第13話 神域の執刀と、結束する守護者たち
「残り時間は三分。起爆装置が作動する前に、数千人の体内にある『寄生魔石』をすべて無力化する」
玉座の間に響くレオンの静かな、しかし絶対的な宣言。
難民たちの心臓に仕掛けられた極小の爆弾。外科手術など到底間に合わない絶望的な状況下で、しかし四人の幹部たちの眼に焦りの色はなかった。
彼らはすでに、この規格外のダンジョンマスターが不可能を可能にすることを、魂の底から信じ切っていたからだ。
「全員、俺の指示通りに動け。アリア、迷宮の環境マナを極限まで引き上げ、居住区を完全な『治癒領域』に書き換えろ」
「イエス、マスター。……空間のリソースを治癒に全振りします。これで、対象者の細胞組織が傷ついても瞬時に再生します」
アリアがコンソールの鍵盤を弾くように操作すると、王都全体を包む黄金の光がさらに力強く、温かな輝きを増した。
「ギルバート、セレス! お前たちはダンジョンの動力炉に直接魔力を注ぎ込め。数千人同時の干渉には、膨大なエネルギーが要る」
「承知した! 騎士の誇りに懸けて、この命の火をくべよう!」
「任せなさい! 私の魔力、一滴残らず絞り出していいわよ!」
二人が玉座の裏にある巨大な水晶柱に手を触れると、莫大な光の奔流が迷宮の回路を駆け巡り始めた。
「最後に……リーシャ」
レオンの視線が、影のように控える黒衣の少女に向けられる。
「お前が『メス』だ。俺の【超鑑定】の視覚情報を、お前の脳に直接リンクさせる。迷宮の影を伝い、数千人の体内に仕掛けられた魔石の『魔力回路だけ』を、一瞬で断ち切れ」
その言葉に、リーシャはわずかに肩を震わせた。
「私、が……? レオン様、私は暗殺者です。私の手は、人の命を奪うための技術しか……もし、一つでも手元が狂えば、その人の命を……っ」
震えるリーシャの小さな両手を、レオンが力強く握りしめた。
「狂うわけがない。お前は妹を救うために、誰よりも精密で、誰よりも必死にその技術を磨いてきたはずだ」
レオンの真っ直ぐな瞳が、リーシャの恐怖を溶かしていく。
「今まで奪うために使わされてきたその手を、今日は『守るため』に使え。お前なら絶対にできる。俺が保証する」
「……っ! はい……!!」
リーシャの瞳から大粒の涙が溢れ、そして直後、暗殺者ギルド最高傑作としての鋭く澄み切った眼光へと変わった。
彼女は双剣を抜き放ち、深く息を吸い込む。
「マスター権限行使。【超鑑定】・視覚共有開始」
レオンの目が黄金に輝くと同時に、リーシャの視界が爆発的に拡張された。
王都中にいる数千人の難民。その一人一人の心臓のすぐ傍で、禍々しい紫色の光を放つ極小の魔石が、手に取るように視認できる。
「見えます……すべて、見えます!」
「よし。起爆まで残り十秒……五秒前。いけ、リーシャ!!」
「『影断ちの舞』……ッ!!」
リーシャの身体が影に沈み、王都中に広がるダンジョンの影と同化した。
難民たちの足元の影から、数千の不可視の刃が一斉に伸びる。
それは肉体を一切傷つけず、ただ『寄生魔石の魔力回路』だけをコンマ一ミリの狂いもなく切断していく、神業の連続だった。
『パァンッ!!』
数千の魔石が一斉に機能を停止し、砕け散る。
その微小な衝撃はアリアの治癒領域によって瞬時に無効化され、難民たちは自分たちの体内で何が起きたのかすら気づかないまま、爆発の危機から完全に解放されたのだ。
「……全魔石の沈黙を確認。対象者の生命活動、すべて正常です。……やりましたね、マスター」
アリアが普段の冷静な仮面をわずかに崩し、安堵の笑みを浮かべる。
魔力供給を終えたセレスとギルバートも、床にへたり込みながら互いにハイタッチを交わしていた。
影から戻ってきたリーシャは、手から双剣をポロリと落とし、その場に泣き崩れた。
「私……殺さなかった……。私の手で、みんなを……」
「ああ。お前は今日、数千人の命を救った最高の英雄だ」
レオンが優しく頭を撫でると、リーシャは子供のように声を上げて泣きじゃくった。
配信のコメント欄は、限界を突破した感動の嵐に包まれている。
視聴者たちはリーシャの過去を知っているからこそ、彼女が『命を救う刃』へと昇華した瞬間に、数百万人が涙を流して彼女のファンになっていた。
『リーシャちゃんよく頑張った!』
『暗殺者が英雄になる瞬間、マジで鳥肌立った……!』
『レオンの適材適所の采配、本気で神がかってる』
危機は去った。
王都の住人たちも、難民たちが自爆させられそうになっていた事実を配信で知り、彼らを迫害するどころか、涙を流して無事を喜び合っている。
だが、玉座の間にいるレオンの目は、まだ冷たい怒りを孕んでいた。
「アリア。難民たちの体内から砕け散った魔石の破片を、すべてここに転送しろ」
「畏まりました」
空間が歪み、数千人分の魔石の残骸が玉座の前に集約されていく。
レオンはそれに【超鑑定】の力で強制的に魔力を再充填し、一つの巨大で不安定な『超高圧爆弾』へと再構築してしまった。
「な、レオン様? それは一体……」
ギルバートがギョッとして尋ねる。
「決まってるだろ。北のガルドス公爵が、俺の民にこんな物騒なプレゼントを送ってきたんだ。……お返しをしないと礼儀に反する」
レオンは極上の悪役のような笑みを浮かべ、アリアに振り返った。
「アリア。ガルドス公爵の屋敷の、ど真ん中の座標を割り出せるか?」
「すでに照準は完了しております。いつでも『宅配便』をお届け可能です」
「よし。……北の豚野郎に、宣戦布告だ」
レオンが指を鳴らすと、巨大な爆弾が転送ゲートへと吸い込まれ、一瞬にして姿を消した。
王都の危機を鮮やかに救った底辺鑑定士は、ついに国内最大の武力を持つ公爵領へと、直接的な反撃の牙を剥いたのだった。
次なる舞台は北の大地。反撃の狼煙は、公爵の絶叫と共に上がる。




