45/58
第2章1ー44
ルタンは扉を開いた。直ぐ様、風に抱かれた。久々に風の億千に心が洗われた気がした。この風はどこからやってきたのであろうか?遠い異国の地に住む娘の深呼吸から運ばれてきたのか、近くの山の声なのか、貝殻からの便りなのか、猫が走り生じた疾風からなのか、あの気になる人の涙なのか、風は何を、何故、集めてこんなにも鳴らしているのだ!
思っている以上に、その風は、ルタンに様々なエキスを授けて、男は主に足の親指で大地に接吻をしながら、街を走った。街を走っている時に、揺れ映る街並みや人々は、より男をかの爽快な乱雑にへと導いた。それから自らも、風を巻き起こしていることに気付き、男は、命と存在の不可解さに敬服した。風は浄瑠璃の太鼓!
「ルタンさん…」
突然、自身の名前を呼ぶ女の声がした。その声は、蜻蛉かテトラヒメナのように弱く、ひどく震えていた。声は、男のなかで、はじめは糸よりも細く、しかも悪戯にほつれていたが、その糸がくずれた末端が、男の心に吸着し、絡みついて、心のあのダイヤモンドを割りながら、奥のさらに深奥にまで染色し、その中心に到達すると、荘厳よりも荘厳な名前の心臓と、そこで歌われる讃美歌と音楽の総合が輪になって、星よりも多く舞い、開闢した。
ルタンは、初めて名前を呼んだ、呼んだ。
「カサ…、カサ、カサ!」
※続く




