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輝翼のテテュス ~誇り高き巫女は、王子の愛に靡かない~  作者: 三津朔夜


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私服に着替えて

 ネイラの問いに、ノーラはきょとんと目を丸くした。


「メイド服じゃ、ダメなんですか?」


 その無垢むくな返しに動揺どうようしていたテテュスは救われ、スコルが吹き出す。


「駄目じゃないけどさぁ、休みの日までそれって、さすがに筋金入りでしょ?」


 頬杖ほおづえを突くネイラは苦笑を浮かべた。しかし、少女は首をかしげるばかり。話がイマイチ噛み《か》合ってない。

 声を漏らした侍女じじょが、思い出したように主へ話題を振る。


「――あ、そういえば。支給されたメイド服はどうしたんですか?」

「いや、さすがに返却したぞ?」


 そもそも爆発のせいですすけたし、背中に至っては焼損しょうそんしていた。


「前に、ミレイユにも言われたな……」


 同じ事を。ラクリマ基地に居た頃。非番の日に何度か幼馴染おさななじみに連れられて基地のふもとにある街を散策したのを思い出す。

 その時に私服がないのか尋ねられると「巫女装束みこしょうぞく以外を着る理由が思いつかない」と突っぱねた。


 テテュスが静かに返すと、三人の視線が揃って止まった。

 沸き上がった沈黙を、テーブルの上の湯気が埋める。

 ネイラは呆れたように肩を竦め、スコルはむしろ楽しそうに身を乗り出した。


「じゃ、決まりだねっ」

「何がだ」

「このあと服、見に行くの♪」

「は?」


 明朗な顔であまりにも自然に告げられ、テテュスは思わずまゆを寄せた。


「二人も見たいでしょ?」


 言質げんちを取るべく、喜色を浮かべたスコルが二人の顔を見比べると、


「……ふむ。確かに」

「はいっ 見たいです♪」


 興味深そうに目を細めるネイラと、上気した顔で瞳を輝かせるノーラ。

 一言二言反論するも、完成された包囲網の中でそれは無力だった。

 会計を済ませて店を出ると、雨は細くなっていた。


 石畳いしだたみはまだれていて、通りを行く人々の外套がいとうやスカートのすそに、にぶい水気がにじんでいる。柔らかな灰、深い緑、くすんだ青。

 テテュスも巫女装束みこしょうぞく濃紺のうこんのコートの下に隠しているので、傍から見れば周りの景色に溶け込んでいる。


 けれど、ずっと選んでこなかった。自分が着たい服を。目を背けて来た現実に、のどの奥が少しだけせばまる。


「ほら、こっち」

「あ――」


 手首を掴んだスコルはずんずんと街中を進んでいく。小雨の跳ね返りも、ブーツは物ともしない。

 街並みを進んだ視線の先、雨粒を弾く硝子がらす窓の向こうには、柔らかな布と落ち着いた色合いの服が並んでいた。


 そこに映る自分の姿だけが、まだ少し馴染まない。

 ノーラも「わぁ……!」と目を輝かせ、ネイラは半歩後ろから苦笑していた。


「安心しなよ。変なのは選ばせないから」

「選ぶ気なのか?」

「失礼な。似合うのを選ぶ気だよ♪」


 スコルの返しが妙に軽く、しかし不思議と拒みきれない。

 ノーラの弾む声とスコルの楽しげな笑みを見ていると、踵を返すのも野暮に思えた。


「……見るだけだぞ」


 そう言った瞬間、三人の顔が一斉に明るくなる。

 その反応に押し流されるように、テテュスは初めて私服を売る店の扉の前へ立った。


 扉を開けた瞬間、乾いた布と木の香りがふわりと鼻先をでた。

 店内には雨を避けるための厚手の外套や、秋物のワンピース、細身の上衣が整然と並んでいる。壁際の棚には帽子や手袋、胸元を飾る小さな紐飾ひもかざりまでそろっていた。


「いらっしゃいませ」


 年配の女性店主が、柔らかな笑みを浮かべて頭を下げる。

 かさ傘桶かさおけに預けコートを脱いでいると、店主の視線がテテュスの巫女装束へ移った時、ほんのわずかに驚きが混じった。無理もない。自分でも、この場所では場違いに見える。


「ねぇねぇ、まずはこれがいいと思うんだよね♪」


 言うが早いか、スコルは棚の奥から一着の服を引き抜いた。

 淡い蜂蜜はちみつ色のワンピース。胸元には細い編み上げ、袖口には控えめなレース。腰でしぼられた布地は柔らかく広がり、すそひざの上で軽やかに揺れる。暖色系で可愛い。どう見ても可愛い。


