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アミューの旅  作者: アミュースケール
第2章 輪廻転生
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第2章1ー19

ルタンは、大変良い意味で、立場を忘れることができた。一人の男、否、一人の人間になることが出来たのだ。この街に、今日は泊まろう!どの分野でもそうであるが「本物」の存在は、大変良い意味で、関わる人々に社会的な立場や身に(まと)っている装飾を忘れさせる力を持っており、その一人一人の裸や裸の心、幼少の頃から育まれている感受性や才能を驚愕してしまうほど讚美し、さらに、それによって、自然とインナーチャイルドやトラウマを癒していける力を持っているように、作者は感じる。「本物」こそ、大変良い意味で、家族のような、親友のような、身近な存在と感じられる力を供給できる。「他」の存在と溶け合い、ひとつになれる融合力を持っている為、アプローチが実に、適切なのだろう。対象とひとつになることも、愛。「本物」は、必ず、人々を、根から元気にさせる力や、あの最高最大で最も美しいパワーをもつ「素直」「あるがまま」「等身等大」「幼子のような心」にさせるパワーを持っている。「本物」は、決して、「他」を排除したり、宗教者のように、依存させる存在ではない。排除する存在や、依存させる存在は、まだ、現時点では途上である(無論、それらの良さや役目もあるが、ここで瞠目(どうもく)すべきことは、最終段階である、無条件の愛を体現する為のアプローチやチャレンジだからである)。「本物」は、むしろ、排除されたものや人々が見落としてしまうようなものを、天にまで、拾い上げる力を持つ。捨てる神あれば拾う神あり。それから、頼ってくる人々を自らの足で、再び、(たくま)しく立っていけるように、獅子たる可能性を呼び覚まし、世界を縦横無尽に駆け巡る力を引き出す(この場合の獅子とは、本人もまだ気付いていない、あるいは、実感が伴っていない、全世界と一体となる超越的な力の比喩である)。また、これらこそが、ロマンが担っている使命である!汝に告ぐ…、汝が悪魔や敵だと想っている間は、その存在は、悪魔や敵のままだ(たとえば、娘や妹や姉、母、彼女や妻が、見知らぬ男にレイプされ、殺されてしまった時、その男を悪魔や悪魔の使い、敵であると、感じている間のこと)…、汝に問う…、その悪魔や敵が、よりよくなっていく為の、真心からの愛の花束を、捧げる覚悟はあるか!!(愛というものは、残酷で険しい状況、修羅場、瀬戸際であるときこそ、その真価が試される…。時間が掛かってもいい…。また、その窮地や絶望の最中に、可能性を見いだし、突破し、明るい世界を、復興していき、ひとつひとつ創造していく力こそが、本物の愛の夜明けである。これを体現出来ない段階であるならば、厳密には、まだ、本物の愛の真価である、無条件の愛には、到達出来ていない)


「ルタンさんのなかには、忠誠心や献身力があります。また、それらの土台となっているのは、世界を讚美し、歌いたくなるほどの、情熱的な愛やよろこびがあるのです。それから、ほとんどの人々が見逃してしまうようなものに対しても、ルタンさんは、その良さに気付き、象徴化して、人々にその良さを、伝えていくことができるのです。あと、忘れては、ならないのは、ルタンさんのなかには、命を慈しむ、優しい性質を宿されております。大変面倒見が良いのです。これらの自身が持っている性質に気付き、もっと日常生活から、これらの自分自身を、意識的に取り戻し、定着させ、蘇らせていきましょう。自分のなかに宿っている良い性質や才能を回復させていくことが、今まで出逢った人々やお世話になってきた人々、先祖や神様へのご恩返しにもなるからです。何事も自分自身を取り戻すように、行っていきましょう。わたしは、きっかけに過ぎません。自分ならではのパワーを、自分自身で見つけていきましょう」


ルタンは、沢山の「おみやげ」をフェルマエに持ち帰ることになる。アミを透して、ひとつなる存在より、様々な秘伝を授かり、ルタンの存在自体が、まことに稀有な宝よりも、宝になった(元々、人は誰もが皆、天然記念物であり、宝よりも宝である。どちらかといえば、アミは、人々に、自身の魅力を気付かせる、仕奉人)。本当のおみやげというものは、それでは、ないだろうか。おみやげの品々ももちろんであるが…。旅によって得られた、旅先の風土や性質、それによる特有の体験や特有の感性が養われて、生命体として、より深みを帯び、自己の全体が回復して、生きて帰ってくることこそが、「おみやげ」なのかも知れない。いつでも自分自身が「おみやげ」であれ!身近なところでたとえるならば、子供が学校から帰ってきて「お母さん、○○○があったよ~」と伝える日常のヒトコマも、ささやかな日々の「おみやげ」であろう。


※続く

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