第9話 もう見に来るの禁止です!
公爵――いや、父の娘になることを決めてから、怒涛のような日が過ぎた。
父が帝国の戸籍を管理している帝国戸籍院に連絡したり、本当に血縁関係があるのか調査するために宮廷魔法院から専門の魔法使いが派遣された。
「それでは、お嬢様。手を出してください」
椅子に腰かける私の前には、宮廷魔法院の魔法使い。
これから血縁関係の検査を特殊な魔法でするらしい。
私はどんなことをするのか、内心わくわくしていたのだが、横に座っている父は、始終むすっとしている。
「娘の手に触るな」
「……では、作業しにくいので、こちらのテーブルに手を置いてください」
最近分かったのだが、父はどうも周りの人間にかなり厳しい……
父が勤めている宮廷監察局のお仕事は、宮廷内のいざこざや事件を解決する機関だと聞いたことがあるけど、こんなに不愛想で父はちゃんとやっていけているのだろうか。
魔法使いが白い箱から出したのは、細い針だ。
針を私の人差し指に当てる。
「少し痛みますよ」
父の顔がまた険しくなって、魔法使いが非常にやりにくそうだ。
いちいち怖い顔をするのは、やめていただきたい。
プチっと指先に針が刺さり、血が出る。
ちょっとだけ痛かったけど、我慢できる程度の痛みだ。
魔法使いは、慣れた様子で今度は細い試験管を出して、私の指に当てた。
血液が試験管の中にぽたぽたと流れていく。
最後に私の指先に回復魔法をかけてお終いだ。傷口があっという間にふさがり、私は自分の指先を何度も確認した。
「つ、次は、公爵様です」
魔法使いは、びくびくしながら、父にも同じことをする。
私の血液が入った試験管と父の血液が入った試験管の出来上がりだ。
次は何をするの!
私は、早く次が見たくて仕方がなかった。
魔法使いは、針や試験管を出したのと同じ白い箱から白地に赤い糸で刺繍された複雑な魔方陣をテーブルの上に乗せた。
「では、血の妖精を召喚させていただきます」
召喚魔法!
これは、母も使えなかったので興味がある。
父が頷くと、魔法使いは詠唱を始めた。
「ポピー、サルビア、アマリリス。赤き血のルーツを示せ」
変な呪文だな……と思った途端、刺繍の魔方陣が赤く光った。
ポンと煙が出て、現れたのは三人の妖精だった。
皆、赤い髪に透ける羽を持った女の子の妖精だった。
「か、かわいい……」
私が三人の妖精に見惚れていると真ん中の子がくるんと回って、私にウィンクした。
「ポピー、サルビア、アマリリス。今日は、この血が親子の血か調べておくれ」
あ、それって、妖精さんの名前だったのね。
一番小さな子が魔法使いから試験管を二本受け取り、真ん中の子に「どうぞ、アマリリス姉さん」と言って渡す。真ん中の子がアマリリスちゃんなのね。三人は姉妹なのかな?
アマリリスが二本の試験管の血を一口ずつ飲む。
次に一番背の高い子が同じように飲んで、最後に一番小さい子が飲んだ。
三人は顔を見合わせてから、せーので「親子!」と答えた。
「っていうか、二人とも同じ紫晶眼じゃない。こんなことでいちいち呼び出すだなんて、人間って変」
アマリリスちゃんは、そう言い残すとポンと煙を出して消えた。残りの二人もすぐに同じように消える。なんだかあっという間だね。
魔法使いはテーブルに置いた書類にさらさらと必要事項を書き足していく。
「検査はこれで終了です。お疲れ様でした。この結果は、僕の方で帝国戸籍院に提出させていただきます」
「あぁ、頼んだ」
魔法使いは、手早く荷物をまとめて、お辞儀をしてから応接室を出ていった。
「なんだかあっさりしてましたね」
母の手紙で私たちが親子であることは分かっていたが、誰かから証明されるのもなんだか不思議だ。
「そうだな。だがこれで確固たる証明ができた。これで誰も疑うことはできないだろう」
そういうもんなのか……
「この後、何か手続きなどはあるのですか?」
「あとは、帝国戸籍院が私の戸籍にニーナのことを登録した――という通知を待つだけだ」
「そ、それだけ?」
「あぁ、そうだ」
こんなことだけで、私が公爵令嬢になっていいんだろうか。
「何か心配か?」
父が私の顔を覗き込んでいた。
一か月前、私を迎え入れた時とは、まるで別人みたいだ。
「あぁ……こんなことで貴族になっちゃって、大丈夫なのかなって……」
父は私の言葉に、顎に手を当てて何かを考え始めた。
「分かった。では、ニーナに教師を一人つけよう。知識や作法は、身につけて損はない」
「あ、ありがとうございます!」
村に住んでいた時は、母が勉強を教えてくれていたが、新しいことを学べるのは純粋に嬉しい。それに、父が私のためにしてくれると思うとそれもなんだかくすぐったかった。
父が手配した先生は、翌日から我が家にやってきた。
イルディコ・バログ伯爵夫人――イルディコ先生だ。
