界の脅威から守っていた「大結界」のマスターキーが、自動的に最下層へ移管された。……つまりね、これから一時間ごとに、地下の「箱庭」から溢れ出す古代の魔物が、王都の居住区を内側から喰い荒らすことになる』
「なっ……!?」
アリアが即座に手元のコンソールを操作する。
「マスター、事実です! 王都全域の防衛障壁の出力が低下しています。このままだと、ゲートから溢れ出す魔物を止められません!」
『さあ、新しい王様。君の「自慢の部下たち」と「百万の領民」が、内側から食い殺されていく気分はどうかな? 止めたければ、地下200階層にある私の本体まで、その首を取りに来るといい』
クローヴィスのホログラムが、不気味な笑みを残して霧のように霧散した。
緊迫する玉座の間。
配信を見ていた視聴者たちのコメント欄も、これまでにない恐怖でパニックに陥りかけていた。
『嘘だろ、一時間ごとに魔物が街に出てくるってこと!?』
『あの男、三百年前から生きてるバケモノかよ……』
『レオン、どうするんだよこれ!』
「レオン様……ごめんなさい、私が、私が外に出たせいで……!」
責任を感じて涙を流すノエル。
アリアも、リーシャも、地上のセレスたちに指示を出すべきか、俺の言葉を待っている。
絶望的な状況。
だが、俺はふう、と深く溜息を吐き、髪を掻き揚げた。
「まったく……どいつもこいつも、自分が神にでもなったつもりで上から目線で語りやがって」
俺の口元に、狂気すら孕んだ不敵な笑みが浮かぶ。
「アリア。地上のギルバートとセレスに通信を繋げ。作戦を変更する」
「……どのような作戦でしょうか、マスター」
「防衛線を張るな、と言え。ゲートの周囲から住民を避難させたら、ゲートそのものを『一方通行のトラップエリア』に書き換える」
俺の意図を察し、アリアの瞳にゾクりとした歓喜の光が宿る。
「……なるほど。出てくる魔物を、そのまま我がダンジョンの『養分(DP)』として強制変換するのですね?」
「そうだ。クローヴィスの野郎は、自分の作ったシステムが絶対だと思い込んでるみたいだが……俺の【超鑑定】は『一度見た構造』を二度と忘れない」
俺は手元の操作パネルに触れ、先ほど弾かれた『未認証領域』のログを力任せに引きずり出した。
「確かにエリア自体は弾かれたが、あいつがホログラム通信を繋いできた瞬間の『魔力の経路』は、すべて鑑定し尽くした。……地下200階層までの最短ルートは、もう解析完了してる」
俺の目が、過去最高に眩い黄金の光を放つ。
「リーシャ、アリア、ノエル。行くぞ。一時間以内にあの引きこもりの天才のツラを拝みに行って、その歪んだ価値観ごと完全に叩き潰してやる」
王都を人質に取ったつもりの天才魔導技師。
だが彼は知らなかった。底辺鑑定士レオンを本気で怒らせた時、そのダンジョンマスターとしての権限が、どれほど理不尽なまでの暴力を振るうことになるのかを。
「俺の国で、俺のルールに従わない奴はーー誰であれ、ただのゴミ(不良品)だ」
反撃の幕は、すでに上がっている。




