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宮廷監察局の魔女令嬢~宮廷に渦巻く嘘を、私が暴きます~  作者: ポムの狼
第一章「母が遺した謎」

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第1話 お前と家族になることはない

「お前がニーナか」


 銀色の髪に、アメジスト色の瞳。

 眉間に刻まれた皺は険しく、歳は四十路くらいか。


 公爵家の中央階段の上に立つその男は、氷のような目で私を見下ろしていた。


 私も同じアメジスト色の瞳で、その男を見つめ返す。


「お父さん……?」


 はっきりとは分からない。

 だけどその珍しい瞳の色があまりにも私に似ていたので、口をついて出てしまったのだ。


 私の言葉に、その男は眉をひそめた。


「勘違いするな」


「え……?」


「お前はただの客人だ。私がお前と家族になることはない」





 * * *





「お母さん……」


 今日も母の墓に森で摘んだ花を供えた。

 河原で拾ってきた一番綺麗だと思えた丸い石を置いただけの墓。

 家の前の薬草畑の隣に、私が母を埋めて作った墓だ。


 母の容体が急変したのは、つい二十日前。

 私の十四歳の誕生祝いを母がしてくれた、次の日のことだった。


 魔女だった母は、薬を作って暮らしていた。

 隣の村で重い風邪が流行って、薬を売りに行った母にも、うつってしまったのだ。そこからは、本当に早かった。


 母と二人だけで暮らしていた私は、必死に看病した。

 だけど、私が母を助けることは、できなかった。


「嫌ね……気味が悪いわ」

「あの娘にも、変な呪いがかかってるかもしれない」


 家の前を通りすがった村人が私にそんなことを言う。

 私は、逃げるように家に入り、ばたんと扉を閉めた。


 呪いって……そんなもの、あるはずないじゃない。


 私は深いため息を吐いた。

 

 私も母と同じく魔女だ。

 魔法を使うことができる。


 だけど魔女は災いを呼ぶだなんて古い考え方が残るこの村では、何かあるとこういう風につまはじきに合うのだ。


 今回が初めてではない。いつものことだ。

 そのうちほとぼりが冷めて、元通りになる。


 まぁ、それでもいい気はしないんだけどさ。






 その日の夜――

 ベッドに潜り込んでうとうとしていると、ぱちぱちと何かが弾ける音と焦げくさい匂いがした。

 

 私は、はっと目を覚ました。


 窓の外は夜のはずなのに、オレンジ色の光が揺らめいていたのだ。


 勢いよく起き上がって、窓に顔をつける。


 窓の外には松明を持った村人たち。

 薬草畑が燃え、家の一階にも火が回っていた。


「信じられない! あいつら、家に火を放ったの!?」


 いつもならしばらく睨まれるだけで済むのに、今回はそうはいかなかったらしい。


 寝室の扉の隙間から、煙が漏れ始めていた。

 私は急いで寝室の母の机から、母の私物を二つ取り出した。

 母が魔法のことをメモしていた手記と後生大事にしていた狼と三日月が彫り込まれた箱だ。それを抱えて、二階の寝室を飛び出した。



 廊下も煙が立ち込めていて、私は口と鼻を手で押さえた。

 階段を見ると階段まで火が回り、一階はすでに火の海だった。


 駄目だ、階段からは逃げられない。

 飛ぶか……


 私は廊下の窓を開けて、怯むことなく飛び出した。

 地面に激突する前に、指をぱちんと鳴らして足の下に風魔法を使う。

 ふわりと落下速度が落ちて、地面に降り立った。


「こっちから逃げたぞ!」


 村人の声がして、私は地面を蹴って走り出した。


 母の墓のことが気になって、ちらりと振り返る。

 だけど、村人が何人も松明を持って追いかけてきていた。

 私は前を向いて走り続けるしかなかった。


 村の出口が目の前に迫った、その時――

 出口を塞ぐように、村長が立ちはだかった。


「村長、どけて。 私は何も悪いことをしてない」


「災いのもとをうちの村から出すことはできない。お前にはここで死んでもらう」


 村長の手には、包丁が握られていた。


 ハゲ村長め。本気で私を殺す気か?


 後ろから他の村人の怒声も近づいてきた。


 大人しく殺されてやる気は、さらさらない。

 私は手を構えて、魔法で迎撃する準備を整えた。


 やられる前に、やる!


