第3話 馬子にも衣裳ね
「公爵様は、さっき屋敷を出ていったけど、いつになったら帰ってくるかな?」
お茶を飲みながら、私はラリサに聞いた。
「おそらく騎士団の兵舎を見に行っただけですので、すぐ帰って来るとは思います。小一時間程かと」
「小一時間程、ね」
その間、何をして過ごそうか……
ちょっと暇だな。
「ニーナ様、良ければなのですが……お着替えをしませんか?」
ここで私は自分の格好を見る。
確かにこの格好はまずい。
村の家で寝るために寝間着を着て、そのまま飛び出してきたのだ。着替える暇も着替えを持ってくる時間もなかった。
ここまで来る一週間の間、宿に泊まることもあったので、身綺麗にはしているが、人の家に居候しているのにずっと寝間着というのもなんだか落ち着かない。
「でも私、火事で着替えは持ち出せなくて」
「ご安心ください。ニーナ様の着替えもご準備させていただいています」
なんて準備がいいんだ……
ラリサが手配してくれたのかな?
私より少し年上なだけの侍女だと思っていたけど、もしかしてラリサって、すごく仕事のできる女子なのでは?
「ラリサって、この仕事が長いの?」
ラリサは眉を上げる。
「そうですね。母がここの侍女長をしていまして、幼いころから侍女見習いとして修業してきました。それも合わせると……かれこれ十年にはなるかと」
「十年……」
十年というとラリサは、随分と幼い頃から侍女の修行をしてきたことになる。
侍女の世界の常識というものを私は知らないが、それが普通なんだろうか?
私も母の薬づくりを隣で見てきたから、手伝いたいと申し出たことは何度もある。
だけど母は、練習はさせてくれても、お客さんに渡す薬を私に作らせてくれたことは、一度もなかった。
なんだか引っかかる。
まあでも、ここではそうってだけかもね。
「ニーナ様?」
考え込んでいた私にラリサは、首を傾げた。
「あ、ごめんごめん。着替えはぜひ借りたいな」
「では、さっそく衣装室へご案内いたしますね」
ラリサが案内してくれたのは、私の部屋と扉一枚でつながった部屋だった。
そこには、小さな子供用のドレスから私が着てちょうどいいサイズのドレスまでがずらっと吊るされていた。まるで衣装屋みたいだ。
「これ、可愛い!」
私は一番端に吊るしてあったサーモンピンクの子供服を手に取った。
もちろん私が着るためではない。でも、こういうのを見ると自然と頬が緩んだ。
「今のニーナ様ですと、これなんかいかがですか?」
ラリサが出してきたのは、シルクのゆったりしたドレスだった。
ちょうど村で着ていた私の普段着と形が似ている。まぁ、素材が全然違うんだけど。
私はラリサに勧められたドレスに着替えた。
淡いカスタードクリームみたいな色のドレス。
胸の下で切り替えがあり、裾に向かってゆったりと広がっている。
襟元はスクエアに開き、袖はベルスリーブになっていて上品だ。
試着室を出た私は、金の縁取りをされた姿見の大きな鏡で自分の姿を確認した。
「……馬子にも衣装ね」
「とってもよくお似合いです。髪もセットさせてください」
ラリサが椅子を鏡の前に持ってきたので、大人しく座る。
髪はこのままでいい気もしたが、やってくれると言うんだから、お言葉に甘えよう。
ラリサは丁寧に私の長い髪に櫛を通した。
サイドの髪を編み込み、ハーフアップにする。
編み込んだ髪に真珠のピンをいくつか挿して、ラリサはほっと息を吐いた。
「お美しいです。ニーナ様」
「あ、ありがとう……」
ちょっと恥ずかしい。鏡に写る姿は、村にいた時とは別人のようだ。
この格好で村人に会ったら、誰も私だって気がつかないかも。
なんだか心が弾んだ。
「そうだ、せっかくですから、この格好で騎士団の兵舎まで散歩に行きましょう。きっと公爵様も喜ばれるはずです」
喜ぶ? あの人が?
私は、さっき中央階段で見た公爵の顔を思い出して、顔を顰めた。
でも、せっかく綺麗にしてもらったから、どこかに出かけてみたいというのは、大賛成だ。
この公爵家の敷地に何があるのかも気になるしね。
公爵にお仕事を紹介してもらわなきゃいけないんだから、善は急げだ。
「いいね。じゃあ行ってみよう」
ラリサに持たされた白いレースの日傘をさしながら、公爵家の敷地を散歩する。
ラリサの話では、公爵騎士団の本部は、公爵領の領都にあって、帝都の敷地にあるのは屋敷の警備や公爵の警護をする騎士のための駐屯地みたいなものなんだって。
「公爵騎士団には、どんな人がいるの?」
お散歩しながら、なんの気なしにラリサに質問する。
ステファンがいるのは分かるけど、他にはどんな人がいるんだろう。
「公爵領の本部から特に優秀な人材がこちらの兵舎に駐屯しています。騎士もいますし、魔法使いも女性騎士もいますよ」
「へぇ!」
魔法が使えると帝都で仕事に困らないというのは、どうも本当のことらしい。
私も多少の戦闘用魔法は使えるから、もしかしてここで採用してもらうっていう道もあるんじゃないかな?
公爵家の庭を越えた先、赤茶の煉瓦造りの建物が見えてきた。
建物の横では、木剣を振って数人の騎士が訓練をしている。
公爵もそこで訓練を見ていた。公爵の横には、執事のお爺ちゃんとステファンも立っている。
私とラリサは、公爵の後ろから訓練場へと近づいた。
近づく私とラリサに先に気がついたのは、訓練をしていた騎士たちだった。
「誰だ、あのご令嬢は」とか「綺麗な方だな」という声が聞こえて、私は照れ臭くなってラリサの後ろに隠れた。衣装の力ってすごい。
騎士たちの声を聞いて、公爵がこちらへ振り返った。
驚いたように目を見開き、すぐに騎士たちを睨みつける。騎士たちは、まるで獅子に睨まれたウサギみたいに縮み上がった。
それを見たラリサもぶるりと震える。
「ラリサ、どうしてこんなところにニーナを連れてきた」
「申し訳ございません」
ラリサがすぐに頭を下げた。
なんで、ラリサが怒られてるの!?
私は、ラリサが怒られているのが我慢ならなくて、公爵の前に出た。
「私がラリサに頼んだんです。公爵様にお会いしたかったので」
「私に?」
公爵の厳しかった表情が少しだけ緩んだ気がした。
「はい。居候の身でいつまでもお世話になるのは、いかがなものかと思いまして。公爵様、私に何か仕事を紹介してください。母の手紙にも、そう書いてあったはずです」
公爵の表情がまた険しくなった。
公爵の隣に立つステファンが私を見てぶんぶんと首を横に振っている。
私、何かまずいことでも言った?
公爵は深いため息を吐いてから、私に背を向けた。
「お前は本当にヤナにそっくりだ……仕事は、探しておく。母親が亡くなったのだ。しばらくはゆっくりして構わない」
なんでか分からないけど、公爵の大きな背中は、ひどく孤独に見えた。




