第2章1ー10
(生きていれば、天然という不可知な矢に、心を、何度も何度も射ぬかれることもありますが[多くの人々が突然や偶然、必然、あるいは邂逅という言い方をされておりますが、わたしとしてはセレンディピティや天然という言い方が、現状では、しっくりきています]、わたしの実体は、幼子のような存在であると、三つ上の姉から先日言われまして、改めて気付きました。個人的には、かなりの衝撃が走りました。姉曰く、小学生や少年よりも、幼子であると。たとえば、幼子は、同じようなことを、何度も言ったり、行ったりして、何度も何度も喜び、遊び、学んでいきますが、わたしもそれです。ありふれた言葉ですが、あなたから、好き、と、一度でも言われましたら、それ以降の人生において、何度も何度も、喜べます。朝の献立が、毎朝、同じであっても、心より、満足出来てしまいます。また、修行というものは、単純作業の繰り返しを喜んで行えるように仕向けていくこと、いかに、同じ作業や行為の中から様々な視点、因果関係、球面的、総合的なまでの感受性を身に付け、修得し、その命となり、定着していかれるのか…、という一面もあると思います。わたしには、どこか行者の一面もあります。そばにいる姉からの一言により、改めて気付かされましたが、わたしを織り成す生命体の構造というものは、ショッキングなほど単一であり、単純明快であり、簡素なものでした)
ルタンの仕えの偵察者4名は確乎たる意志で、ワラコの街に、近付いていった。なんといっても、四天王のルタン様からの命である為に、風よりも早く、太陽よりも熱く、水よりも透明に、時には、ブルドーザーのように進み、この命に代えてでも、任務を遂行したい、全うしたい、そんな忠誠心を燃やしていた。
そんな、四人であったが、突然、空から、ある荘厳な聲が、聴こえてきた。それは力強く、地も揺れ、地鳴りのようにも聴こえた為に、思わず立ち止まった。
「聞く耳を持つ者は、聞きなさい。聞く耳を持つ者は、聞きなさい。これより先に行けば、先ずは、あなた方のうちの一人が、突然、眠りに就く。それでも先に行けば、一人が獅子に襲われ、さらに行けば、一人が、犬のようにこの平原を駆け回ることになるだろう。それでも、先に行くのであるならば、その最後の一人には、雷が落ちる」
ルタン偵察部隊の四人は、正直に云えば、末恐ろしいものを感じた。今までの人生においても、このような神秘体験をしたのは、初めてであった。心なしか、気が狂ったのか、感じたことの無い、よろこびまで湧き上がってくるが、ここまで来たら、引き返すわけにもいかず、ルタンに合わす顔が無くなるため、四人は、一度顔を見合わせたあと、再び、ワラコに向かっていった。なかば、投げやりであり、自暴自棄で闇雲、良い言い方であっても、猪突猛進である。
時おり、自分達の背丈よりも高い草が生えていたが、それを掻き分けて、四人は、進んでいった。
それから、気付けば、一人は眠りに就いていた。四人のうちの一人は、それに気付いたが、とにかく、前を向いて走っていった。
再び、一面を見渡せる平原に入っていたが、今度は、草陰から、獅子が突如現れた。一人は、その獅子に、呆気ないほど、襲われてしまった。
残された二人は、もう、ヤケクソのヤケッパチになって、走っていったが、一人が、突然犬のようになって、地面に這いつくばって、彷徨き、はじめた。
さすがに、残された最後の一人の者の顔は、真っ青になった。先ほどの不可思議な聲の主が言っていた預言が、ことごとく、実現されていったからだ。
三人のことも、少し心配になったが、元々命懸けで戦場に立ってきた男達に対して、今さら情けをかけてしまうことは、大変失礼なことであるから、これ以上は気にかけなかったが、そんなことよりも、国の存続が危ぶまれるほどの強大な試練や課題が、これから先に、待ち構えていることを、悟らされたのだ。
今までやってきたことが覆され、フェルマエ軍へのさっきまで灯していた、燃える忠誠の炎に、水を、かけられた。この滝のような水を、かけてきたのは、やはり神なのか?そんなに、かけなくても良いだろ…。あまりにも無惨だ。これまで、フェルマエ軍、四天王のルタン様の配下で、誠心誠意仕えてきたが、ルタン様?そんなことは、もはや、どうでもいい。仕えていた存在を、間違えて生きてきたのか、一体何だったのか、自分自身のこれまでの人生が走馬灯のように、駆け巡ってきた。
そして、偵察者の生き残りは語彙も乏しく「ああ!」と一度叫んだあと、この岐れ道、力無く、ルタンの元へと、引き返していった。それと、ほんの僅かではあるが、ウキウキしている部分が心のどこかにあった…、未知との遭遇、神秘、だが…、その自分には、全く持って、気付けなかった。今は、時間も余裕も無い。今?やはり、人は、自分で自分を気付いていくことが、最も不得意なのであろう。投影してばかりだ。投影し合って、どこかで人のせいに仕合って、無意識下で人や自然の心や存在に甘えながら、癒されながら、今日も、この世界は、ぐるぐると回っている。本当は、どこを見渡しても、他人言など、無いというのに。
※続く