「そこまでだ!」


 馬の嘶きが夜の村に響きわたる。

 村の出口から村長を跳び越すようにして、馬に跨った男が駆けてきた。

 村長は、「ひぃ」と悲鳴をあげ、腰を抜かす。


「ニーナ様。お迎えに上がりました」


「だ、だれ?!」


 紺色の軍服に身を包んだ男は、馬上から私に手を伸ばした。

 男の軍服の肩には、狼と三日月の紋章が刺繍されていた。


 村人たちの声が近づいてくる。

 迷っている暇は、なかった。


 私が男の手を取ると、男は私をぐっと馬の上まで引っ張り上げた。


「この方は、ストヤノフ公爵家の賓客である。何人もこの方を害することは許されない」


 追いついてきた村人たちも、軍服の男の登場にただぽかんと口を開けた。

 軍服の男は、それ以上何か説明することはなく、馬を走らせて村を飛び出した。


「あ、あの、あなたは一体……」


 私は後ろに跨る男にチラリと振り返った。

 栗色の髪にべっ甲色の瞳の男は、にこりともしなかった。


「私は、ステファン・ラドフ。ストヤノフ公爵家に仕える騎士です」


 公爵家に仕える騎士?

 そんな人が私を何のために?


「主の公爵閣下の命であなたをお迎えに参りました。村の方で火が上がっているのが見えましたから、急いできました」


 説明されても、何が何だかさっぱりだ。

 私の頭の上に大量の疑問符が浮いていた。


「近くに馬車を待たせてあります。詳しいお話は、そこで。前を向いていてください。危ないですから」


 ステファンは、それ以上何も言ってくれなかった。






 村から離れた丘の上の街道に、馬車は停まっていた。

 ステファンは、そこで馬から私を降ろす。


 あ……家が……


 丘の下。遠くに村と燃え盛る私の家が見えた。


 今や私の家は、真っ赤な炎に完全に包まれていた。

 二度とあそこに帰ることはできない。


 村に対しては、なんの未練もないが、母の墓のことを考えると複雑な心境だった。


「初めまして、ニーナ様。私、侍女のラリサと申します」


 馬車から出てきた赤毛の侍女が、侍女服のスカートを摘まんで、ちょこんとお辞儀した。たぶん私よりも少し年上の侍女だ。


「どうぞ、馬車にお乗りくださいませ」


 本当に乗っていいんだろうか。

 

「一つ聞いてもいいですか?」


「なんでしょう?」


 ラリサは首を傾げた。


「私は、平民ですので、貴族の家系に詳しくありません。ストヤノフ公爵家というお家は、どういう家門なのですか?」


 そんな家門が実際にあるかすら、私には分からない。

 村であわや殺されかけて、次は詐欺では困るのだ。


「ストヤノフ公爵家は、帝国でも古い歴史を持つ家門でございます。代々、宮廷監察局《きゅうていかんさつきょく》で局長を輩出している家門でもございます」


 ここでラリサは、私が抱えていた母の遺品に目を止めた。


「ニーナ様、その箱は?」


「……これは、母の遺品です」


 狼と三日月が彫り込まれた木製の箱。彫刻も美しいし、箱自体も磨かれていて美しいのだが、私が開けようとしても開かない、不思議な箱だ。

 母がどうして、この箱を大事にしていたのか、私は理由を知らない。


 私の返事を聞いたラリサは、ふっとほほ笑んだ。


「その箱に彫られた狼と三日月の家紋がストヤノフ公爵家の家紋でございます」


「え……」


 ここでラリサは、馬車を私に見せるように一歩横へ退いた。

 磨かれた立派な馬車の扉には、箱と同じ狼と三日月の家紋がしっかりと刻まれていたのだ。


「ニーナ様のお母様が、我が公爵家にニーナ様を預かるように依頼されたのでございます。詳しくは、馬車の中にてご説明させていただきますので、まずは乗っていただけませんか?」


 母が私を預かるように依頼?


