第3話 答え
ここで少し過去の話をしよう。
過去というのは俺の過去でも、彼女の過去でもある。
まずは彼女から。
彼女は生まれた時から天才の娘だった。
まぎれもなく、冴木匠の娘として生まれてきた。
家はものすごく裕福であり、生活で困ることはなかったそうだ。
彼女は昔から本が大好きだった。
父親が本を書いて有名になってるってのは知ってた。
だからこそ、彼女は自分が優遇されていることになんら疑問を抱かなかった。
自分は特別に扱われているのは父親がすごいからであって、私はその影響をただ受けているにすぎない。
そんな考えをずっと持ち続けていた。
あのときまで。
彼女の父親は彼女に何かを強制させたりすることは一度もなかったらしい。
あくまで彼女のやりたい事をやりたいだけやらせたそうだ。
だが、彼女の周りの、世間一般の目はそんな自由をくれなかった。
まるで、彼女も本を書くのが当たり前であるかのように。
まるで、彼女が書く本は全て天才の娘のものであるかのように。
そう思われているのに気付いた彼女だったが、彼女は決して父親のような本を書くことはなかった。
ここから俺の話である。
俺は中学の頃、冴木匠の本に憧れていた。
俺が小説家になりたいと思ったきっかけが彼の本だった。
彼の本は俺の中の色んなものを変えてしまった。価値観や想像概念、常識、固定観念。そんなもの全てが覆され、彼一色に染まった。
俺が中学生で知らないことばかりだったから、新鮮だったのかもしれないけれど、今でもあの感動をもう一度味わいたいと思うくらいだ。
でも、彼は死んだ。
35歳という若さで病死した。
あの時は別のショックもあったし、いろいろと辛かった時期であったが、その中でも希望はあった。
彼が死んだことにより、より注目された人物がいた。
そう。
冴木詠佳である。
メディアの注目は彼女に向けられた。
だが、彼女は決して父親のような本を書くことはなかった。
「だから、あんたは自分にかかるプレッシャーに耐えられず書くことができなくなったんだろ。」
そう、俺は彼女に言い張った。
現在9月15日火曜日午後5時。
俺はまた図書館にあらわれた。
彼女は、驚いていたが。これで最後だ。
彼女に原稿を渡して、俺は彼女に言い張った。
長い沈黙。
一瞬にも感じられる沈黙を割いたのは彼女だった。
「はあ、よく調べたわね。私のことなんて。私の父のファンだってのは嬉しいけど、私にできることなんて何もないわよ。せいぜいあなたの原稿を評価するだけ。まあ、あと、私が本を書かないのは、そうね、プレッシャーに耐えられなかった、といえば綺麗に聞こえるかもしれないわね。私はただ好きではないの。本を書くことが。ただ、ただそれだけのことよ。」
彼女は素っ気なく、そう言った。
俺もこれでは納得せざるをえない。
ここは大人しく引き下がるべきなのだろう。
そう。
俺が武内文人じゃ無いならばな。
そして一気に息を吸って、
「だと、思ってたんだよなあ。」
俺は自然と口角が緩んで、いかにも悪い奴という顔をしていただろう。
えっ、っと彼女の顔が固まって口をぽかんと開けている。
「俺も最初は若干の予想だったよ。ありえないこともないなってのはあったし。でも正直、俺の中で冴木匠の娘っていう肩書きが可能性を否定したのだと思う。でも、改めて考えてみたらおもしれえじゃねえか。」
俺はもう一度息を吸って言った。
「冴木、お前ラノベ作家になりてえんだろ。」
ピキーーーンと
さっきの沈黙とは、全く違う沈黙。
いや、沈黙というよりはうるせえなこれ。
なんかガタガタ言いだした。
彼女の顔を見ると、えっ、えっ、、、っと、もはや動揺を隠せている様子が微塵もないくらいに、顔を赤らめ、目を泳がせている。手も握ったり閉じたりして、なんか震えてる。
わっかりやっすいなあ。
だが、これで確実になった事がある。
「おい、冴木。その原稿、読んでみろよ。」
彼女はパニクりながらも、あわあわ言いながらその原稿を読む。
