第5話 真実の火
「公爵様、私がこの女中の嘘を証明いたします」
このままだと、私が廊下を汚した犯人にされてしまう。
それだけは御免だ。
私はすぐに自分の指さきに嘘を見極める青い『真実の火』を灯した。
マリアは私の指先に急に火が灯ったのを見て、きゃ!っと「公爵様、私がこの女中の嘘を証明いたします」
このままだと、私が廊下を汚した犯人にされてしまう。
それだけは御免だ。
私はすぐに自分の指さきに嘘を見極める青い『真実の火』を灯した。
マリアは私の指先に急に火が灯ったのを見て、きゃ!っと短い悲鳴をあげた。
「大丈夫。この火は物を燃やさない。これは『真実の火』という魔法よ。宮廷監察局でも捜査に使う一般的な手法なの」
私はあえて、火を灯していない方の手の平を指先の火に近づける。私の手は燃えることもなければ、焦げることもなかった。
「宮廷監察局でお仕事をされていらっしゃる公爵様なら、この魔法の効果はご存じですね」
「あぁ、知っている。その火の前では嘘はつけない。嘘をつくと火が揺れる」
公爵の言葉に私は頷く。
これは生前母が私に教えてくれた魔法の一つなのだ。
「私は廊下を汚していません。本当です」
真実の火は揺れない。
まっすぐに燃えている。
「さぁ、マリアさん。あなたの番です。あなたの主張をもう一度聞かせてください」
「わ、私は……」
マリアは明らかに動揺していた。
両手を胸の前で握り合わせ、まるで神にでも祈るかのようだ。
握ったその手は、小刻みに震えている。
「早く言え。それとも言えないのか?」
公爵の言葉にマリアはびくんと震えた。
「……私は、やってません」
指先の青い火がうねるように揺らいだ。
「こんなのおかしい! インチキです!」
マリアは目にいっぱい涙をためて、公爵に縋りついた。
「通常の捜査には、より確実性を増すために、他の目撃者の証言も聞く。ニーナ、他の女中の話も聞きなさい」
公爵が縋りつくマリアを手で遠ざけながら、私に言う。
この人……私を信用してくれるの?
「……分かりました。そこのお二人もお話を聞かせてください」
自分たちは関係ないと、壁の隅で縮こまっていた二人の女中の前に私は立つ。
「廊下を汚したのは、私ですか?」
「……いいえ」
二人の女中はちらりとマリアを見てから、小さな声で答えた。
真実の火は、揺れない。
「マリアが足で桶を引っかけたんです……この方は、その水で滑って、廊下に転んだんです」
「嘘よ!」
二人の女中の言葉では火は揺れないが、マリアの叫びにも似た訴えには、しっかりと火が揺れた。
「往生際が悪いですよ、マリアさん。あなたは、嘘をついています。それともあなたは、この魔法が公的な捜査でも使われると仰った公爵様の言葉も嘘だと言うのですか?」
私の言葉にマリアはひゅっと息を呑んだ。
さすがにこれは、言い返せないらしい。
「マリア、君のような私の客人を貶めるような人間は、この屋敷には置いておけない。荷物をまとめて、実家に帰れ」
「そ、そんな、公爵様! わざとひっくり返したんじゃないんです!」
「しつこいぞ! 貴族身分の者への無礼は、本来むち打ちになってもおかしくない。首で済んだだけ、ありがたいと思うんだな」
公爵の目には、はっきりと怒りの色が見えた。
マリアはブルブルと震えながら、その場に膝をついた。
公爵がラリサに目配せする。
ラリサは、すぐに私の肩を抱いて、私の部屋を目指した。
「ニーナ様、お体が冷えてしまいます。すぐにご入浴の準備をさせていただきますね」
「あ、ありがとう。ラリサ」
私は、自分の無実を証明できて、ほっと息を吐いた。
それにしても、さっきの公爵の様子……
もしかして、あの人、そんなに意地悪な人じゃないの?
