表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝翼のテテュス ~誇り高き巫女は、王子の愛に靡かない~  作者: 三津朔夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/49

意思より先に

 了解の返答を受け、テテュスは浅く息を吸った。

 まずは慣らし運転。飛ぶ必要はない。歩行と各関節の追従確認だけ。

 そう分かっているのに、胸の奥はひどく熱かった。


 事前説明にて、制御術式が一新されたことはダグアーラから聞かされている。旧来よりも深く、操縦者の想念を拾う構成にしたのだと。

 高揚こうようする心の手綱たづなを握りめ、歩行開始。操縦桿そうじゅうかんわずかに倒し、ペダルへ力を乗せる。


 はがね躯体くたいは軽やかに、一拍も置かず応じた。脚部が床をつかみ、滑るように一歩を踏み出す。

 速い、ではない。近い。もはや入力と反応の次元などではなく、身体との境界も曖昧あいまいに感じられる。


「これ程とは……」


 吐息が、勝手に甘く漏れた。

 分かっていたはずだった。想念が反映される機体だということくらい。

 それでも、実際に触れた近さは、理解より先にのどを熱くした。


 演習場へ向かう歩行そのものは、あまりにも滑らかだった。

 空への渇望かつぼうれる胸中が、その違和感を覆い隠す。

 中腹から眺望ちょうぼうできる山肌は、林立する落葉樹と常緑樹の下に敷き詰められた枯葉かれは絨毯じゅうたんが目を楽しませてくれる。それらを眼下に収めて飛べるかと思うと、心が浮き立って仕方ない。


<中尉。|アイギス《強化型魔導式誘導統合装置》の術式の感触はどうですか?>


 問題ない。機体を支配する近さだけが、逆に不気味だった。


「はい少佐。むしろ良過ぎるくらいです」


 テテュスは馬鹿正直に答えた。


<良過ぎる、というのは?>


 懐疑かいぎを含んだ怪訝けげんな声が降る。


「……はい少佐。魔力に乗った想念を幼精(パルウルス)が汲み、それが挙動に反映されるという意味です」


 答えた自分の声は、思ったより冷たく硬い。通信に短い沈黙が落ちた。


<慣らし運転はここまでです。続けて、高速機動試験へ移行します>


 いよいよ、本番だった。スコルと矛を交えた先日の演習が、熱を帯びたまま脳裏によみがえる。

 滑空翼で風を捉え、飛ぶが如く速さで地上を舞う白亜の機体。イメージは完璧。今なら、加速で鋼の躯体に叩きつけられる風すらもありありと想像できる。


「ようやくだ、リョース」


 語りかけると、宝珠が光を返してくれた。焦がれる想いを解き放ち、背部の翼を展開。


「こちらエンドリフギル。高速機動を開始する」


 ペダルを踏み込み、飛翼と一体となった推進器に点火。噴口の劫火が花開き、轟音を立てて燃える陽炎。爆発の推力によって浮遊し地面を滑走。

 加速によって胃の腑が浮き立ち、身体が座席に沈み込んだ。鋼の躯体は立ちはだかる風圧を物ともせず、真紅の翼を広げ低空に舞う。


 旋回。思う前に、機体が傾いていた。

 意図の輪郭りんかくが固まる前に、翼がひるがえっている。遅れて操縦桿そうじゅうかんかたむけた自分の手が、どこか滑稽こっけいに感じられた。


 命じたのか。それとも、身体が先に望んだのか。

 もう一度、試す。今度は慎重に、動作の起点を意識しながら。

 右への旋回。やはり早い。指先が操縦桿そうじゅうかんに力を込めた瞬間、機体はすでに翻っていた。やはり、皮膚の内側にある意図を直接読み取っている。


(……読んでいる、のではない)


 全然違う。エンドリフギル(この機体)ではなく、リョースがこちらの思考を待っていない。筋肉が動くより先、意図になるより手前の火種を拾って、機体を動かしている。

 喉の奥が熱い。それなのに、背骨の一点だけがひやりと冷たかった。


 テテュスは、自分の指先を一瞥いちべつした。

 操縦桿を、握っている。

 あるいは、握らされている。

 どちらなのか、もう分からなかった。

 

