表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輝翼のテテュス ~誇り高き巫女は、王子の愛に靡かない~  作者: 三津朔夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/48

胸の内の赫火

 試着室の中でたっぷりと時間を使ってから、テテュスは顔だけ出す。呼吸を整えたので、ほお火照ほてりも大分収まっていた。


「じゃあ、次は――」

「もういい。自分で選ぶ」


 さすがに付き合い切れない。耳を赤くしたテテュスは巫女装束みこしょうぞくらして自分の私服を選びにかかる。

 最終的にテテュスは、踝丈くるぶしたけのブラウンのワンピースを購入した。落ち着いた色合いと静かな輪郭に、ネイラも賛意を示した。


 ただ一人、スコルだけは最後までしぶっていたが、ノーラにおそろいのワンピースを買い与えることで連携の分断に成功。撤退戦としては上々だった。


「あ、雨止んでる♪」


 洋服店から出ると、すでに分厚い雨雲は彼方へと押し流されて行った後だった。


「あ、虹……」


 雲がはがれた西の空で、七色に輝く橋が地上を大きくまたいでかる。

 斜陽しゃようが差す中、スコルは無邪気に駆け出す。やがて後ろで手を結び、相好そうごうを緩めた顔をテテュスに向けた。


「いい買い物したね♪」

「……そうだな」


 夕日に照らされた顔がまぶしくて、咄嗟とっさに視線をらした。

 それから四人は、ふもとの街を出て帰途きとく。


『今日は女子会だからね。男子禁制だよ♪』


 嬉々としたスコルの提案により、今日はゼルヴァに護衛を休業してもらった。

 さすがにスコルのような名門貴族の令嬢れいじょうへ、晩秋ばんしゅうの観光地で手を出すおろか者はいないらしい。


 兵舎に戻った後も、食事と入浴の時間を共に過ごした。

 点呼の少し前、テテュスは護衛役が使っている部屋のドアを叩く。誰何すいかの声に「私だ」と短く返し、入室の許可を待って扉を開けた。


 瞬間、汗と鉄の匂いが押し寄せる。入浴上がりにまとっていた薬湯やくとうの香りも、一息でつぶされた。

 部屋の中央で、半裸のゼルヴァは逆立ちのまま腕立て伏せをしていた。数本の指先だけで全体重を支え、床へ汗を落としながら静かに体を上下させている。こちらに視線を寄越しても、呼吸は全く乱れない。


「問題なさそうだな」

「ああ。お陰様でな」


 それだけで、街での外出がつつがなく終わったことも、今また胸の奥に別の熱が戻ってきていることも、全部見抜かれた気がした。

 テテュスは動揺を隠すようにそっぽを向く。


「にしても、今日はずっと部屋にこもってたのか?」

「ああ。有意義な鍛錬たんれんができたぞ」


 皮肉と本気の判別がつかない。数本の指先だけで体を支えながら、ゼルヴァはこちらを一瞥いちべつする。


「明日は試験か」


 一拍の沈黙。


「そうだ」


 短く答えた自分の声は、思ったよりも硬い。

 ゼルヴァは最後の一回を押し上げると、静かに着地し、タオルで汗をく。


「なら、もう寝ろ」


 背を向けたままの一言だけが、妙に優しかった。


「……ありがとう」


 部屋を辞して、ひんやりとした廊下へ出る。

 夜気は冷たい。なのに胸の奥だけが、妙に熱を持ったままだった。

 明日。

 その言葉だけが、胸の奥に静かに残った。

 

 〇                       〇


 格納庫の視界の先、真紅しんくの機体が立っていた。

 生体を思わせる流線形の装甲を見ていると、はがね機巧きこうに竜の名をかんする気持ちが少しだけ分かる気がした。


 背に折り畳まれた飛翼は沈黙したまま。まるで、主の呼び声を待つ禽獣きんじゅうのよう。

 あおぎ見ていると、喉の奥が熱を持つ。まだ触れてもいないのに、胸の内側だけが先に引き寄せられていた。


(……綺麗)


 強さも速さも関係ない。烈火れっかの如き鮮烈さに魅入られ、心ががれた。

 鋼の冷たい稜線りょうせんを指でなぞるたび、鼓動が半拍ずつ早まる。

 期待は理屈より先に身体へ来る。だから余計に、昨夜の記憶が胸の奥へ黒く滲んだ。


『誤解を生む余地は、作らぬに越したことはございません』


 ナイジェルの声。

 柔らかな口調でいてそのくせ、骨まで冷えるような牽制けんせいだった。

 あくまで上官と下士官、あくまでテストパイロット。資質への懐疑かいぎを口実に、執拗なまでの線引きを求めた。思い出しただけでも腸が煮えくり返る。そんな事はテテュス自身が一番わかっている。


