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不可侵領域  作者: 時宮のシロ


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3/7

初めての夜

 ──はるみが大学を卒業した翌年。

 週末の夕刻。


 古い昭和風の、戸建ての貸家。あいの家。

 玄関に、あいの揃えられたパンプスが一足。


 玄関から続く、磨き込まれた古い廊下。

 奥のキッチンからは、あいが調理している音が聞こえる。


 ガチャガチャっと、玄関の鍵穴に鍵が差し込まれる音。

 ドアが開かれ、はるみ、続いてまさるが入ってくる。


「あい〜!お邪魔しま〜す!」


 はるみが廊下の奥に向かって、明るい声を出す。

 まさるがドアを向いて、内から鍵をかける。


 あいはキッチンからひょっこり顔を覗かせた。


「はるみ、まさる、いらっしゃい!」


 まさるたちは洗面所に寄り、順番に手を洗う。


 キッチン入り口の玉のれんを片手であげ、はるみが紙袋を差し出す。


「あい、これ。まさるとケーキ買ってきたんだ。後で一緒に食べよ……どうしたの?」


 まさるも後ろからキッチンを覗き込む。


 あたたかい色調の壁紙が印象的な、6畳のキッチン。

 小さめの壁付けI型キッチン、作業台を兼ねた二人掛けのダイニングテーブル。

 出入り口近くには食器棚と、──140Lくらいの小さな2ドア冷蔵庫。

 その冷蔵庫の扉を開けて膝をついたあいが、片手にいくつも食材を抱えている。


「あはは。ちょっと今日、買い過ぎちゃって。うまく入りきらなくて……。」


 あいはパズルのように工夫して入れようとするが、既にスペースはほとんど無い。


「よし、今夜はたくさん作るね。それで解決。二人とも、いっぱい食べていってね!」


 あいは冷凍庫から保冷剤を取り出し、はるみから紙袋を受け取る。


「はるみ、ありがとう。今日のデザート楽しみ。」


「俺、一緒に作る。」


 まさるが手を挙げる。


「俺も!」


 はるみも一緒に手を挙げる。


 あいの小さな笑い声。



 夜。

 居間に、あいとはるみの賑やかな話し声が響いている。

 ちゃぶ台には空になった大皿、小鉢、ほぼ残りがない麦茶のガラスポット、ケーキのアルミとセロファンが残った皿。

 食後しばらく経っても片付けに立ち上がらず、お喋りを続ける3人を、ぬくもりのある電球色が照らしている。


 ──着信音が鳴り始める。

 あいはスマートフォンをポケットから取り出す。


「おばさまから電話!」


 あいは息を弾ませて二人に告げ、着信を取る。


「はい。こんばんは、おばさま。お元気?」


 はるみとまさるが見守る中、二人をニコニコ見返して、あいが話し出す。


「ええ、うん。大丈夫、今も実は一人じゃないの。まさるとはるみが遊びに来てくれてて……。ふふ!ちょっと待ってね。」


 あいは、まさるとはるみに手振りで示し、二人が頷いてすぐに、スピーカー通話に切り替える。


「おばさま、こんばんは!」


「こんばんは。」


 スピーカーから、女性の嬉しそうな笑い声。



 通話後、居間は静かになった。

 まさるが、気がかりそうにあいを見ている。


 途中まで楽しく話していたあいが、苦しそうになったのは、あいの叔母が口にした、あいの父親の言葉を聞いてから。

『あいのひとり暮らしを心配してたわよ。今度、顔を見に行きたいって……。』

 あいの叔母の言葉に、あいの顔から血の気が引き、まさるとはるみが会話を引き取ってとりなし、通話は終わった。


 あいは膝の上で、両手をぎゅっと握り合わせている。


 はるみが、後ろに手をついて上体を反らす。


「あい……。具合悪そう。大丈夫?」


 はるみの言葉にあいが力なく笑う。


「うん……。」


「顔色悪いよ。心配だな。なぁ?まさる。」


「うん。」


「……。」


 あいは目を伏せる。


「ちょっとこのまま帰るの心配だし、俺たち泊まる?まさる。」


「え?」


 まさるがはるみを見る。


「……。」


 あいが顔をあげ、二人を交互に見る。


「まさると俺は、一階にしかいないから安心していいよ。どう?あい。」


「……いいの?」


 迷うように問いかけるあいに、まさるは頷く。


「うん。俺たちは絶対に二階に行かない。階段に足も乗せない。安心していいよ、あい。」


 まさるは前のめりに畳に手をついて答える。


 あいの両目がじわりと赤らむ。


「……ありがとう。そうして、欲しいな……。」


「いいよ!俺たちが片付けするから、もう二階で休んでおいでよ。」


 真っ直ぐにあいを見つめる、まさる。


「寝坊してもいいよ。みんなで作ったご飯が、キッチンにまだいっぱいあるもんな。」


 はるみの明るいもの言いに、あいが小さく笑う。



 深夜。

 二階の和室には、シンと静けさが満ちている。

 背中を丸めて横を向き、小さく口を開いたあいの寝顔。


 一階の和室には、男たち二人の若々しい寝息が響いている。


 暗い玄関に、──この時間帯に初めて並んだ、三人だけの靴。


 静かな街並みの中。古い戸建の屋根に、小さな三日月がかかっている。

本作は『仁王立ちヒーロー』(まさる視点)と対になる作品です

『仁王立ちヒーロー』はこちら

https://ncode.syosetu.com/n0451md/

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