第12話 北の鉄騎兵と、迷宮防衛会議
「マスター、本日の紅茶は『月光樹の葉』をブレンドいたしました。お疲れの体に染み渡るかと」
玉座の間。アリアが一切の隙もない優雅な所作で、透き通るような琥珀色の紅茶を差し出す。
「ありがとう、アリア。いつも完璧だな」
俺が一口飲むと、背後の影がヌルリと歪み、リーシャが音もなく姿を現した。
「レオン様。北方のガルドス公爵領より、先遣隊約五百の接近を確認しました。……いつでも影に沈め、首を刈り取る準備はできています」
「リーシャ、お前は少し殺意が高すぎるわよ! ギルドの冒険者たちも新しい武器を試したがってるんだから、少しはこっちに獲物を残しなさい!」
バンッ! と重厚な扉を開け放ち、大剣を背負ったセレスが元気よく飛び込んでくる。
その後ろでは、真新しい黒鎧を着込んだギルバートが頭を抱えていた。
「君たち……一応ここはマスターの御前だぞ。もう少し静粛にできないのか……」
これが、新生・王都ダンジョンの最高幹部たち。
かつての腐敗した上層部とは比べ物にならないほど強大で、そして、どうにも個性が強すぎる頼もしい仲間たちだ。
配信のコメント欄も、彼らが揃い踏みする姿に大いに沸き立っている。
『レオン陣営の四天王感、最高すぎる!』
『アリア様の紅茶飲みたい』
『セレス姐さん、相変わらず脳筋で助かる』
『ギルバート団長の中間管理職みたいな立ち位置ほんとすき』
「お前ら、作戦会議を始めるぞ。席につけ」
俺が声をかけると、四人は一瞬で表情を引き締め、それぞれの定位置に直立した。
俺は空中に、王都周辺の広域マップを投影する。
ガルドス公爵の狙いは明確だった。
俺が潰した人工コアの技術を裏で流用し、生体兵器を作り出していた公爵は、王都の混乱に乗じてこの迷宮そのものを武力で乗っ取る腹積もりらしい。
リーシャの報告によれば、向かってきているのは公爵自慢の『黒鉄騎兵団』。
昨日キメラの死骸から見つかった黒い結晶ーー寄生魔石を埋め込まれた魔馬を操る、厄介な部隊だ。
「マスター、迎撃の指示を。我がダンジョン騎士団が城壁の外へ出向きましょうか?」
ギルバートの真摯な問いに、俺は首を横に振った。
「いや、わざわざ外に出て戦う必要はない。ここは『俺のダンジョン』だぞ? 向こうから口の中に入ってきてくれるんだ、手厚く歓迎してやろう」
俺は手元の操作パネルを叩き、王都の正門にあたる第1階層の構造を直接書き換えた。
場面は変わり、王都の正門前。
地響きを鳴らし、五百の黒鉄騎兵団が猛スピードで迫っていた。
隊長である屈強な男は、無防備に開け放たれた王都の巨大な門を見て、醜く顔を歪めて嘲笑う。
「ハッ! 何が新生ダンジョンだ! 門すら閉められんとは、小童がビビって逃げ出したに違いない!」
彼らの乗る魔馬は、寄生魔石の力で痛覚を完全に失い、限界を超えた筋力を強制的に引き出されている。
「蹂躙しろ! 冒険者も騎士も、すべて我らガルドス公爵家の馬蹄にかけて挽肉にしてやれ!」
五百の騎兵が、怒涛の勢いで正門へと雪崩れ込んだ。
配信を見ていた視聴者たちが『あっ、入れられちゃったよ』『あーあ、可哀想に……』と同情のコメントを寄せる中。
彼らが門をくぐり抜けた瞬間ーー風景が、ありえない形に歪んだ。
「な、なんだここは!?」
先頭を走っていた隊長が悲鳴を上げる。
彼らが飛び込んだ先は、王都の大通りではなく、見渡す限りの泥沼が広がる異空間『第3階層・底なしの腐海』だった。
空間が繋ぎ合わされているという迷宮の常識外れの現象に、パニックに陥る騎兵たち。
だが、本当の地獄はここからだった。
泥沼の底から無数の巨大な触手が伸び、魔馬たちの脚に絡みつく。
そして、触手の先端が魔馬に埋め込まれた『寄生魔石』だけをピンポイントで抉り取ったのだ。
「ヒヒィィィンッ!」
魔石を失い、洗脳から解かれた魔馬たちは元の大人しい馬に戻り、背中に乗っていた騎兵たちを泥沼へと次々に振り落としていく。
「お、おのれぇっ! 罠か!」
「ご名答。だが、ただの泥沼じゃないぞ」
空間の頭上に、俺の姿を映す巨大なモニターが出現する。
「その沼は、武装の重さに比例して沈む速度が上がる。自慢の黒鉄の重装甲が命取りだったな」
隊長をはじめ、全身を分厚い金属で覆った騎兵たちは、もがきながら恐ろしいスピードで泥に沈みかけていた。
重装甲ゆえに身動きが取れず、完全に無力化されたのだ。
「ク、クソが……ッ! だが、これで勝ったと思うなよ、レオン!」
泥にまみれ、首まで沈みかけた隊長が、狂気を孕んだ笑みを浮かべる。
「我々先遣隊は、単なる陽動! 貴様は気づいていないだろうが、すでに王都の内部には『死の種』が蒔かれているのだ!」
その言葉に、俺は眉をひそめた。
すぐさま【超鑑定】の範囲を王都全体へと広げ、内部の異常をスキャンする。
……見つけた。
王都の居住区。昨日、北方の混乱から逃れてきたと主張し、保護を受け入れた数千人の『難民』たち。
彼らの体内ーー心臓のすぐ傍に、砂粒ほどの極小の『寄生魔石』が埋め込まれていたのだ。
「チッ……難民に偽装して、人間爆弾を街のど真ん中に送り込んでいたってわけか」
しかも、その極小魔石の起爆スイッチは、あと数分で強制起動する状態に設定されている。
「ハハハ! 王都の民を守ると豪語した貴様が、何千人もの領民と共に内側から吹き飛ぶ様を、地獄から見物してやるぞ!」
隊長が狂笑しながら、完全に泥の底へと沈んでいった。
時間が無い。
数千人の体内に埋め込まれた極小の爆弾を、数分以内にすべて無力化しなければ、王都の居住区が壊滅する。
しかし、対象の数が多すぎる。一つ一つ外科手術で取り除く時間など到底ない。
視聴者たちも絶望的な状況を悟り、コメント欄がパニックで埋め尽くされようとしていた。
だが、俺は玉座から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべてマイクを握った。
「アリア、リーシャ、セレス、ギルバート! 全員聞け!」
俺の鋭い声に、幹部たちの表情が引き締まる。
「これより、王都全域を対象とした『超規模の同時手術』を開始する。一人残らず、俺たちの民を救い出すぞ!」
底辺鑑定士の神業が、公爵の非道な策を凌駕する瞬間が迫っていた。




