ゆっくりと心が癒される日
怒涛の展開の日々がしばらく続いたが、聖女になってしばらくしたら穏やかな時間が流れていく。
「どうやら、聖女チェザーは結界の方に力が動いたようね」
筆頭聖女ニイナが聖女の力が安定した時期を見計らって調べてくれた。
少し前までは、チェザー嬢呼びだったが、聖女になると聖女○○。神官だと○○神官という呼び方が正式なのでそんな呼ばれ方になった。ちなみに筆頭聖女は筆頭聖女と神官長は神官長となっている。
聖女は他国に比べると多いが、それでも一握りらしく。力の使い方を覚えるとそれぞれ自分に出来ることをしに、外に出ていく。
神殿では一見多くいるように思えるが【名目聖女】いわゆる花嫁修業に聖女の世話をしている貴族子女ばかりだそうだ。
今現在、神殿にいる聖女は三人。筆頭聖女のニイナと主に厨房でお菓子を作っている聖女オリーブ。その聖女オリーブも半年後には王子妃になるので神殿から出ていくそうだ。
「結界の力って……珍しいのでしょうか?」
「そんなことないわね。私もあるから」
筆頭聖女は両方使えると教えられる。
力の使い方は生活の中でおいおいと知っていくものだからと言われて、神殿で好きなように過ごしていいと放置されている。
「暇ですわね……」
こんなにゆっくりした時間を過ごすのはいつぶりだろうか。貴族令嬢としての教育が詰め込まれて、王太子の婚約者に選ばれて、王太子妃になるための教育もされて、王太子の補助………という名目で仕事を回されて、学園生活での日々も送り……。
「思い返すとこんなゆっくりできたのは幼少の時以来なのですわね……」
今まで当たり前だったことから解放されると解放感よりも不安感が襲ってくるのは性格だろうか。
暇なので何かすることはないかと尋ねたら聖女オリーブに手作りお菓子を渡されて、
『居心地いい場所でこのお菓子を食べて感想を後で教えてください。ホーリーライトさまにあげる予定のお菓子の試作品なので』
と明らかに試作品というには完成されているお菓子を渡された。
これはお菓子を食べてゆっくりしてしていればいいということだろうか。
暇を持て余し、中庭を散歩して、中庭にあるベンチに腰掛けてお菓子。と、水筒まで渡されたのでそれで一人でお茶会をして楽しむ。
「今日は……ワッフルですね」
外はカリカリ。中はしっとり。
ふわふわなワッフルもあるけど、わたくしはしっとりな方が好みだが、もしかしてバレているのかと思えるほど好みのそれだった。
「もしかして、ではないようですね」
渡された紙袋を確認する。量が一人分というのは多すぎる。水筒と共に渡されたカップは二つ。
「聖女チェザー」
「ゴルドー神官」
中庭では、主神様方の遊び場を点検修理しているゴルドー神官がいる。
「今日もお散歩ですか」
「はい。何もすることが無くて……」
困っているのだと告げると、
「おいおい。したいことが見つかりますよ。俺も途方に暮れて遊び場を作ってましたから」
「そういうものなんですね」
カップにお茶を入れて、
「ゴルドー神官も一休みしたらどうですか。聖女オリーブからお菓子の試食を頼まれましたので」
隣にスペースを作って声を掛けると、
「では、お言葉に甘えて」
とそっと腰を下ろす。
「主神様方に叱られそうですね。聖女オリーブのお菓子は取り合いになるほどの人気なので」
ずるいずるいと頬を膨らませる二柱さまが脳内で浮かぶ。
「ふっ、ふふっ。ふふふっ」
不謹慎だが笑ってしまった。想像できてしまったのだ。
「そっ、それは……バレたら大変ですね。証拠隠滅しないと」
「では、早く食べましょう」
紙袋からワッフルを取り出して口に運ぶ。予想通り外側がサクッ。中はしっとりしている。
「もっちりではなくしっとりなんですね。あっ、美味し……」
「わたくしがしっとり派だと知ったら試してくれたようで……」
などと話が弾む。
大工だったが、親方が腰を痛めて廃業になり、次の仕事を探して、神頼みに来たら神官になっていたとか。
別荘という名の秘密基地をつくるとアレルヤアローさまが気に入られてしまったとか。いろんな話。
こちらも元の国の話。元婚約者に押し付けられた迷惑の話を愚痴混じりに話していく。
「だから。正直、婚約破棄されて安堵したんですよね。こっち有責なのが許せませんが」
王命だったから婚約破棄できていなかったのだが、婚約破棄出来ていればこっちからお断わり案件だったと。
「そんな風に押し付けられていたからか。正直、自由時間の使い道を忘れていたんですよね……」
ぼんやりと空を見上げる。空を飛んでいるのはスズメだろうか。
「王子妃教育が始まった時には自由時間が欲しくて、したいことがたくさんあったはずなのに……」
「…………………」
時間に追われて、したいことを一つ一つ捨てていったからしたいことが分からなくなった。
「――では、今はしたいことを探している最中なんですね。見つかるといいですね」
「したいこと……」
ふとゴルドー神官に視線を向ける。
体格のいい。神官と告げても信じてもらえない身体つきだが、その笑顔は親しみやすさを感じる気さくな物。よく二柱が身体を登って遊んでいる光景を見る。
「………少なくとも一つは見つかりました」
この穏やかな時間。優しい空間。
この人の隣りでいる居心地のいい場所。
いつまでもいたい。そんな場所。
「そうですか。良かったですね」
ああ、わたくしはこの方を好きなんだな。この好意がどんな意味に位置付けられているかはまだはっきりしていないけど、ただ傍にいたい。
それが、婚約破棄されて最初に思えるようになった自分の気持ちだった。
だけど、ささやかな願いは誰かの欲望で壊されそうになる事実もあるのだとその時のわたくしは想像できなかった。
追放された母国である神託が下された。
――チェザー・マンチスカン・コデリーが聖女になった。彼女を娶った者を次の王にする




