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不可侵領域  作者: 時宮のシロ


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4/7

薄荷の入浴剤

 ──春。大学入学後、間も無く。

 都心に建つ高級マンション。はるみの家。

 玄関ドアが、軽やかに開く。


「……っ。」


 嬉しさを顔に湛えたはるみが、足早に玄関に入り、振り返る。


 マンションの廊下に、ドアを押さえて立つまさる。

 はるみに遅れて玄関に足を、一瞬迷って踏み入れる。


 玄関ドアが、小さな音を立てて閉まった。


「ここが俺の家。入って、まさる!」


 はるみがニッコリ笑いかけ、靴を脱ぐ。


 まさるははるみを真似て急いで靴を脱ぎ、妙な気持ちで廊下に立つ。

 靴下の下に、冷たく硬い大理石。


「まさる、これ、これ履いて。」


 はるみが屈んで差し出したスリッパに、言われるまま足を差し込むまさる。


「うわ、フカフカ……。はるみ、俺……。」


 はるみが、まさるの言葉を遮るように手を引っ張る。


 玄関から続く、白い大理石の明るい廊下。

 床と同じ色のハイドアが、リビングのドアまでいくつも並んでいる。


 まさるが、黒いスポーツバッグを揺らしながら進む。

 ドアの向こうは、洒落た内装の開放的なLDK。


「うわぁ……。ホテルみたい。はるみ、本当にここに一人で住んでるの?」


 はるみが冷蔵庫から、お茶の小さなペットボトルを出す。

 ──まさるがよく飲むお茶のパッケージ。


「うん。父さんのマンションで、家具とか小物は母さんの趣味。」


 はるみはまさるをソファに座らせる。


「ここで待ってて、風呂にお湯張ってくるから。」


 はるみの背中を目で追いながら、まさるはもらったお茶の蓋を開ける。


(本当に、俺と違う……。)


 一口飲んだお茶でさえ、初めて味わう気がする。


 しばらくしてはるみが廊下から顔を出す。


「まさる、パジャマ着る?」


「俺、寝る時用の服、持ってきた……。」


「そっか!薄荷の匂い平気?」


「薄荷の匂い……好き。」


「そっか!入浴剤それにする。」


 はるみがパタパタと動き回る音が、廊下から聞こえてくる。


(初めて泊まる友達の家が、こんなすごい家なんて……。)


 まさるの脳裏に、都営団地の私室が浮かぶ。

 古い学習机に、色褪せたカーテン。


 気後れしながら、リビングの大きなカーテンに目をやる。

 上品な生地のアイボリー。


(はるみのお母さん……。)


 入学式の時に挨拶をした。

 静かに、儚くみえる微笑みを浮かべた、きれいな人。


 まさるの胸の緊張が、少しだけ緩む。

 ソファも、テーブルも……。

 まさるは、はるみの母親が、家具を選ぶ姿を想像する。


「まさるー!お風呂できたよ。入ろう!」


 廊下からはるみが、弾んだ声で呼ぶ。



 まさるが慣れない様子で、着替えを抱えて脱衣所に入る。


「俺、人の家の風呂入るの初めて。」


「俺も!自分の家に友達が泊まりにくるの初めて。」


 はるみがウキウキと服を脱いでいく。

 まさるは遅れないように自分も脱いで、はるみに続いて浴室に入る。

 浴室に満ちている、爽やかな薄荷の匂い──。


 はるみの楽しげなお喋りが、浴室内に響く。

 短く返事を返しながら、まさるは黙々と体を洗う。


「まさるの足強そう。運動やってたの?」


 はるみは髪をシャンプーで泡立てながら聞く。


「中学で陸上部だった。中距離走の。はるみは?」


「俺、中学は帰宅部。高校でテニス部だった。あんまり大会とか出てないけど。まさるは?」


「俺は、地元の大会で少しだけ成績とったくらい。」


「すっげー!いいなぁ。俺走るの苦手なんだよ。」


「俺は球技が苦手。」


 白い湯気があがる浴室。


 仲良く狭そうに、湯に浸かるまさるとはるみ。

 はるみは機嫌良く歌を歌い、浴室には陽気な明るさが満ちている。


「まさる、また泊まりに来てね。これからいっぱい来て!」


 大きな口を開けて笑うはるみ。

 薄荷な香りを、まさるは吸い込む。


「──うん。」


本作は『仁王立ちヒーロー』(まさる視点)と対になる作品です

『仁王立ちヒーロー』はこちら

https://ncode.syosetu.com/n0451md/

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