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第29話「被害が増えるほど、勇者の見せ場は盛り上がる」

 夜道は長かった。


 街道を外れ、農地の畦道を選び、林の縁を縫って北東へ歩いた。月が薄雲に隠れるたびに足元が消えて、ローファーの底が小石を踏むたびに右踵が抗議した。


 指名手配の似顔絵は「やや鋭い目つきの黒髪の青年」程度の精度だと聞いている。街道の本道を堂々と歩けるほど雑な手配ではないが、暗い脇道を選んでフードを被っていれば、すれ違う人間に見咎められるほどでもない。


 問題は距離だった。


 丘陵の小屋から王都の外壁まで、リネットは「早足で半日」と見積もっていた。午後に出て、日暮れ前に着く計算。だが街道を避ける迂回路は距離が伸びる。日没後の農道は視界が効かず、速度が落ちた。


 結局、王都ヴェルディアの外壁が視界に入ったのは、翌朝だった。


 召喚三十七日目。朝靄の向こうに、灰色の城壁が横たわっている。


 その上の空が、白い。


 朝日とは違う。太陽は東から昇っているのに、王都の真上だけが別の光源を持っているように白く滲んでいる。二日前にリネットの端末で見た数値が脳裏をよぎる。炉の出力、一・四倍から一・五倍。あの白さは、英雄叙事炉が王都の空気ごと染めている色だ。


 ツカサは街道脇の木陰に入り、水袋の水を飲んだ。干し肉を一切れ噛みちぎり、紙の地図を広げる。


 リネットの端末画面から鉛筆で写し取った三つの印。南区大通り、西河橋、東商路。退避路の因果波形が異常に集積している地点。


 あの白い空の下に、十五万人がいる。


 避難経路を塞ぐ補正は浅層だとリネットは言った。今のハリセンでも壊せる。ただし、聖堂は封鎖地点の工事を明日中に完成させる予定だ。物理的な壁が完成すれば、補正があろうがなかろうが人は通れなくなる。


 補正を潰して「なぜここが塞がれているのか」に疑問を持たせるなら——今日しかない。


 ツカサは地図を折りたたみ、左手を返した。


 手首の内側。肌に溶け込んだ紋様は、知らなければ気づかない。触れても凹凸がない。リネットが刻んだ蓄積型変装術式。起動は一回きり。六時間。


 南門の前に、荷車を引く商人と、検問を待つ市民の列がある。戒厳令下でも物流は止まらない。食料と水は必要だ。あの列に紛れて入る。


 ツカサは左手首の紋様の中心に、右手の親指を押し当てた。


 一秒。二秒。三秒。


 皮膚の下で何かが弾けるような熱が走り、視界の端がちらついた。


 それだけだった。


 痛みはない。劇的な光もない。ただ、水袋の金具に映った自分の顔が、少しだけ違っていた。髪が明るい茶色に変わり、目元の輪郭が丸くなっている。鋭い目つきが、どこにでもいる青年のそれに変わっていた。


 六時間。ここからだ。


 ツカサはハリセンの結び目が緩んでいないことを確認し、シャツの裾で覆い隠した。水袋を肩にかけ直し、南門へ向かう列の最後尾についた。


 右踵がまた痛んだ。ローファーの革が伸びて、歩くたびに踵が浮く。


 構わない。六時間で三カ所。壊して、出る。


  *


 南門の検問は、思ったより緩かった。


 戒厳令と言っても、王都は生きている。食料の搬入、水の確保、日用品の流通——止めれば市民が干上がる。検問の騎士は荷車の中身を形式的に覗き、市民の顔を一瞥して通していた。


