繋がれた翼
しかし、交渉は早々に暗礁へ乗り上げた。
ヨルンナが条件という言葉を口にした途端、視察団の軍人は運用の再現性を求め、魔導師は幼精核を外部接続式へ変更するよう提案した。研究局側は現行機による観測継続を譲らず、会議は紛糾した。
紙をめくる音。立ち上がり、床を擦る椅子の脚。机を叩く拳。幾つもの声が重なるたび、腕の中にあるリョースの温もりだけが遠ざかっていく。
再現性。
責任の所在。
搭乗者負荷。
どれも間違ってはいない。だからこそ、息が詰まった。
机上の正論が積み重なり、その下でリョースの重さだけが小さくなっていく。感情のまま喚きたくなる衝動を、テテュスは机の下で握った拳へ押し込めた。
(ヨルンナには、頭が上がらないな……)
全力で口を噤むテテュスに代わり、ヨルンナは技官の矜持だけで場を切り回していた。
心強い味方だとは思う。ただ、彼女が何のためにここまで戦うのかは、テテュスにも分からない。それでも、その弁舌に救われていた。
軍人が再現性を問えば、再現するための研究だと切り返す。魔導師が危険性を説けば、観測せずに危険だけを断ずるのかと笑う。
視察を終えて始まった会議は、昼をまたいでも終わらなかった。
暖房管の熱が弱まり、窓から差す光だけが長卓の端へ移っていく。空になった水差しが二度取り替えられても、互いの主張は動かない。
喧々諤々の議論は、夕刻を前にようやく閉幕した。
結局、合意には至らなかった。
双方が条件を持ち帰り、交渉は次回以降へ持ち越された。
それだけを確認し、テテュスは最後の一人が資料を閉じるまで席を立たなかった。
閉会が告げられた直後、リョースを抱いて足早に会議室を出た。一秒たりとも長居したくなかった。
それから、どうやって格納庫まで戻ったのかは、よく覚えていない。
油と金属の匂いを吸い込むと、会議室に残った熱が肺の奥から抜けていった。
機兵架に固定された真紅の巨体は、何も言わずにテテュスを見下ろしている。磨き抜かれた装甲は整備灯を受けて鈍く光り、足元では十メートル級の躯体を支える補強板が床へ深く沈んでいた。
会議室で飛び交った言葉は、どれも腕の中のリョースへ届かなかった。
テテュスは白い子機を抱え直す。指が細かな和毛を掴みかけ、柔らかな感触が潰れる前に力を抜いた。
守りたい。
リョースを。
エンドリフギルを。
そして、二人と共に飛ぶという自分の選択を。
不意に、背後から足音が近づいてきた。
「ここにいると思いました」
振り向かなくても、誰かは分かった。
足音は背後で止まらず、隣まで来る。視線だけを横へ逃がすと、ダグアーラの正装が目に入った。
さらに奥、格納庫の入口付近にはナイジェルが立っている。護衛は二人へ近づかず、退路と主の背中を同時に見張っていた。
テテュスは何も見なかったように、再び機体を仰いだ。
ダグアーラも隣に立ち、同じように真紅の巨体を見上げる。会議の場には相応しかった王族の正装も、油の匂いが染み付いた格納庫では、どこか浮いて見えた。