 機体を前にした高揚へ、政治という名のどろを一滴落とされた気がして、テテュスはわずかにまゆひそめた。


「いや……」


 かぶりを振る。浮かれている場合ではない。昨夜のゼルヴァがくれた忠告を思い出し、心を落ち着けてから再び機体を見上げる。


「中尉」


 背後から掛かった声に振り向く。テテュスを見据みすえる白皙はくせきには、昨夜の余計な政治など最初から存在しなかったみたいに微笑をたたえていた。

 見詰めていると、胸にかすかな甘いしびれが走った。


「調子はどうですか?」


 弾む声。碧眼へきには熱がある。機体の前に立つ少年は、やはりこの瞬間を待ち望んでいたのだと分かる。

 ゆっくりと機体に歩み寄るダグアーラ。目を伏せ装甲をなぞる指先は、少しだけぎこちない。


 だが、それもほんの一瞬だけ。テテュスの視線に気付いた時には、わずかににじんだ違和感は既に消えていた。


「どうかしましたか?」

「いえ……」


 胸が詰まり、咄嗟に顔を逸らしていた。

 あの墜落ついらくて、なおも平静でいられるほど、彼はにぶくない。

 それでも進むのだ。

 ならば、自分も応えねばならない。


「問題ありません」


 凛然りんぜんと背筋を伸ばしながら、胸の奥に小さな引っかかりだけが残る。

 しかし、問いただすほどではない。したところで、少年はきっと笑って誤魔化ごまかすだろう。


 だからテテュスは、それ以上何も言わなかった。

 やがて二人は兵舎に戻って朝食を摂ると、最終確認のブリーフィングに参加。それが終わるとテテュスは紅白の強化服に着替え、再び格納庫に舞い戻る。


 梯子はしごを上がり、テテュスはコックピットへ身を滑り込ませた。

 鋼に囲まれた狭い空間はひやりと冷たい。なのに胸の奥だけが妙に熱を持っている。


「中尉。準備はいいですね?」

「はい少佐。いつでもどうぞ」


 熱に浮かされる心をなだめすかし、開放したコックピット越しにダグアーラと短く言葉を交わす。


「起動準備、開始!」


 機体の外で整備兵長の号令が落ち、復唱が響くと格納庫の空気が一段深く張り詰めた。先ほどまでの喧騒けんそうが薄れ、機体の周囲だけが別の時間へ沈んでいく。


 ハッチを密閉すると闇のとばが降りる。直後、かすかな燐光が空間を淡く照らす。

 肺腑はいふを圧する閉塞へいそく感から解放されると人心地ひとごこち

 一度だけ呼吸を整え、太腿ふとももの上に置いたてのひらコアへ視線を落とした。


「行くぞ、リョース」


 ささやきに応じるように、薔薇ばら色の宝珠の奥で脈打つ柔らかな光。

 定められたくぼみへ、そっとコアめる。かちり、と小さな音が鳴った。


天翔あまかける不死鳥よ、灰燼かいじんより来たりて黎明れいめいを焼き尽くせ――――エンドリフギル」


 魔力を練り上げた瞬間、ストロベリーブロンドの髪が銀光を帯びる。術式へ流し込んだその刹那せつな、胸の奥で火花が弾けた。


(ああ……)


 目覚めたばかりの機体は、まだ術式も全開ではない。

 それなのに呼吸が一拍浅くなる。リョースを通じて流れ込んできた魔力は、最初こそんで冷たかったが次第に熱へと変わり、背骨の奥を細いほむらとなって駆け上がった。


 魔導心炉の脈動が座席越しに背中へ伝わり、そのたび胸郭きょうかくの内側が小さく鳴る。熱い。燃え上がる灼火(しゃっか)に抱かれているようなのに、不思議と苦痛はない。むしろ安らぐ。機体と自分の輪郭が、少しずつ溶け合っていくのが分かった。


「こちらアハティアラ中尉。エンドリフギル、歩行を開始します」


 了解の返答を受け、テテュスが操縦桿そうじゅうかんわずかにかたむけただけで、機体は半歩先まで読んだように脚を運んだ。ペダルを踏み込んだのは、脚部が動いてから。

 その反応に、思わずのどが熱を帯びた。


「凄いな……」


 くちびるからこぼれた声は、なかば吐息だった。

 これなら高速飛行の中でも繊細せんさいな操縦が可能だろう。そう確信できるほど、挙動は滑らかだった。

 

 軽い、ではない。指に返るはずの重みが薄い。こちらが加減するより先に、機体の側が意図をみ取り、先回りしている。

 ぞくり、と背骨の内側を細い冷気が走った。


 それでも胸の熱は、その違和感すら呑み込んでいく。

 気持ちいい。

 あまりにも。


 息を吸うより先に肺が満ちるような、足を踏み込むより先に加速だけが始まっているような、身体と因果の順序が崩れていく感覚。

 心が追いつくより先に、身体の方がこの機体を欲しがっていた。


<中尉、どうですか?>


 通信越しの声は弾んでいた。ダグアーラだ。興奮と緊張がぜになった気配が、その短い一言にもにじんでいる。

 その調子が、熱に寄りかけていた意識へ細く差し込んだ。


「……問題ありません」


 そう答えながらも、操縦桿そうじゅうかんを握る指先だけが、わずかに強張こわばる。


<では、術式同調を維持したまま、次は飛翼の起動試験に移行します。着実に行きましょう>


 少佐の忠告よりも、鼓動こどうの方が耳に響く。

 呼吸が浅い。熱を持つ指先だけが、まだ来ていない加速の形を先に知っていた。


(いや――)


 そう気づきかけた瞬間、魔導心炉がひときわ深く脈を打った。

 胸の奥の火は、もう小さくはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