 似顔絵の触れ書きは門の柱に貼ってある。「やや鋭い目つきの黒髪の青年」。ツカサは茶髪の丸い目で、それを横目に通り過ぎた。


 門をくぐった瞬間、空気が変わった。


 物理的な気温の問題ではない。音だ。王都の中は、妙に静かだった。


 戒厳令下の都市には二種類の静けさがある。人がいない静けさと、人がいるのに声を出さない静けさ。ヴェルディアは後者だった。


 通りには人がいる。買い物をする主婦、荷を運ぶ商人、走り回る子供。だが会話が小さい。笑い声がない。誰もが空を一度は見上げて、すぐに目を逸らしている。


 あの白い光。みんな気づいている。気づいているが、それが何かは分からない。分からないから怖い。怖いが、勇者様が守ってくれると言われている。だから黙っている。


 ツカサは南区の大通りへ向かった。


 紙の地図に記した一つ目の印。南門から中心部へ伸びる幹線道路の途中、市場広場の手前。リネットの端末が最も強い波形異常を検出した地点。


 大通りの幅が、唐突に狭くなった。


 木材の足場と布の幕が道の半分を塞いでいる。「道路補修工事中 ご不便をおかけします」と書かれた板が立てかけてあり、その手前で聖堂の紋章をつけた下級騎士が二人、通行人を迂回路へ誘導していた。


 ツカサは足を止めた。


 見えた。


 足場と布幕の上に、文字が浮いている。淡い金色の光を放つラベル。ツカサにだけ見える因果の銘。


 **【被害拡大許容補正】**


 リネットが端末で検出していた波形パターン。名前の通りだった。被害の拡大を——許容する。


 この補正が貼りついている限り、誰もこの封鎖を不自然だと思わない。「工事なら仕方ない」「安全のためだ」という納得が、質問の手前で思考を止める。騎士も、通行人も、全員が「ここは通れなくて当然だ」と受け入れている。


 ツカサは大通りの反対側へ渡り、足場の死角になる路地の入口に身を寄せた。


 周囲を確認する。通行人の視線が途切れる瞬間を待つ。検問の騎士は迂回路の方を向いている。


 腰の布固定からハリセンを外した。


 張りぼて。文化祭の小道具。見た目はただの紙の塊。


 足場と布幕の上で揺れる金色のラベルを見据える。浅層。現象に貼りついているだけ。人格には食い込んでいない。——壊せる。


 ツカサは踏み込んだ。


 一歩で路地から出て、足場の角に手を突き、跳ぶように身体を持ち上げる。布幕の裏側に回り込む一瞬。ラベルが目の前に来た。


 振り下ろした。


 ぱぁん、と。


 空気が弾ける乾いた音。ハリセンが因果のラベルを叩き、金色の文字が硝子のように砕けた。破片が光の粒になって散り、一秒も経たずに消えた。


 ツカサは着地し、足場の裏側から元の路地へ滑り込んだ。


 心臓が速い。速いが、手は震えていない。十一回やった。これで十二回目。


 路地の影から、大通りを窺う。


 変化は、すぐには分からなかった。


 検問の騎士は同じ場所に立っている。足場も布幕もそのまま。物理的には何も変わっていない。


 だが、通行人の一人が足を止めた。


 四十代くらいの男。荷物を抱えて迂回路へ向かいかけていた足が止まり、封鎖された大通りをじっと見ている。


 「……なあ、この工事、いつから始まったんだ?」


 男が隣の通行人に訊いた。


 「さあ……三日前くらい?」


 「三日前って、戒厳令と同時じゃないか。妙だな。この道、南門への最短経路だろ」


 検問の騎士の一人が、ちらりとそちらを見た。その顔に、かすかな——本当にかすかな——困惑が浮いていた。


 補正がなくなった。


 「ここは通れなくて当然だ」と無条件に受け入れさせていた空気が、消えた。物理的な足場とバリケードはまだある。検問の騎士もいる。だが「なぜ」と問う回路が、今この瞬間から動き始めている。


 完全な解決ではない。


 だが、問いが生まれた。それだけで状況は変わる。


 ツカサはハリセンを腰の右側へ戻し、紙の地図を確認した。二つ目。西河橋。


  *


 西河橋は、内堀に架かる石造りの橋だった。


 王都の西門へ向かう退避路の要所で、普段は荷馬車が二台並んで渡れる幅がある。それが今、「橋梁点検」の名目で片側が完全に封鎖され、残る片側も聖堂騎士の検問で一人ずつしか通していない。


