第2章1ー16
「絶対」とは、たとえば、どう捉えてみても悪い因縁にしか想えないような、ことでさえも、良きに転ずるという信仰であるが、まあ、そういうこと。いいや。なんだ?どんどん醜態をさらす。なにもかも言えているようで、本当は、なにもかも言えていない。だからまた、人は、何かを伝えようとする。形のない気持ちを言葉にするのは、とても難しく、また、形にしたとしても、その気持ちの実体に完全には、言葉は到達出来ないであろう。それから、カラッポになればなるほど、そこにまた、純粋な何かが入ってこれるようになる。space!このサイクルは、思いのほか、重要な法則なのかも知れない。コップのなかに、アップルジュースが入っているのなら、誰かに飲ませてあげるか、自分で飲みほすか、どこかに流すしかない。それをしなければ、次第に、悪臭を放ち、腐っていく。まあ、それを楽しんでしまうことも出来てしまうのであるが、人間は喉が渇くものだし、この人生一度きりであるならば、種々味わえた方が、楽しいではないか。しかも、その方が、いつものアップルジュースの本当の良さに気付くかも知れない。やはり、一周回らなければ、アップルジュースの真髄、成熟したアップルジュースへの感動には、たどり着けないのでは、ないだろうか(しかしながら、アップルジュースしか知らないというのは、それはそれで魅力的である)。また、コップは、存在自体に飲みものを欲している。人間は存在自体に、言を欲しているのであろう。ロゴスとは、言葉と生命と実体が同時に実現し、具現化する、あの偉大な創造力である。
アミューから出る言葉は、創造力を持っていた。人間や地球を薫陶する力があった。未来に地球や太陽、宇宙の寿命が訪れた時、次の段階や次元に、全宇宙の存在を導く力がそこにあった。これこそ、本来の「新生」の瞬間でもあろう。アミューがいるから、この地球は地球外生命体より、破壊されないのである。すなわち、神から感謝され、頼られ、愛される存在になろう。このような人材を、現代やこれから先の未来に、作者は、求めている!この世やあの世、全ての存在のしあわせを願い、日々祈り、不器用ながら果敢にチャレンジしていく存在を、作者は強く強く求める!良い意味で、人生で起きてきた出来事と、共に、心中するのだ!
いつも~の如く、物語は、なかなか先に進まない。進めない!
※続く




