第12話 倒れた侍女
あの金赤のドレス……
むき出しの敵意にぞくりと肩を震わせながら、私はイルディコ先生の授業を思い出していた。
アルデニア帝国のお妃さまや皇女殿下は、それぞれ各領地を象徴する色のドレスを身にまとって園遊会に出席すると言っていた。だからドレスの色を見るだけで誰なのか分かる。
金赤のドレスはアーデルハイト皇后陛下のご実家、ヴァイセンベルク公爵家を象徴する色だ。
しかし、皇后陛下は皇帝陛下の隣でにこにこと微笑んでいらしたので、先ほどの女性は皇后陛下ではない。
それに年齢も若く見えた。十代の後半かせいぜい二十代前半といったくらいだろう。となると自然とその人物は絞られる。
皇后陛下のお子――おそらく第二皇女殿下だろう。
皇后陛下は、皇帝陛下との間に三人お子がいらっしゃる。
一人目は、皇太子殿下。もう一人が第一皇女殿下だが、彼女はもう嫁いで皇族を離れているらしい。なので、残った候補は第二皇女殿下のフレデリカ殿下のみということになる……しかし、なんで睨まれたんだ?
「どうかしたか」
私が歩きながらうなっていたせいか、父が足を止め、私を見下ろしていた。
ん? 待てよ?
父の顔を見て、私はあることに気がつく。
思い返せば、公爵家で女中のマリアに嫌がらせされた時も、元はと言えば父が原因ではなかっただろうか。
フレデリカ殿下も年齢的にはアルデニア帝国の女性の結婚適齢期真っ只中だ。
そしてうちの父は、公爵家なのに、未だに未婚……
ぞくりと寒気がして振り返ると、まだ皇族用の東屋からフレデリカ殿下が私を睨んでいた。
私は咄嗟に父の手を離した。
「顔色が良くないぞ。具合でも悪いのか?」
父が眉を寄せ、私の額に手を伸ばす。
周りの女性陣からため息が漏れたのが聞こえて、私はささっと父から距離を取った。
父は私の行動が理解できないようで、困惑の表情を浮かべているが、その顔も周りの女性の頬を染めるには十分な破壊力があるらしい。
「お父様、恥ずかしいので、そういったことはしないでくださいませ」
そのうち父のファンに後ろから刺されるのは御免だ。
「……善処する」
父はなんだか不満そうだ。
「あの、ストヤノフ公爵様……」
近づいてきたのは、さっきまで父の顔を見てため息を吐いていたご令嬢だ。
「良ければ少しお話をしてもかまいませんか?」
それを見た他の女性たちも父を囲むようにじわじわと距離を詰める。
きっと父への質問タイムが続くに違いない! 逃げるなら今だ!
「きゃああ!!」
私がスカートの裾を持ち、逃げ出そうとした時――
皇族の席から悲鳴が上がった。
私は、集まってきたご令嬢の隙間を抜けて、悲鳴のした方を見る。
皇族席の東屋で灰色の侍女服の女性が一人倒れていた。
侍女を必死に揺り動かしているのは、ミントグリーンのドレスを着た私と同じくらいの女の子だ。皇族席にいたのだから皇女なのだろう。
「誰か! 侍女を助けてください!」
私はその声で走り出していた。
「ニーナ!」
父もすぐに私を追いかけてきて、二人して倒れた侍女の前に膝をついた。
「公爵。私の侍女が私のお茶を毒味した途端倒れて」
侍女の呼吸が荒い。
芝生の上に転がりながら、ぜえぜえと息をしている。
「失礼いたします」
私は侍女服の首元のリボンに手をかけた。
「何をする気だ、ニーナ」
父の声が頭上から降ってくる。
「呼吸が浅くなっています。襟を緩めて、気道を確保します」
母ならこうする。私は母の教えに従うまでだ。
リボンを解き、襟元を緩めると侍女の首には赤い蕁麻疹が出ていた。
侍女の頭を抱きあげ、口内も確認するが、口内に目立った症状はない。
「強いアレルギー反応ですね。魔法で対処します。お父様は専門の方を呼んでください」
父は、手短に頷いて、他の侍女に手早く指示を出した。
今治療すれば、間に合いそうだ。
私が侍女を横向きに寝かせ、背中に手を当てて呪文を唱えようとした時、先ほど事情を説明していたミントグリーンのドレスの皇女が私の手を掴んだ。
「私の侍女に何をする気!?」
私はぎょっとして、その子を見た。
「何って……魔法で応急処置をさせていただきます」
「魔法ですって!? 止めて! 私の侍女から離れなさい!」
皇女は私が侍女の背中に当てている手を叩いてはらった。
私はこの時、初めて周りの貴族たちの顔を見た。
「魔法だって!?」
「ストヤノフ公爵の娘は、魔女ってことか」
囁く声が聞こえて母の手紙に残された言葉を思い出す。
貴族の中にも、魔女をよく思わない人たちがいることを。
「がはっ」
侍女が嘔吐した。
目もうつろで、意識が遠のいているのが分かる。
「殿下。何もしなければ、この侍女は死んでしまいます」
皇女は迷うように私と侍女を交互に見た。
「私にお任せください、殿下。同じ症状の人を私は治療したことがございます」
村でハチに刺された子供を母と一緒に治療した。
私には、この侍女を助けられる自信があった。
周囲のざわつきが静まる。
後ろを振り返ると皇帝陛下が立ち上がっていた。
「面白い。やってみなさい」
皇帝陛下の命令は誰も覆せない。
目に涙を溜め、震える皇女を無視して、私は侍女の手を取った。
「ご安心ください、殿下。必ず侍女は助けます」