 橋の欄干の上にラベルが浮いていた。同じ金色。同じ文字。


 **【被害拡大許容補正】**


 ツカサは橋の袂の石段に腰を下ろし、水袋から一口飲むふりをしながら、検問の騎士の動きを観察した。


 二人組。片方が通行人の顔を確認し、もう片方が橋の封鎖側を見張っている。交代のタイミングは——見張り側が通行人側を振り返って何か言葉を交わす瞬間、二人とも封鎖側から目を離す。


 三度目のタイミングを待った。


 振り返った。


 ツカサは石段を蹴り、欄干の内側に沿って走った。封鎖側の足場に片手をかけ、ラベルの真下に入る。


 振った。


 二度目の乾いた音は、橋の石材に反響してよく響いた。金色のラベルが砕け散る。


 ツカサは欄干を乗り越え、橋の下の土手に飛び降りた。泥で靴が滑る。ローファーの踵が浮いて、着地で足首が捻れかけた。


 歯を食いしばって、堀沿いの細い道を東へ走った。


 背後で、橋の上の騎士が「今の音は何だ」と声を上げるのが聞こえた。


 ——聞こえたが、追ってくる気配はなかった。


 三つ目。東商路。


  *


 東商路に着いたとき、ツカサは別のことに気づいた。


 三つ目の封鎖地点にも同じラベルが浮いていた。「路面改修」名目の資材——石材と木材の山が道の三分の二を塞ぎ、残る隙間に検問が立っている。ここも壊す。それは変わらない。


 だが、ツカサの目が捉えたのはラベルではなかった。


 騎士の配置だ。


 封鎖地点には二人。東門の手前にも二人。退避路全体で、せいぜい四人。


 市民が十五万人いる都市の、最大の退避路に、四人。


 ツカサは東商路から一本裏の通りに入り、北へ歩いた。


 中央広場に近づくにつれて、騎士の密度が変わった。


 大通りの両側に、五歩おきに騎士が立っている。完全武装。槍を立て、盾を構え、通りの幅いっぱいに陣形を作っている。


 中央広場から北門へ続く大通り。レオが出陣を宣言した広場から、魔王残滓が接近してくる北の方角へ向かう一本道。


 ——ここだ。


 ここが「劇的救出ルート」。


 レオが白馬に跨がり、聖剣を掲げ、歓声を浴びながら颯爽と出撃する道。中継魔導具が等間隔に設置され、騎士たちが花道のように整列している。


 退避路には四人。英雄の花道には、数えきれない重装騎士。


 人を逃がすための兵力が、英雄を飾るために使われている。


 ツカサは裏通りへ戻り、東商路の封鎖地点に回り込んだ。


 資材の山の影から、三つ目のラベルを視認する。金色。同じ文字。同じ浅さ。


 振った。


 三度目の乾いた音。ラベルが砕ける。


 十四回目。


 ツカサは資材の隙間を抜け、人混みに紛れた。検問の騎士が音に反応して周囲を見回しているが、資材を運ぶ職人たちの騒がしさに紛れて、追跡は来ない。


  *


 東商路の裏、狭い路地。


 壁に背をつけて、ツカサは自分の呼吸を聞いていた。


 三カ所、壊した。退避路の補正は消えた。物理的なバリケードと検問は残っているが、「なぜここが塞がれているのか」に疑問を持てる状態にはなった。退避路の封鎖は名目上「工事」だが、実際には何も造っていない。補正が消えた今、その嘘に気づく人間が出てくる可能性はある。それまでの間に——現場の騎士か、市民か、誰かが声を上げる可能性は生まれた。


