第20話 統べる者の玉座と、胎動する迷宮
王都を支配していた愚王が失脚し、三百年の因習が完全に崩れ去った翌朝。
「……ねえアリア。本当に、私がこの席に座らなきゃダメなの?」
王城の最上階、かつて歴代の国王たちが座ってきた巨大な玉座の前で、セレスが引きつった笑顔を浮かべていた。
彼女の体には、いつもの動きやすい軽装ではなく、仕立てのいい上質な絹のドレスが無理やり着せられている。
「当然です、セレス様。あなたが現在の『ダンジョン騎士団・最高統括』であり、民衆からの人気も最も高い。新生・王都の『顔』として、暫定の執政官に就任していただきます」
「いやいやいや! 私に政治なんて無理よ! ギルドの書類仕事だけで頭が爆発しそうなのに、国全体の面倒を見るなんて絶対に嫌!」
ドレスの裾をバタつかせて逃げ出そうとするセレスの首根っこを、アリアが冷徹な手際でガシッと掴んだ。
「逃亡は許可できません。マスターであるレオン様は、すでに別の重要な『システムの最適化』に動いています。内政は私たちが支えなければなりません」
「うう、レオンの鬼、悪魔、超鑑定士……っ! ギルバート、あんたからも何か言ってよ!」
助けを求められたギルバートは、騎士団の新しい白銀の鎧に身を包み、大真面目な顔で深く頷いた。
「諦めろ、セレス。我々が力を合わせ、この新しい平和を守るのだ。……ちなみに、私はこれから旧貴族たちの資産凍結と、住民への公平な分配手続きの確認で、明日の朝まで一睡もできない予定だ」
「全員が地獄を見てるじゃないのよぉぉっ!」
王城の執務室にセレスの絶叫が響き渡る。
かつての絶対的な権力構造が崩壊した王都だったが、レオンが構築した合理的なシステムと、彼を慕う優秀な(そして少し苦労人な)幹部たちの手によって、混乱は最小限に抑えられ、急速に復興へと向かっていた。
同じ頃、俺はノエルを連れて、王都の中央に鎮座する『新生・王都ダンジョンコア』の前にいた。
「……すごい。これが、今の王都の心臓なのですね」
ノエルが黄金に輝く巨大な水晶を見上げ、感嘆の声を漏らす。
かつて彼女を縛り付けていた、あの禍々しい紫色の人工コアや泥の怪物の残骸は跡形もない。
今ここにあるのは、純粋な魔力脈を効率的に循環させ、王都の住民全員に安全なエネルギーと生活基盤を提供する、完全なクリーンシステムだ。
「ああ。お前が命を削って繋がっている必要は、もうどこにもない。……体調はどうだ?」
「はい! アリア様のご飯が美味しすぎて、少し体が重いくらいです!」
ノエルが元気いっぱいに胸を張る。
三百年の闇から解放された彼女の肌は血色を取り戻し、その笑顔は周囲を照らすほどに明るかった。
【超鑑定】で彼女のステータスを見ても、生命力は完全に回復し、固有スキルである『聖女の祈り』の魔力も安定している。
「レオン様、あの……」
ノエルが少し恥ずかしそうに、俺の服の袖を引いた。
「ん? どうした?」
「私、ずっと暗闇の中で、この国の皆さんの『声』を聞いてきました。みんな、苦しそうで、お互いを疑って、寂しいって泣いていました。……でも、今の王都からは、そんな悲しい声が聞こえません。みんな、前を向いて笑っています」
彼女は真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。
「レオン様が、この国を変えてくれた。私を救ってくれただけじゃなく、みんなのことも救ってくれた。……本当に、ありがとうございます」
「俺は、自分が嫌なものを叩き潰しただけだ。……でも、そう言ってもらえると、悪い気はしないな」
俺が苦笑いしながら彼女の頭を撫でると、ノエルは嬉しそうに目を細めた。
配信のコメント欄は、完全にノエルのファンクラブと化している。
『ノエルちゃんが笑ってるだけで、俺たちの課金(DP)が報われるわ』
『底辺鑑定士から、マジで最高の王になったなレオン』
『この日常がずっと続いてほしい』
しかし、平和な日常の裏で、俺の【超鑑定】は、ダンジョンコアの奥底から発せられる『奇妙な通知』を感知していた。
(……おかしいな。旧王国のシステムは完全に消去したはずだぞ)
王家の王冠を破壊し、初代コアも吸収した。
王国内の脅威はすべて排除され、システムは完璧に一元管理されている。
それなのに、ダンジョンコアの最深部のデータが、まるで『自律的な意志』を持ったかのように、勝手に書き換わり(アップデート)を始めていた。
「……マスター。不測の事態です。影のネットワークに、未知の魔力信号が引っかかりました」
玉座の影から、リーシャが音もなく姿を現した。
彼女の表情は、いつになく真剣で、微かな警戒の色が混じっている。
「未知の信号? どこからだ。旧貴族の生き残りか?」
「いえ……王都の内部ではありません。この王都の敷地の下、私たちがまだ探索していない『地底の未開拓領域』ーーそこから、こちらのコアに向かって、強力なアクセス要求が来ています」
リーシャの言葉と同時に、目の前の黄金のコアがドクンと大きく脈打った。
空間に展開された【超鑑定】のウィンドウが、真っ赤な警告色に染まる。
『警告。王都全域のシステムを掌握したことにより、第一段階(フェーズ1)のクリアを検知。』
『これより、本ダンジョンの真の役割である【試練の第二段階】を起動します。』
『地下第101階層から第200階層ーー「深淵の箱庭」を開放。王都のすべての居住区を、強制的に次のステージへと移行します。』
「なっ……!?」
無機質なシステム音声が、俺の脳内に直接響き渡る。
驚愕する俺たちの前で、黄金のコアから眩い光の柱が天へと突き抜けた。
王都の地盤が、これまでとは全く違う、巨大で地響きのような震動を始め、街の至る所に『新たな深層への入り口』が次々と出現していく。
国を統一し、すべてを終わらせたつもりだった。
だが、それは終わりではなく、この国そのものが仕組まれていた『巨大なゲーム』の、始まりに過ぎなかったのだ。
「……なるほど。前言撤回だ。この国の本当の『バグ』は、まだ地下の奥底に眠っているらしいな」
俺は迫り来る地鳴りを受け止めながら、不敵な笑みを浮かべた。
王都の百万人の命を背負った、底辺鑑定士の本当の戦い。
この国を完全に俺の物にするための、未知なる深淵への挑戦が、今幕を開ける。