 〇                                 〇


 機体を降りた瞬間、ひざがわずかに遅れて重力を思い出した。

 地面に立っている。分かっているのに、足裏の奥にはまだ、滑走の感触が薄く残っていた。

 紅白の強化服に被覆された指先がまだ熱い。操縦桿を握っていた感覚だけが、皮膚の内側に残って離れない。


「おかえり、テテュス♪」


 はずんだ声と共に、白亜の強化服姿のスコルが駆け寄ってきた。後ろにはネイラもいる。


「どうだった? そんな顔してるってことは、手応えは上々ってとこかな?」


 言われて初めて、ほおにまだ熱が残っていることを自覚した。


「……そうだな」


 火照ほてったほおに視線を感じ、テテュスは顔をらす。


「それで、今日も相棒が活躍した感じ?」

「私がパイロットなんだが……」


 首をかしげるネイラに、うらみがましい眼差しを向ける。


「なら、様子見してたの?」


 テテュスは答えず、ジロリとにらみ返した。


「操縦は気持ちよかった?」


 スコルが悪戯いたずらっぽく笑う。

 テテュスはすぐには頷けなかった。嘘はつけない。

 喉の奥の熱をひとつ飲み下し、ようやく口を開く。


「……ああ」


 短く答えた瞬間、ネイラの目が少しだけ細くなった。


「確か、機体と魔力交感してるんだっけ?」


 |アイギス《強化型魔導式誘導統合装置》は、|セラフ《魔導統合精密攻撃ユニット》を竜機兵にまで拡張させた術式。

 想念が直接挙動に反映されるのも、それが要因。


「そうだ。まだ感覚が残ってる」


 視線を落としたてのひらに、まだ熱が貼りついていた。


「それ、大丈夫なの?」


 のぞき込んてくる灰青のひとみ憂慮ゆうりょが宿る。


「それを――」

「中尉」


 弁明しようとして、背後に声が掛かる。足音に振り返ればダグアーラ。


「少佐?」


 飛翔型(エンドリフギル)か、リョースか。

 何か出たのかと身構えてたが、蒼碧の双眸はまず、強化服姿の部下を注意深く観察していた。


「慣らし運転を経て、お加減は?」

「問題ありません。むしろ、調子がいいくらいです」


 短く返しながら、指先を握る。ともった熱が、まだそこにある。

 休憩に入ったはずなのに、身体のどこかだけが、まだ機体の中に置き去りのままだった。

 ほっと胸をで下ろす少佐は、白皙はくせき相好そうごうゆるめる。


「念のため、メディカルチェックも受けておきましょう」

「体調は、万全なのですがね……」


 口をとがらせたまま、胸中に燻ぶる残火だけが、子供じみた反発とは別の場所で消えずにいた。

 テテュスは一旦いったん、ダグアーラの付き添いで別室の医官の元を訪れた。


 その後、格納庫に収容されたエンドリフギルの前で整備班と合流を果たす。

 機体もパイロットも異常なし。

 それでも、その場の空気だけが晴れなかった。

 機体の足元には、護衛二人も同席している。その中でナイジェルが静かに口を開いた。


「過去の幼精(パルウルス)転用実験でも、事故原因は未解明のままです。

 良好な結果が得られた今回だからこそ、慎重に慎重を期して原因を究明し、飛翔試験は再考なさるべきかと」


 ダグアーラ王子の経歴に、きずを付けないためにも。

 冷ややかな声音。常に穏やかで怜悧れいりな彼の横顔にはかすかなかげりが差しており、口を閉じた今は努めて何かを押し込めるような窮屈さえ感じられた。


 水を差すその一言が、胸の奥へ鋭く刺さった。

 テテュスにではない。

 テテュスにも、だった。

 チラリと横目で見れば、少佐が目を伏して口を引き結んでいた。


きずなど――」


 一歩踏み出して否定しかけ、喉の奥が熱くなる。

 違う。心に突き刺さったのは、ダグアーラの信念を汚されたからではない。自分がこの機体をあつかえるのかどうか、その一点だった。


「疑義があるなら、次で晴らしてみせましょう」


 必ず。口をいて出た声は、思ったより熱かった。

 ダグアーラはすぐには言葉を返さない。

 蒼碧そうへき双眸そうぼうが、テテュスから虚空こくうへと移る。

 やがて、感情を廃された無機質な声が格納庫に落ちた。


「試験を続行します」


 その声色にテテュスの背中が粟立あわたつ。

 広がる静寂が、かえって決意の深さを物語っていた。

 少し離れた場所で腕を組んでいたゼルヴァが、短く鼻を鳴らす。


「覚悟を決めた顔だな」


 たった一言だけだが、胸の熱を見透かされた気がした。


「当たり前だ」


 りんと背筋を伸ばす。

 のどの奥に残った熱が、返答より先に足を踏み出させていた。


 〇                        〇


 人が散り始めた格納庫の片隅で、スコルが足を止めた。

 視線の先には、王子の姿を目で追う護衛官の横顔。


「ねえ」


 軽い呼びかけに、ナイジェルは振り向かない。


「さっきの、どういうつもり?」


 刺すようなスコルの眼差しを、彼は貼り付けた柔和な笑みで受け流す。


「ただの、忠言ですよ」

「ふぅん」


 くちびるに微笑をたたえたスコルは目だけを細めた。


「王子の経歴を気にするのって、職分超えてないの?」


 短い沈黙。

 やがてナイジェルは、帯剣の柄に手を置いて目を伏せた。


「不要な危険を、遠ざけたかっただけです」

「“だけ”で済みそうな顔じゃなかったけどね」


 背けた背中の返事はない。

 それでもスコルは、それ以上追わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