血の宿命
ミレイユは口を引き結び、瞬出する憤懣を噛み潰す。挑発に乗ってはいけない、敵の観察に徹する。
彼らは何を待っているのか。そこに思い至った時、咄嗟に操縦桿を押し倒す。ところが、地面に穿たれた砲火が行く手を阻む。射線は斜め後方。狙撃手が頭から抜けていた。
左右の二機が駆け出す。躯体を唸らせ吶喊。大剣と槍が結界を砕き、大楯と火花を散らせた。狙いは足止め。気付いたが手遅れ。伐採路を揺らして疾駆する正面の敵が槍を突き出す。コックピット目掛けて放たれた一撃。火花を咲かせ、辛うじて逸らすものの脚部装甲を深く抉り込む。顔を顰めた矢先、向けられた砲口に魔力の高まりを感じた。この時ほど、体格差を恨めしく思ったことは無い。
<絶えろ、英雄の血!>
正面から浴びせられた勝利宣言。それが、ミレイユの心を極寒の雪原に叩き落とす。
(本当に、うんざりする――)
逃れ得ぬ血の宿命。聞くだけで口の奥に苦みが滲む、唾棄すべき言葉。彼女の中で、何かが弾けた。
【迷いの霧】。ミレイユの囁きと共に、ヒュルンドレキが背負う円環から霧が噴射。白い遮幕が一瞬で耳目を塞ぐ。
<各員、散――>
号令の途中で砲身が破裂する。霧で目晦ましを喰らわせ、瞬時に槍で貫いた。搭載された術式が崩壊し暴走、指揮官機と思しき相手が朱炎と黒煙に食い破られる。
<隊長――――ッ>
敵陣に動揺が走り叫ぶ。機体は結界に守られ、その場に縫い留められていた。
他方、ヒュルンドレキは爆発の余波で挟撃を脱出。壊れた槍を棄て、左右の大楯を基部から捥ぐ。爆風で霧が吹き飛び、今なら互いの機体が視認できる。怒号を放って向かって来る敵に、片方の盾を突き出し防御。
砲声が森に轟き、着弾の衝撃で腕部が軋む。盾の尖った底面を叩き込み磨り潰す。金属がひしゃげる音は、まるで機体の断末魔。爆炎が周囲の一切を吹き飛ばした。
「さて……」
炎上する破片が散乱する中、敵が使用していた槍と大剣を拾う。局所的に霧が晴れても、全体で見れば生じた空白は僅かだった。夜陰に浮かぶ白い闇。敵の狙撃手から、こちらはまだ見えない。
ミレイユは先に赤黒く明滅する構造物へ突貫し、大剣を叩き込んだ。小規模な火柱が森を照らす。
居場所を晒した。それでも、銃声は来ない。
(逃げてるとは、考えにくい)
機体の駆動音も、鋼鉄の足音も聞こえない。ならば狙撃手は都市強襲型ではない可能性がある。
ミレイユはコックピットを開放して外に出、霧へ直接魔力を流し込む。白い幕の中で、巨木の陰に小さな輪郭が浮いた。
「見つけた」
敵から奪った槍に【穿貫】を発動させ投擲。
金色の光が濃霧を切り裂き、巨木の幹を貫通。倒木へ意識を奪われた敵が銃口を向けるより早く、ヒュルンドレキは間合いを食い潰していた。
「遅い」
銃身を逸らし、奪った大剣を一閃。
白銀の【光刃】が結界ごと敵機を断ち、内蔵術式の暴走が紅蓮となって霧を焼いた。
墜ちたのは飛翔鎧だった。どうりで、鋼鉄の足音が聞こえないはずだ。
銃を分捕り、霧を焼尽させる炎熱から逃がしてやる。武装としては、剣よりも有用そうだった。
「アルガスト少尉。応答してください」
直掩の盾役を駆る部下へ拡声魔法で呼びかける。返答はない。そもそも、森へ来ていないようだった。
神殿で何かが起きた。そう考えるのが妥当だ。
今すぐ戻れば、テテュスの無事を確かめられる。あの子の傍へ行ける。
その考えだけが、凍り付いた胸の底に微かな熱を灯した。
けれど。北部戦線を放置すれば、代わりに誰かが死ぬ。自分が安心するために他人を見捨てて、それでどんな顔をして彼女の前へ戻ればいい。
機体状況を確認。脚部と腕部が小破。十全での戦闘は望めない。
それでもミレイユは、神殿へ戻る進路を閉じた。
「早く終わらせなくちゃ」
森を突っ切り、北部戦線の側面へ躍り出る。
魔導器を片手に戦場を駆ける歩兵が一転、ヒュルンドレキを見上げて散った。照準、発砲。地砕きの紅焔が陣列を鯨飲する。
敵兵が三々五々《さんさんごご》に散っていく。追う。撃つ。消す。そこに躊躇いは無い。
いつからか、数えることをやめていた。
操縦桿を握る指には、震えひとつ残っていない。むしろ引き金は軽かった。
その事実だけが、遅れて胸の底へ沈んでいく。
夜帳の中で雪が降る。霧が流れる。炎が揺らめく。
人が燃えている光景より、火線の数と敵陣の崩れ方ばかりがよく見えた。
「とても、見せられないわね」
血と泥がぶちまけられた戦場をコックピットから睥睨する。自分でも驚くほど怜悧な声だった。
操縦桿を握る手には、もう震えひとつ残っていない。
それでもテテュスの前でだけは、優しい姉の顔を失いたくなかった。