「…………何だそれは」


 テテュスの声は、無意識に一段低くなった。

 スコルは気にした様子もなく、満面の笑みで服を胸元に当ててくる。


「何って、似合いそうな服!」

「似合う似合わないの問題ではない」

「えー、そこ重要でしょ?」

「そうじゃない」


 即答したが、声が少し硬いのは自分でも分かった。

 淡い色の布が視界のすぐ近くで揺れるたび、首筋が妙に落ち着かない。こんなものを着た自分は、想像の外にいる。

 もしそでを通した時、どんな顔を浮かべているのだろうか。の輪郭だけがやけに鮮明で、それが嫌だった。


「テテュスさま?」

「いや、大丈夫だ――」


 ノーラは不思議そうに首を捻ってテテュスをのぞきこむ。言葉をにごして顔を背けた。


「もっと、こう……他にあるだろう?」


 気後きおくれしたテテュスは服から一歩だけ距離を取り、眉根まゆねを寄せた。


「あるよ?」


 スコルはにやりと笑った。


「でもさ。最初は絶対に自分じゃ手に取らないのを当ててみるのが楽しいんじゃない♪」

「私で遊ぶな」

「遊んでないって。半分は本気」


 半分も本気であることに巫女は驚愕し、胸の奥がぞわりと粟立つ。

 女らしいとか、可愛いとか、そういう言葉で自分をくくられることへの抵抗が先に立つ。


 けれど同時に、全否定しきれない自分がいるのも厄介やっかいだった。

 鏡の前に立たされたら、自分は何を見るのか。

 その想像が、胸郭きょうかくを少しちぢめる。


「きっと、似合いますよ?」


 ノーラが、ためらいがちに言った。

 無邪気で、悪意の欠片かけらもない声音。

 だからこそ、強くねつけられない。

 スコルはその一言に勢いを得たように、服を抱えたまま試着室の方を指差した。


「よし、決まり!」

「決まっていない」


 テテュスはかたくなに首を振る。


「いいから一回だけ! 一回着てみて駄目なら、今度はもっと落ち着いたの選ぶから」

「今度はって……」


 テテュス的には、最初からそっちを選んでほしいのだが。しかしこの女、着せる気満々で一向に引かない。のどを鳴らし戦慄せんりつしていると、ネイラが呆れ半分で助け舟を出す。


「最初はさ、実用的なのにしとけば?」

「えぇ~? 絶対に合うのに」


 不満もあらわに抗議すると、つられて侍女じじょの少女も肩を落とす。


「……今回だけだからな?」


 笑ったら承知しない。ほおが熱くなる前に、うめいたテテュスは服をひったくるように受け取った。

 足早に試着室へ向かう背に、三人の期待が刺さる。布の感触が指先で頼りなく揺れ、その軽さだけが余計に心許こころもとなかった。


 試着室の布幕を閉めると、外の笑い声が一枚向こうへ遠退き、人心地ひとごこちつく。

 手の中のワンピースは驚くほど軽い。巫女装束のような張りも、軍服のような硬さもない。指先に触れる感触は柔らかく、頼りないほどだった。


(早く終わらせよう)


 今回だけ。誰に言い訳するでもなく、胸の内でそう繰り返す。

 巫女装束を脱ぎ、慎重にそでへ腕を通した。肩へ落ちる生地は見た目以上に素直で、するりと身体に馴染なじむ。腰で軽く絞られた線が、そこから下をふわりと広げた。


 祈るための巫女装束とも、戦うための軍服とも違う。蜂蜜はちみつ色のワンピースは街を歩き、有閑ゆうかんを過ごすための一張羅いっちょうら

 そっと視線を上げる。鏡の中に立っていたストロベリーブロンドの巫女は、自分の顔をしていた。


 だが、知らない。

 ほんのり染まるほおに白い喉。鎖骨も露わに、肩から裾へ落ちる淡い蜂蜜色。腰の位置を曖昧あいまいに隠さず、むしろ柔らかく見せる輪郭。動きに合わせてスカートが軽やかに流れる。


 巫女装束も軍服も、自分の身体を役目の中へ押し込めるための服だった。

 けれど、このワンピースだけは違う。

 これは自分に対し、どんな女に見えるかを問いかける。

 突き付けられる姿に、喉の奥が少しせばまった。


(……似合う、のか?)


 そう思った瞬間、胸の内に小さな動揺が走る。

 否定したいのに、鏡がそれを許さない。服だけが浮いているわけではない。顔も、ストロベリーブロンドの髪も、立ち姿も、妙に馴染んでしまっている。


 それが、ひどく落ち着かなかった。

 裾が太もものあたりでれる度、知らない誰かの脚を借りている気分になる。

 なのに、その「誰か」はたしかに自分の輪郭で立っている。


 似合ってしまう。

 その事実が、かえって逃げ場をなくした。頬を染めて困惑する鏡面の顔も、ワンピースは飾り立てていた。


「テテュスさま?」

「ねぇねぇ♪ どう? どう?」


 布幕の向こうから届くのは、ノーラの心配そうな声とスコルの喜色が滲む声。

 テテュスは一瞬だけ目を閉じ、浅く息を吸った。


「…………問題なく着れた」


 大丈夫ではない。だがここで出て行かなければ、余計に怪しまれるだけ。意を決して幕を開ける。

 最初に固まったのは、外にいた三人の方だった。


「――っ、ほらやっぱり!」


 真っ先に声を上げたのはスコルだった。ぱっと顔を輝かせ、両手を胸の前で打ち合わせる。


「わぁ……」


 ノーラは口元を押さえたまま、きらきらした目でこちらを見つめる。


「お姫さまみたいです……!」

「まあ、貴族のご令嬢って感じするね」


 ネイラは半歩引いた位置で腕を組み、じろりと全身を眺めてから、静かに頷いた。


「やはり、落ち着かないな……」


 テテュスは恥じらってうつむいた。堪らず零れた弱音は少し上擦っていた。隠しきれない動揺に、焦りを覚え始める。

 スコルはそれを聞いて、にやにやと口角を上げた。


「大丈夫大丈夫♪ ちゃんと、似合ってるから♪ ね?」

「はいっ」

「自信持って」

「~~~~っ」


 屈託くったくのない同意を示されては最早、顔を赤くすることしかできない。

 三人の弾む声に押されるように、テテュスは試着室の幕を閉める。

 軽い布に触れた指先だけが、まだ落ち着かない鼓動を隠しきれずにいた。

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