勉強場所は、ストヤノフ公爵家の広間。
ラリサに案内され、イルディコ先生を見た私は、目を見開いた。
「初めましてニーナ・ストヤノフ様。私、バログ伯爵が妻のイルディコと申します。どうぞイルディコとお呼びくださいませ」
ぴんと伸びた姿勢に、美しいお辞儀。
綺麗な容姿もさることながら、イルディコ先生はその所作自体が優雅だった。
「は、初めまして、ニーナ・ストヤノフです」
その点、私はどうだろう。
たどたどしく挨拶をし、お辞儀をするだけでもスカートのどこを摘まめばいいか分からない。おどおどして、結局頭を下げるだけになってしまった。
イルディコ先生は、そんな私を見て優しく微笑んだ。
「少しお話からしましょうか」
広間の端に用意された私の勉強机。
それを囲むようにして、私とイルディコ先生が座る。
すぐにラリサが紅茶を出してくれた。
「公爵様からは、一カ月後の園遊会までにニーナ様が安心して参加できるようにしてほしいと申しつかっております」
「園遊会……ですか?」
全くの初耳なんですが。
「はい。園遊会というのは皇帝陛下の主催で、春と秋の年二回、帝宮の庭園で開催されるパーティーのことでございます」
私は慌ててノートを開き、ペンでメモを取った。
「一カ月後と言うことは、次は秋の園遊会ですね」
「そうです。皇族の方々や貴族、政治家、軍人など各界の功労者とその家族が出席するとても大きな催しです。公爵様は、そこでニーナ様の初お披露目をとお考えのようです」
私の公爵令嬢としての初舞台ってことですね、先生!
「頑張ります!」
イルディコ先生は、口元に手をやって上品に笑った。
先生の所作は、見るだけで勉強になる気がした。私も人前では、今度から先生の真似をすることにしよう。
「今日はまず、皇族の方々についてお話させていただきます」
イルディコ先生は、机の上の教科書を開いて順番に皇族の方々のお名前を教えてくれた。
「アウグスト皇帝陛下に、アーデルハイト皇后陛下。皇帝陛下には、他に側妃が十名いらっしゃいます」
「十名……多いですね」
「これには、アルデニア帝国の歴史が深くかかわっております。アルデニア帝国は、領土を広げる度にその土地の王や豪族の姫を妃に召し上げてきた歴史があります。そうすることで、紛争を未然に防止しているのでございます」
なるほど。その土地の姫を人質にしてるってことか。
「おかげでアルデニア帝国は、帝国と名を改めてから一度も内戦が起きておりません。姫を帝都に迎える代わりに、その一族には自治権や爵位を保障して、五百年という長い年月を平和に過ごしてきたのです」
全部自分たちでやってたら、こんな大きな国は治められない。合理的な判断だね。
「今もその歴史を引継ぎ、帝宮には十一名のお妃さまがお住まいなのです。ストヤノフ公爵様は、その宮廷を監督されるお立場と言う訳です」
その後もイルディコ先生の講義が続き、皇族の方々の知識は一通りメモして、頭から煙が出そうだ。
「ニーナ様が想像以上に優秀で安心いたしました」
頭から煙を出す私を見て、イルディコ先生がそんなことを言う。
「どこがですか? もう頭がぱんぱんです」
私の言葉に先生は笑う。
「公爵様からは、ニーナ様が帝国の地方でお住まいだったと聞いていたので、文字から教えなければいけないかと心配していたのです。取り越し苦労でしたね。この調子なら来月の園遊会に十分間に合います」
「ありがとうございます」
村では母が文字の読み書きや計算を教えてくれた。
それが褒められたような気がして、なんだか嬉しかった。
「では、次は少し体を動かしましょう」
イルディコ 先生と一緒に広間に立つ。
先生の綺麗な姿勢を見ると私まで背筋が伸びた。
「では、基本の挨拶の仕方からです」
先生は、さっき自己紹介した時もしていた美しいカーテシーを披露してくれた。
思わず拍手をしてしまう。
「では、ニーナ様もやってみてください」
「こうですか?」
見よう見まねでやってみた。
先生がすぐに後ろに回り、私の背中に手を回す。
「背筋はまっすぐ伸ばしたままにしてください」
腹筋が辛い。ぷるぷるする。
――とその時、広間の入口に視線を感じた。
父だった。広間の入口を半分だけ開け、こちらを観察しながら執事長のアレクセイと何かを話している。
恥ずかしい!
「お父様! 見ないでください!」
私の声に、父が珍しくびくりと震えた。
「なぜだ? 今、ニーナの学習風景を画家を呼んで絵にできないか、アレクセイに相談していたのだが」
やめてよ、恥ずかしい!
アレクセイは、父の横で額の汗を拭いて、苦笑いを浮かべている。
私は、ずんずんと足を踏み鳴らして、広間の入口に向かった。
「もう見に来るの禁止です!」
ばたんと大広間の扉を閉める。
扉を閉める時、父のしょんぼりした顔が見えた気がした。




