第7話 開かない箱
公爵は執事長のアレクセイを呼んで、すぐに午後の予定をごっそり空けた。
互いにヤナに関する物を執務室に持ち寄って、捜査会議をすることになったのだ。
「村を出るときに家が燃えて……持ち出せたのは、これだけなんです」
私は母の手記と公爵家の紋章が彫り込まれた箱をテーブルに置いた。
「家が燃えた? そんな報告は受けていないが」
公爵は、あからさまに眉を寄せた。
「あ、気にしないでください。そんなことより、今は母のことを調べるのが先です」
私はそう言ったが、公爵がアレクセイに目配せすると、アレクセイが慌てて執務室を出て行った。大事にならないといいんだけど……
「公爵様、この箱に見覚えがありますか? 私には、開けられないんです」
私が木彫りの箱を公爵に手渡すと公爵は頷いた。
「ヤナは、宝石もドレスも、残るものは一つも受け取ってくれなかったんだが、これは私が捨てようとしていたのを欲しいと言われたから渡したものだ。当時は普通に開いたんだがな」
捨てようとした?
私が見る限り彫り込まれた意匠は美しいし、箱自体も磨かれていて、これだけで価値が十分にありそうだ。
「なぜ、捨てようとしたんです?」
母のこともだが、私はこの人が何を考えているのかまで気になり始めていた。
「これは、オルゴールなんだ。私が子供のころに使っていたものなんだが、壊れて音が鳴らなくなってしまったんだ。大人になってまでオルゴールを持っているのもどうかと思って、捨てようと思ってな。その話をヤナにしたら、『捨てるならください』と言ったんだ」
公爵はオルゴールの蓋を開けようとしたが、公爵にも蓋を開けることはできないようだ。
「オルゴール……もしかして」
私の言葉に公爵が首を傾げた。
「もっと私が小さかった時、寝るときに母がオルゴールを鳴らしてくれていたんです。よく覚えていないのですが、あれがこのオルゴールだったのかもしれません」
私の言葉に公爵は息を詰まらせた。
絞り出すように、「じゃあ、ヤナが直して、使っていたのかもしれないな」と言った。
「ニーナのためになったのなら、良かった」
公爵の顔は、かすかに微笑んで見えた。
この人……こんな顔もするんだ。
「その手記にはどんなことが書かれているんだ?」
「これは、母が私のためにと魔法の使い方をメモしてくれたものです」
魔法の手記も公爵へ渡す。
公爵は、オルゴールをテーブルに置いて、代わりに魔法の手記を受け取る。
赤茶の皮の表紙を開いて、中を確認した。
「……ヤナの字だ」
公爵は、母の字を見るだけで目を潤ませた。
この人は、まだ母を愛しているらしい。
「ここに書かれている魔法――結構な量だが、ニーナは全て使えるのか?」
「全部はまだ無理ですね。練習はしているのですが、母のようにはなかなか。半分くらいなら使えます」
「半分だけでも十分すごい。帝宮監察局でも、いくつも魔法を使える人材は重宝されるんだ」
「え、じゃあ、私も帝宮監察局に――」
「それは駄目だ」
ケチだな。
「ニーナには、もっといい職場を探すから待っていなさい」
帝宮監察局って、帝宮内の事件を調査するお仕事だよね?
これ以上いい職場ってなに?
「ニーナ、この魔法」
公爵は、手記の中に気になる魔法を見つけたのか、私に見せてきた。
「あぁ、『秘密の鍵』ですね。確かに元々は開いたオルゴールの箱が開かないのも、この魔法を使っていたとしたら説明できます」
『秘密の鍵』とは、本や箱など、開けて欲しくない物に鍵をかける魔法だ。
「ニーナは、使えるのか」
「はい。使えます」
「では、このオルゴールも開けられるか?」
私は公爵の問いに首を横に振った。
「これを開けるためには、合言葉が必要なんです。母がどんな合言葉にしていたのか、私は知らないんです」
公爵は、「そうか……」と肩を落とした。
「公爵様は、何か母に関わる物は持っていないのですか?」
「彼女からもらったのは、これだけなんだ」
公爵が執務室の引き出しから出してきたのは、カンパニュラが刺繍されたハンカチだった。
「カンパニュラですね」
薄紫の花弁が公爵の瞳の色にも似ている。
「カンパニュラというのか、私は花に詳しくないから、なんの花かずっと気になってたんだ」
「母が好きだった花です。森に薬草を摘みに行って見つけると、いつも摘んで帰ってきていました」
公爵はハンカチに視線を落として、ハンカチの端を握った。
「そうか……私は、彼女のことを全然知らなかったんだな」
それにしても、カンパニュラだなんて……
「本当に母は、公爵様を捨てたのかな」
私の言葉に公爵は顔を上げた。
「だって、カンパニュラの花言葉は、『感謝』だから」
私が「感謝」と言った瞬間。
オルゴールの蓋がキンと甲高い音を立てた。
私は慌てて、オルゴールを手に取る。蓋が少しだけ開き、中から金色の光が漏れていた。
「箱が開きかけてます! 今の言葉が合言葉に近かったみたいです」
私はもう一度、オルゴールに「感謝」と言う。するとオルゴールはまた、キンと高い音を出した。
「鍵がかけてあるくらいだ。きっとヤナは、この箱に何かを入れていたんじゃないか? ニーナ、ヤナがこのオルゴールを使っていた時のこと、何か覚えていないか?」
「覚えていること……」
母がこの箱を触っていた時のことを私は必死に思い出した。
母がこの箱を触っていたのは、決まって夜の遅い時間だった。
私から隠れるようにして、箱に額を当て、何かを囁いていた気がする。
私は寝ぼけながらだが、母のその言葉を聞いたことがあった。
「『ありがとう』」
私がそう呟いた瞬間――
カチリ、とはっきり音がした。