* * *
「女中が無礼を働き、大変申し訳ありませんでした」
温かい湯船につかる私に、ラリサが頭を下げた。
「謝んないで、ラリサ。あなたのせいじゃないでしょ」
「しかし、女中の監督も侍女の務めの一つでございます。私の指導不足です」
ラリサは本当にまじめだ。なんでもかんでも気にしすぎだよ。
もっとおおらかに生きないと。私みたいにね。
「もう謝るの禁止。私はラリサに謝ってもらっても、全然嬉しくないからね」
「いえ、そうはいきません。何か罰を与えてくださいませ」
「えぇ……」
なんて大げさなんだ。たかが転んだだけだってのにさ。
「じゃあ、私に聞かれたことは、なんでも答えてくれる?」
「はい、ぜひお申し付けください」
私は、指先に真実の火を灯した。
「公爵様は……私のお父さんなの?」
ラリサが目を見開く。
少し視線を泳がせてから、私の目をしっかりと見た。
「分かりません」
火は揺れない。
ラリサは嘘をついていない。本当に分からないのだ。
私は、指先の火を消して、ため息を吐いた。
「謝んないで聞いて欲しいんだけどさ……さっき、女中たちが私のことを公爵様の隠し子だって、噂してたんだ」
ラリサは私の言葉に視線を下げた。
「私、お母さんには、『お父さんは死んだんだ』って聞かされてたの。でも、公爵様の瞳が私と同じ色でしょ? だから気になっちゃってさ」
「……紫晶眼」
「え?」
ラリサから知らない言葉が出て、私は首を傾げた。
「ストヤノフ公爵家の人間は、皆この紫晶眼と呼ばれる紫の瞳をしています」
「それって、つまり――」
「あとは、私の口からは申し上げられません。ニーナ様、差し出がましいとは、存じますが、私からもお願いがございます」
「……なに?」
「公爵様と……イヴァン様とお二人で話をしてくださいませ」
悲鳴をあげた。
「大丈夫。この火は物を燃やさない。これは『真実の火』という魔法よ。帝宮監察局でも捜査に使う一般的な手法なの」
私はあえて、火を灯していない方の手の平を指先の火に近づける。私の手は燃えることもなければ、焦げることもなかった。
「帝宮監察局でお仕事をされていらっしゃる公爵様なら、この魔法の効果はご存じですね」
「あぁ、知っている。その火の前では嘘はつけない。嘘をつくと火が揺れる」
公爵の言葉に私は頷く。
これは生前母が私に教えてくれた魔法の一つなのだ。
「私は廊下を汚していません。本当です」
真実の火は揺れない。
まっすぐに燃えている。
「さぁ、マリアさん。あなたの番です。あなたの主張をもう一度聞かせてください」
「わ、私は……」
マリアは明らかに動揺していた。
両手を胸の前で握り合わせ、まるで神にでも祈るかのようだ。
握ったその手は、小刻みに震えている。
「早く言え。それとも言えないのか?」
公爵の言葉にマリアはびくんと震えた。
「……私は、やってません」
指先の青い火がうねるように揺らいだ。
「こんなのおかしい! インチキです!」
マリアは目にいっぱい涙をためて、公爵に縋りついた。
「通常の捜査には、より確実性を増すために、他の目撃者の証言も聞く。ニーナ、他の女中の話も聞きなさい」
公爵が縋りつくマリアを手で遠ざけながら、私に言う。
この人……私を信用してくれるの?
「……分かりました。そこのお二人もお話を聞かせてください」
自分たちは関係ないと、壁の隅で縮こまっていた二人の女中の前に私は立つ。
「廊下を汚したのは、私ですか?」
「……いいえ」
二人の女中はちらりとマリアを見てから、小さな声で答えた。
真実の火は、揺れない。
「マリアが足で桶を引っかけたんです……この方は、その水で滑って、廊下に転んだんです」
「嘘よ!」
二人の女中の言葉では火は揺れないが、マリアの叫びにも似た訴えには、しっかりと火が揺れた。
「往生際が悪いですよ、マリアさん。あなたは、嘘をついています。それともあなたは、この魔法が公的な捜査でも使われると仰った公爵様の言葉も嘘だと言うのですか?」
私の言葉にマリアはひゅっと息を呑んだ。
さすがにこれは、言い返せないらしい。
「マリア、君のような私の客人を貶めるような人間は、この屋敷には置いておけない。荷物をまとめて、実家に帰れ」
「そ、そんな、公爵様! わざとひっくり返したんじゃないんです!」
「しつこいぞ! 貴族身分の者への無礼は、本来むち打ちになってもおかしくない。首で済んだだけ、ありがたいと思うんだな」
公爵の目には、はっきりと怒りの色が見えた。
マリアはブルブルと震えながら、その場に膝をついた。
公爵がラリサに目配せする。
ラリサは、すぐに私の肩を抱いて、私の部屋を目指した。
「ニーナ様、お体が冷えてしまいます。すぐにご入浴の準備をさせていただきますね」
「あ、ありがとう。ラリサ」
私は、自分の無実を証明できて、ほっと息を吐いた。
それにしても、さっきの公爵の様子……
もしかして、あの人、そんなに意地悪な人じゃないの?
* * *
「女中が無礼を働き、大変申し訳ありませんでした」
温かい湯船につかる私に、ラリサが頭を下げた。
「謝んないで、ラリサ。あなたのせいじゃないでしょ」
「しかし、女中の監督も侍女の務めの一つでございます。私の指導不足です」
ラリサは本当にまじめだ。なんでもかんでも気にしすぎだよ。
もっとおおらかに生きないと。私みたいにね。
「もう謝るの禁止。私はラリサに謝ってもらっても、全然嬉しくないからね」
「いえ、そうはいきません。何か罰を与えてくださいませ」
「えぇ……」
なんて大げさなんだ。たかが転んだだけだってのにさ。
「じゃあ、私に聞かれたことは、なんでも答えてくれる?」
「はい、ぜひお申し付けください」
私は、指先に真実の火を灯した。
「公爵様は……私のお父さんなの?」
ラリサが目を見開く。
少し視線を泳がせてから、私の目をしっかりと見た。
「分かりません」
火は揺れない。
ラリサは嘘をついていない。本当に分からないのだ。
私は、指先の火を消して、ため息を吐いた。
「謝んないで聞いて欲しいんだけどさ……さっき、女中たちが私のことを公爵様の隠し子だって、噂してたんだ」
ラリサは私の言葉に視線を下げた。
「私、お母さんには、『お父さんは死んだんだ』って聞かされてたの。でも、公爵様の瞳が私と同じ色でしょ? だから気になっちゃってさ」
「……紫晶眼」
「え?」
ラリサから知らない言葉が出て、私は首を傾げた。
「ストヤノフ公爵家の人間は、皆この紫晶眼と呼ばれる紫の瞳をしています」
「それって、つまり――」
「あとは、私の口からは申し上げられません。ニーナ様、差し出がましいとは、存じますが、私からもお願いがございます」
「……なに?」
「公爵様と……イヴァン様とお二人で話をしてくださいませ」




