↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝翼のテテュス ~誇り高き巫女は、王子の愛に靡かない~  作者: 三津朔夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/73

再び空へ

 凍星月(いてほしづき(二月))も半ば。神霊技術開発研究局が管轄するラウクヴィーク基地。

 幼精搭載式飛翔型(エンドリフギル)の胸部操縦席で、テテュスは掌《てのひら》に返る感触を確かめていた。


 視界端(はし)の計器類は正常値。ここには魔力を漲(みなぎ)らせる自分と、淡く光る宝珠(ほうじゅ)しかなかった。

 力は要《い》らない。押し込む前に、操縦桿(そうじゅうかん)の奥がこちらの意思を拾う。


 返ってくる抵抗は深く、指の腹へ機体の奥行きが乗った。

 基幹骨格である竜骨(りゅうこつ)の内側を走る魔導神経線が、十メートル級の関節の一つ一つを指先へ繋《つな》いでいる。


 一本の、硬い線。それが張り詰めるでもなく、ただ通っていた。

 銀光(ぎんこう)が照らすコックピットの中。計器盤中央に嵌め込まれた宝珠が、淡い金色を湛(たた)えている。

 宝珠に宿るリョースは喋らない。光だけが静かに脈を打つ。その間隔に乱れはない。


 テテュスが息を吸い、操縦桿を右へ逃がす。宝珠の光が僅かに強まる。それだけで、機体は傾いた。

 操縦席の外で、乾いた北風の流れが乱れる。視界に映る試験場の輪郭が、ごく僅かに傾いた。


 高度十二メートル。地表から離れているはずなのに、足下の装甲越しに、機体が空中で踏み止まる力が伝わってくる。

 薄く残った雪が、機体の真下だけ円く削られている。砂利がじりじりと外へ押され、灰色の泥が乾いた風に剥がれていく。


 浮いているのではない。落下へ戻ろうとする巨体を、術式と推進器(すいしんき)の火焔(かえん)が押し返している。

 魔導推進器(まどうすいしんき)の低い駆動音が、腹の底へ沈んだ。

 音そのものよりも先に、座席の支柱が震え、腰骨へ細かな振動が届く。肩甲骨の裏まで、機体の稼働が這い上がってきた。


 テテュスは目を細める。機体は右へ二度角傾いた。だが、姿勢制御術式がすぐに躯体(くたい)の重心を補正する。

 背部の推進器《スラスター》が細く絞られて、鋼の飛翼(ひよく)が空中で僅《わず》かに傾いた。

 竜骨フレームが荷重を逃がすそのたびに、操縦桿へ反力が戻る。


 リョースが応えている。そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 嬉しい、という言葉にしてしまえば薄い。もっと硬く、もっと静かなものだった。

 失くしたものが戻ったのではない。

 自分の手の中で、もう一度、機体が動く。それだけでよかった。


<幼精核(パルウルスかく)、魔力変動なし>


 管制塔で観測員が読み上げた。数値に問題はない。テテュスはそれを聞きながら、操縦桿を小さく戻した。即座に応えた機体が戻る。速い。が、自然な形で違和感がない。

 命じたから動いたのではない。こちらが傾きを欲した瞬間には、リョースがすでに機体へ伝えている。


 魔力を流し、機体が応え、その反応を受けて次の入力を返す。

 まるで、翼を得たかのようだ。ただし、その翼は空気だけでなく、地上までを動かす。

 右肩装甲が戻るだけで、空気の層がひとつ剥《は》がれた。

 背部の飛翼駆動架(ひよくくどうか)が微細に沈み、推進器の噴炎(ふんえん)が地上の砂を焦がす。


 操縦桿を僅かに倒す。抵抗が指の腹へ返るより早く、巨体がそれに応えた。

 腰骨へ伝わる低い振動と、宝珠の脈動が同じ間隔を刻んでいる。

 命じて動かしている感覚ではない。テテュスとリョース、その間を一本の意思が通っていた。


 口元が緩みかけて、テテュスはすぐに奥歯を噛んだ。試験中だ。今一度、自身と相棒の手綱を握り直す。


<微速前進へ移行してください>


 管制塔から指示が入り、了解と返してテテュスは操縦桿を前へ倒した。

 わずかな入力。エンドリフギルは、滑るように前へ出た。

 巨体が動いた瞬間、地上の砂塵(さじん)が後ろへ流れる。固定台の鎖が僅かに震え、観測用の細い支柱が一拍遅れて揺れた。それでも操縦席の中は静かだった。


 強引に押し出される感覚はない。機体はテテュスの意思に沿って、冬空の薄い層を裂く。術式が映す画面の向こう、試験場の白と灰が予定より僅かに速く流れた。

 テテュスは操縦桿を指先だけで戻す。微速前進から停止へ移る、その瞬間。背部推進器が一段強く噴いた。


 腰が座席から僅かに浮き、胃の奥が遅れて持ち上がる。墜ちた日の浮遊感が、記憶より先に身体へ戻った。

 操縦桿を握る指が強張《こわば》り、宝珠の金色が一拍だけ揺らぐ。テテュスは息を長く吐き、指を一本ずつ緩めた。光も、ゆっくり元の脈動へ戻った。


 機体はすぐに減速。前進の慣性を残した躯体を、推進器が受け止める。

 停止の余波が地面へ落ち、蒸発した雪が遮幕(しゃまく)を下ろし、地面の砂が浅く波打った。


<水平停止を確認。推進出力、なおも安定>


 管制塔の声を聞きながら、テテュスは宝珠を見やる。淡い金色の光は、乱れていない。胸の奥にあった強張りが、ほんの僅かにほどけた。

 失ったものが戻ったわけでも、奇跡が起きたわけでもない。

 いつの間にか、操縦桿を握る指から力みが抜けていた。

 気付けば、呼吸が宝珠の脈動に追いついていた。


 機体を鎮(しず)めたのではない。自分の身体が、リョースの側へ戻っていた。

 竜機兵(ドラグマキナ)の巨体が、冬空に静止している。その静けさを、身体が実感し始めていた。


 操縦桿は軽い。けれど、その軽さの下には、空に足場を作るだけの圧がある。

 ふと、この足場はどの高さまで続くのだろうと思った。

 術式が耐え得る限界は、高度三〇〇〇メートル。

 その数字を思い浮かべた瞬間、腰骨の奥に、墜ちた日の浮遊感が微かに蘇(よみがえ)る。

 にも拘らず、宝珠の光は変わらず穏やかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。