 そこで私は、やっと納得がいった。


 母は、死の間際、私を遺していくことを酷く悔やんで泣いていた。

 しかも、母が若かりし頃に帝都の宮廷監察局《きゅうていかんさつきょく》で局員をしていた話を聞いたことがある。

 おおかた母は、私を一人残すのが不安で、昔の職場の人に魔法で手紙でも出したのだろう。それなら、今回のことも納得できる。


「分かりました。では、よろしくお願いします」


 私はぺこりと頭を下げて、馬車に乗った。


 まだ完全に信用したわけではないが、いざとなればまた逃げればいい。女は度胸だ!


 私とラリサが馬車に乗ると、馬車はゆっくりと走り出した。

 窓の外には、馬に跨ったステファンが横を走っているのが見えた。




「母とストヤノフ公爵様が知り合い――ということで間違いないですか?」


 私はさっそく気になったことをラリサに聞いた。


「はい。公爵様からは、そのように聞いています。こちら、ニーナ様のお母様が公爵様に送った手紙でございます」


 ラリサは、侍女服の白いエプロンのポケットから一枚の封筒を取り出した。

 私は、それを受け取り、中身を確認する。


 そこに書かれていたのは、間違いなく母の文字だった。


 ___________


 イヴァン・ストヤノフ様


 突然の手紙、申し訳ありません。


 実は私の寿命がもう長くないようです。

 

 私が亡き後、娘が一人で生きていくことを考えると不憫でなりません。

 娘を引き取って、仕事を与えてはくれないでしょうか。


 帝宮監察局を離れてもう何年もたつのに、図々しいお願いということは、承知しています。

 でも、あなた以外に頼れる方が思いつきませんでした。


 まだ若いですが、利発な娘です。

 どうか娘のニーナをよろしくお願いいたします。


 ヤナ


 ___________


 手紙の入っている封筒の裏には、私の家の住所が丁寧な字で書かれていた。


 やはり私の予想通り、母と公爵は昔の職場の知り合いと思って間違いないだろう。

 公爵は局長だと、さっきラリサが言っていたし……上司と部下の関係だったのかもしれない。


 地方ではまだ魔女や魔法使いに対する偏見が残っているが、帝都では仕事に困ることはないと母が言っていた。


 これはきっと、その公爵が私に帝都での仕事を紹介してくれるに違いない。

 家が燃えてすぐにこれは、ついてるぞ!


「母の依頼だったということは、分かりました。迎えに来ていただき、ありがとうございます」


 母も家も失ってしまったが、いつまでもくよくよしていては、それこそ天国の母が心配するだろう。


 ここは切り替えよう。


 お母さん、ニーナは必ず帝都で立派に生きるすべを見つけてみせます!




* * *




 村から帝都までは一週間の旅だった。

 旅の道中、ラリサやステファンとは話す時間がいくらでもあったので、随分と打ち解けた。


 帝都は、私が予想していた以上に大きな都市だった。


 大通りを抜けると周りの景色は閑静な住宅街へと姿を変える。

 その中で一際大きな塀が車窓を流れ始めた。

 いつまで走っても塀の端が見えない。


「ニーナ様、この塀の内側がストヤノフ公爵家でございます」


「ここが……ですか」


 塀だけでも随分と立派だ。

 この中にどんな世界が広がっているのか、私には想像もできなかった。


 長かった塀が途切れ、大きな門が現れた。

 門番が門を開け、馬車が公爵家の敷地へと入っていく。


 大きな木が生えた広い庭。

 庭の奥には白い彫刻や噴水。

 石畳の道をしばらく進むと白亜の豪邸が姿を現した。


 馬車が豪邸の前で停まる。


「さぁ、ニーナ様。どうぞこちらです。ニーナ様がお使いになるお部屋へご案内させていただきます」


 ラリサの親切な笑顔に、ほっと息を吐く。

 困ったときは、ラリサに相談すればなんとかなりそうだ。


 大きな門が開いて、屋敷に入る。

 だけど私はそこでぴたりと動けなくなってしまった。


 屋敷の中央階段。

 執事と思われる男と話しながら階段を下りてくる男が目に入って、動けなくなってしまったのだ。


 男が私に気づき、顔を上げる。

 男は、私の顔を見ても表情一つ変えることはなかった。


「お前がニーナか」


 この人が公爵?


 男のアメジスト色の瞳から目が離せなかった。

こんにちは!ポムの狼です!

お読みいただきありがとうございます!


本作は、第1回アース・スター文庫キャラクター小説大賞に応募予定のお話でございます。

なろうには、一章と二章を投稿予定です。

どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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