第10話 お前のことは、必ず私が守る
「お嬢様、今日のドレスはこれです」
ラリサが持ってきたドレスを見た私は、ぎょっとした。
パウダーブルーのドレス。
袖やスカートには、これでもかと言うほど細かな刺繡が銀糸で施され光っていた。
「いつものと全然違う!」
「当たり前です。今日は園遊会ですよ」
「こんなドレス、いつの間に用意したの?」
衣装室には毎日入っているが、このドレスを見たのは初めてだ。
ラリサが何かをごまかすように明後日の方向を向いた。
「まぁまぁ、そんなことは気にしないでお着換えいたしましょう。今日は、髪も巻かせてくださいね」
なんだか釈然としないが、公爵令嬢というのはこういうものなのかもしれない。
きっとラリサや侍女長のナタリアが気を利かせて用意してくれたのだろう。
いつもは着ないコルセットでギュギュっと絞められ、ドレスに着替える。
髪は巻いて背中に垂らし、頭の横には細かな宝石がはめ込まれた銀の飾りを留めた。
化粧までされて、なんだか大人になった気分だ。
「ありがとう、ラリサ。綺麗にしてくれて」
「とんでもございません。私もお嬢様の支度をお手伝いできて、夢が一つ叶いました」
私が首を傾げると、ラリサは少しだけ潤んだ瞳で微笑んだ。
「ずっとこの日を夢見て、侍女の修行をしていましたから」
ラリサの言葉に胸が熱くなった。
ラリサの十年の修行を無駄にしないためにも、私は今日、完璧な公爵令嬢になってみせる。そう決意を新たにした。
ラリサと二人で屋敷の中央階段を下りていくと、玄関にはすでに父が待っていた。
濃紺の軍礼服を身にまとい、髪はかき上げた形で整えてある。
いつもと違う雰囲気の父を前に私はポカンと口を開けた。
「お嬢様、口が」
「はぷ!」
ラリサが耳もとで教えてくれたので慌てて口を閉じる。
すると父が口を押えて肩を震わせた。信じられないことに、父が笑っていたのだ。
その場にいたアレクセイもナタリアも目を見開いた。
「笑わないでください!」
恥ずかしい。この一か月、イルディコ先生の指導で令嬢修行を頑張ったのに。その頑張りを馬鹿にされた気分だ。
私は恥かしさと苛立ちで、先に一人で玄関を出た。
「すまない、ニーナ」
父の声で振り返ると、父は困ったように眉を下げていた。
そんな顔をしたら、私が悪いみたいじゃない。
私が手を父へ差し出すと父はぱっと表情を明るくして、私の手を取った。
父のエスコートで馬車に乗り込む。
ゆっくりと馬車の外の景色が流れ始めた。
「ニーナ、怒ってるか?」
向かいの席には、私の顔を心配そうに覗う父。
あなた、そんなキャラでしたっけ?
「もう怒ってません」
私の言葉に父はほっと息を吐いた。
「でも次笑ったら許しません」
父がひゅっと息を呑む。
「……善処する」
貴族街を抜けると馬車は緩やかな坂道を登り始めた。
窓から外を見ると、山の上にそびえ立つ白亜の城が見える。
坂を上りきると馬車が城門の前で停まる。
別の馬車で随行していたステファンが馬車の扉を開けて、私と父は馬車を降りた。
「大きいですね……」
私は、その城の大きさに圧倒された。
公爵家の屋敷も大きいがここはその比ではない。
「迷子になるなよ」
父が私に手を差し出す。
子ども扱いが若干不服だが、この規模なら冗談抜きに迷子になりそうだ。
私は父と腕を組んで、大きな城門をくぐった。
高いアーチ状の天井に長い廊下。
どこまで続いているのか、先が見えない。
ひんやりとした石壁が周りの空気まで冷たくしているようだった。
古い石の匂い。この城にもきっと帝国の長い歴史がつまっているのだろう。
私と公爵、後ろを歩くステファンとラリサの足音が反響して廊下に響いた。
長い廊下を抜けた先。
暗かった視界が一気に明るくなった。
園遊会の会場――帝宮の庭園へと足を踏み入れ、私は思わず息を呑んだ。
広い芝生にいくつも並ぶ白いクロスがかけられた円卓。
軍服の男たちや色とりどりのドレスを着た女性たち。
「大丈夫だ、ニーナ。お前のことは、必ず私が守る」
父の言葉に、私はぱっと顔を上げた。
父は厳しい表情で庭園を睨んでいた。