あー逆、原稿逆になってるからー。
彼女が読み始めたところでネタばらし。
「それ。結構昔にネットに上がってたラノベ小説だけど。書いたのお前だろ。」
彼女はもう何が何だかとあたふたしている。可愛い。彼女のこんな姿を見るのは俺が初めてなんじゃないだろうか。
「見事にテンプレだよな。俺はそんなあんたの小説に惹かれたんだ。ええっと、ちなみに、お前に評価してもらった小説たちは、お前が書いた小説の設定を俺なりにアレンジして作ってたんだ。だからこそ、俺が書くべき小説じゃないってわけだ。」
彼女はやっと、いつもの強さをどっかに落としたかのような、か弱い声で言った。
「そっ、そんなの、なっ、なんで私のってわかったのよ…。」
それに対しては自信を持って答えられる。
「やっぱり親子なんだよ。冴木匠と冴木詠佳は。お前が父親から遠ざけようとおざけようと書いている文には、どことなく冴木匠の雰囲気を感じるんだ。これは冴木匠を心から小説家だ!って言える奴にしか分からないのかもな。」
彼女が頑張って父親から遠ざけようと書いているのは分かった。
でも、それが一番のヒントだったのかもしれないな。
あとは、
「で、でも、そんなんで確信なんて持てないはずでしょう?あなたはそんな簡単に結論を出したりする人間じゃ無いでしょ。」
「昨日だよ。昨日のあんたの言葉さ。あんたは、自分へのメッセージをわざわざ俺に語ってくれたじゃないか。」
「あれは!あれは…。私のあの言葉は…。」
彼女は言った。
自分が書いた本ならそれを一番好きなのは自分でなくてはならないと。
そんなの、今の彼女が一番聞くべき言葉じゃないか。
彼女はそこまで言って、ため息をついて、言った。
「あなたには敵わないわ。武内文人くん。正解。あなたの言っている事は正しいわ。」
彼女は迷いなくそういった。
「私はラノベが好きで、将来はラノベを書いて生きたいと思ってるわ。でも、私には生まれた頃からついている肩書きがあって、それから逃れられなくて。だからこそ、ネットでコソコソやってたのだけれど。あなたみたいな人に見つかるなんてね。」
「甘かったな。俺もネットでコソコソやってたクチだからな。」
冗談交じりに言った。
彼女は笑っていた。何かから引き離されたように安堵の表情を浮かべて。
「してやられたわ。あなたみたいな人に。悔しい限りだわ。」
「ふっ。今までの俺の行いは全部計算通りだったと思ってもらって構わんぞ。」
「いや、それにしてもあの小説はひどいんじゃないかしら。私の完璧な設定を使ってるくせに。まさかアレも計算通りなのかしら?」
「きっ、決まってんだろ!そんなのアレもお前に批判を食らうためにわざとひどくしてたんだ。あっ、ほら、自分より下の人間にはいろいろと話しやすいっていうだろ?」
「私にとっては誰もが下なのだけれど。というか、批判されるためって、やっぱりマゾヒストなんじゃない。」
「ちげえええよ!!!」
「というか、9カ月も使って私を探るなんて。あなたやっぱりこういうの得意なのね。やっぱりマラソンとか…」
「やらねえかんな!」
くだらない会話が続く。前よりも、くだらなくてバカみたいな、そんな会話が。
そして、最後に俺も彼女にゆっくりと言葉を紡ぐことにする。
「まあ、なんだ。お前が書きたいものを書けよな。多分それが、お前に書かれるべきものだからさ。作れよ。お前が誇りを持って大好きって言えるような作品を。」
「ええ。そうするわ。」
彼女は昨日の再確認をする。そして、最後はいつ通りの彼女で俺に言った。
「あなたはまるで探偵のようね。」
「バーカ。俺はただの小説家志望だっつうの。」
自分にとって、本当にやりたいことを誰かに押しつぶされることはよくある。でも、最後には本当にやりたいことってのが残ってくれたら綺麗だなって。
そんな、彼女が示した道。
肌寒くなってきた9月の中旬。
物語はひとつのエンディングを迎え、
また新たな物語が始まるであろう。
第1章完です。




