第2章1ー28
出迎えたフェルマエの人々と街は、列を成して一行を讃えている。フェルマエの小さな子供たちの憧れの的でもあるルタン軍は、威風堂々とその黄色いの歓喜歓迎のアーチのなかを歩いていく。フェルマエはワラコよりも実に、多様であった。先ず、鎖国気味であったワラコよりも、開国されていた点からしてみても、その理由が伺える。他国との交流がフェルマエの人々の労働市場としても、盛んであり、根付いていた。ワラコのように、現代で云えば、素朴な第一次産業中心だけではなく、第二次産業、第三次産業なかには、第四次産業(たとえばアトランティス文明にあった太陽エネルギーなどによる、なんらかの情報収集や伝達手段、それらの体系化など)に近い働きかけや、アプローチもあった。
骨董品、ひとつにしろ、その差は歴然であった。そもそも、ワラコの街では、そのような上流階級の貴族の嗜みというものが(まぁセレブリティ)、庶民レベルに落とした形にしたとしても、流行らないところがあった。あまりにも封建的過ぎたからである。流行っていたとしても、街人のなかでも変わり者と言われている人々の、実にアート的な交遊の品々であって、それは一種のワラコの独特で、風変わりな文化を生成しているものでもあったが、ほとんどのワラコの人々に浸透していくほどの衆望性は無かった。フェルマエでは実に様々な、色合いや、様式や形状が存在していた。しかしながら、あまりにも多様であり過ぎることにも、やはり弊害はある。情報や物が多いことは、良いことでもあるが、その情報や物を有益な使い方が出来る知恵が、備わっていなければ、かえって煩瑣で、ややこしくなってしまう嫌いがある。多い分だけ、糸がからまり出せば、ほどくのも大変。情報や知識に溺れない、生きた経験と知恵が、やはりどのシーンにおいても、重要であることは、古今東西、容易に想像出来るところだ。
フェルマエの城に続く、大通りを太陽が空の玉座に座り、己を燃やしながら全てを平等に愛し、照らすなか、一行は行進していく。晴天に恵まれ、互いの顔は燦々と照らされている。次第に、一行の目前にはフェルマエ城がはっきりと見えてきた。ワラコの城よりも、フェルマエ城は、三倍ほど大きなものとなっており、トラス構造が要所では主になっていて、フェルマエ国を讃える数学的にも美しく、神の秩序と統合を示す、アラベスク調のような様式となっている。
フェルマエの一段と洗練された雰囲気をマジマジと、馬車のカーテンの隙間より、アミ、カサ、ハマエは、眺めている。それぞれ感動し、胸が高まるものがあったが、やはりハマエの様子は一段と、珍妙なものがあった。その珍妙さを解説するのはかなり難しいものがある。強いて解説するならば、実際に、有るのか無いのかは定かではないが、鳶が鷹を生んでしまうほどの稀有さが、そこにはあった(わたし自身は、鳶が鷹を生むという概念は、衆縁和合を知らない者達の観察力の欠如から生まれている概念のように感じる)。つまり、ハマエは、純朴で素直で、いやらしいところが何も無く、また、いやらしささえ、可愛い青年なのだ。神から、そのような美徳を幸か不幸か、授けられているようだ。このような鑑識眼、審美眼というものは、人それぞれであるが、わたしは、幸であると、想えてならない。
※続く




