第2話 同じ色の瞳の他人
「お前がニーナか」
公爵家の中央階段の上に立つその男は、アメジストのような冷たい目で私を見下ろした。
え……私と同じだ。
私も男と同じアメジスト色の瞳だった。
髪の色だけが銀色と黒髪で違う。
小さな村で暮らしていたので、世間をあまり知らないが、同じ色の瞳の人間と出会ったのは、これが初めてのことだった。
「お父さん……?」
確証があった訳じゃない。
母に父のことを聞いたこともあるが、母は「お父さんは亡くなったのよ」と私に説明していた。
あれが嘘だったとしたら?
私の言葉に、その男は眉をひそめた。
「勘違いするな」
「え……?」
「お前はただの客人だ。私がお前と家族になることはない」
男の言葉に、私はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
「……この屋敷に来たことは歓迎する。好きなだけいるといい」
男はそう言い残すと、動かない私とすれ違って、執事と一緒に屋敷を出ていってしまった。
どくんどくんと心臓の鼓動が早い。
男がいなくなっても、私は動くことができなかった。
なに……あれ……
無愛想にも程がある。
こっちは、お邪魔する身だから、文句は言えない。母が亡くなって、困っていたところを助けられたという恩もある。
それにしてもだ。
好きになれない——
そう直感的に判断した。
「……ニーナ様」
声をかけてきたのはラリサだった。
振り返るとラリサとステファンが心配そうに私を見ていた。
「あぁ……ごめんなさい。行きましょうか。客室はどこ?」
「……ニーナ様のお部屋は、こちらでございます」
ステファンは警備の仕事があると言って、そこで別れた。
ラリサは、屋敷の中央階段を上って私を二階へと案内した。
二階の長い廊下を進み、突き当たりの部屋でラリサの足が止まる。
ここ?
壁と同じく白く塗られ、金の装飾が施された両開きの扉だ。
私の勝手なイメージかもしれないけど、客間ってもっと……
一階にあって、外との出入りがしやすい場所のイメージがある。
だけどここは、その反対だった。
ラリサは金のドアノブに手をかけて、丁寧に扉を開けた。
「こちらがニーナ様のお部屋でございます」
私はその部屋を見て息を呑んだ。
白い大理石の床に白いインテリア。
大きく開け放たれたガラスの窓からは、さわやかな風が入り、レースのカーテンが揺れていた。
「すごい……こんなにいい部屋を使っていいの?」
「もちろんでございます。こちらは、公爵様がニーナ様のためにご準備されていた部屋でございますから」
私は恐る恐る部屋へと足を踏み入れた。
床を汚してしまうんじゃないかと不安になってしまう。
貸していただいた広い部屋。
村で住んでいた家のリビングより広い。
私は、部屋のどこに自分の身を置けばいいのかが分からなくて、ただ立ち尽くしてしまった。
「ニーナ様、良ければお茶をお入れいたしますので、座ってお待ちください」
「あ……ありがとう」
ラリサは私を部屋のソファへと案内してくれた。
アイボリーの布地に金の糸で植物模様が織り込まてたソファだ。
私は、その前の猫足のテーブルに母の手記と箱を置いて、浅くソファに腰掛けた。
そわそわしながら待っていると、ラリサが部屋の外からティーセットとケーキが乗ったワゴンを押して戻ってきた。
ラリサは、私の前にケーキを置き、手慣れた様子で紅茶も並べる。
「ねぇ、ラリサ」
「はい、なんでしょうか?」
「良かったら、一緒にお茶にしましょ。私一人だと落ち着かないもの」
ワゴンには、予備の茶器やおかわり用のケーキも乗っている。
二人で食べた方が絶対に美味しい。
ラリサは、驚いたように眉を上げた。
「よろしいのですか?」
「よろしいも何も、私がお願いしてるの。一人だと……なんだか落ち着かない」
ラリサは、私の反応にふっと笑ってから、紅茶をカップに注いだ。
「それでは、お言葉に甘えて、ご一緒させていただきます」
ケーキと紅茶は驚くほど美味しかった。
さすがは、公爵家……
おやつのレベルだけでも、私が知っている物とは全然違っていた。
「なんだか申し訳ないな。ごめんね、ラリサ。すぐに帝都で仕事を見つけて、出て行くからね」
公爵が仕事を紹介してくれるものだと思っていたが、さっきの様子だとそうも思えない。「住む場所は貸してやるから、さっさと仕事を探して出ていけ」って、言われてはいないけど、たぶんそう言うことだ。
ラリサは紅茶のカップをソーサーに戻した。
「何を言っているんですか? ニーナ様。公爵様は『好きなだけいるといい』と、仰っていたではありませんか」
それは建前ってやつでしょ?
本気に客人に「いつまでもいていい」って言う人はいないよ。
「うん。でも申し訳ないしさ。仕事を探すには、どこに行けばいい? 私、魔女なんだ。魔女って、帝都だと引手あまただって聞いたんだけど」
ラリサは、ぎょっと目を見開く。
「それは、ちょっと……お答えしかねます」
「なんで!?」
「確かに魔女は帝都では、仕事に困りませんが、公爵様からはニーナ様が不便をしないようにとしか、申し使っておりません。仕事を探したいなどと言ったら、公爵様がどう思われるか……」
ラリサは、手を頬に当てて何かを思案している。
全くラリサは、変なところが融通が利かない。
公爵に命令されてないと全然動けないってこと?
「分かったよ。ラリサから公爵に許可は取りづらいってことね。今度自分で聞いてみるよ」
ここは図々しく行こう。
お仕事を紹介してください!って言えば、意外といけるかもしれない。
ラリサは、「あんまりおすすめは出来ませんけどね」と小声でつぶやいた。