 できることはやった。潜入中にできる最大の応急処置だ。


 だが。


 ツカサは腰のハリセンを見下ろした。


 張りぼて。紙と竹と糊。


 退避路には四人。花道には数百人。


 聖堂は被害が出ることを、最初から計算に入れている。


 レオが「劇的に救う」ために、まず人が傷つかなければならない。家が崩れ、逃げ遅れた老人が泣き、母親が子供を抱えて走る——その絵面が、全国中継に乗る。そしてレオが駆けつけて、その一部を救う。救えなかった分は「英雄譚の悲劇パート」として処理される。


 処理。


 人の命が、台本の変数になっている。


 被害が増えるほど——勇者の見せ場は、盛り上がる。


 路地の壁が冷たい。午後の日差しが届かない北向きの壁。ツカサの背中に、その冷たさが染みた。


 エルデン村の老婆が浮かんだ。


 黒焦げの写真立てを握る、日焼けした皺だらけの手。命は助かった。でも家は燃えた。冬支度の備蓄は灰になった。写真の中の笑顔は、もう二度と撮り直せない。


 あれが——十五万人規模で再演される。


 ツカサの声は、自分でも聞いたことがないほど低かった。


 「絶対に許さない」


 路地に反響する自分の声を、他人の声のように聞いた。


 「このシステムも、それに乗っかってるあいつも、茶番に人を巻き込む全部を」


 ハリセンを握る指が白くなった。


 「ぶっ壊す」


 それは宣言ではなかった。確認だった。


 もう決まっている。あの村で決まっていた。リネットと出会う前から、婚約破棄を潰す前から、追放される前から。


 最初に「それ、おかしいだろ」と口に出した瞬間から、ここに来ることは決まっていた。


 ツカサは壁から背中を離した。


 変装の残り時間を計算する。起動してから約四時間が経過した。残り二時間弱。南門から出て、街道を迂回し、小屋に戻る。リネットが設計図を仕上げているはずだ。合流して、欠片の分解から最終実装まで一気にやる。精密制御を完成させる。


 帰ろう。やれることはやった。


 ツカサは路地を出て、南区の方角へ足を向けた。


  *


 南門へ向かうには、南区大通りを突っ切るのが最短だった。だがバリケードと検問はまだ残っている。補正は壊したが、物理的な障害物は消えない。ツカサは裏通りを選び、大通りと平行に南へ歩いた。


 裏通りが表通りの交差点と合流する場所で、ツカサは足を止めた。


 路地の切れ目から、南区大通りの封鎖地点が見えた。さっき補正を壊したバリケード。足場と布幕はそのまま残り、下級騎士の二人組が検問に立っている。


 だが、そこにもう一人いた。


 バリケードの中心部側——封鎖地点の手前に、聖堂の騎士が立っていた。さっきの下級騎士二人組とは明らかに格が違う。


 白銀の鎧に聖堂の太陽紋。面頬は外してある。四十代の実直そうな顔。鍛え上げられた体格。肩当てに聖堂の上位紋章が刻まれている。幹部騎士の装備だ。


 その騎士が、市民に向かって話していた。


 「ここは通れません。安全のためです」


 女性が子供の手を引いて、封鎖地点の手前に立っていた。中心部の方角から歩いてきたのだろう。南門方向へ行きたいのだ。だがバリケードが道を塞ぎ、幹部騎士がその手前で通行を止めている。


 女性は不安そうだった。子供が泣きそうな顔をしている。


 「でも、南門からの方が近いんです。実家の母が——」


 「ご心配なく。勇者様が全てお守りくださいます。迂回路をお使いください」


 ツカサは足を止めたまま、路地の影から騎士の頭上を見た。


 ラベルが浮いていた。


 金色ではなかった。


 暗い——赤紫に近い色。文字の輪郭が歪んでいて、ラベルというより蔦のように騎士の頭から首、肩へ絡みついている。


 **【勇者絶対擁護補正】**


 ツカサの足が動かなくなった。


 退避路のラベルは、バリケードや足場に貼りついていた。物に付着する浅い補正。叩けば割れる。人には触れていなかった。


 これは違う。


 この赤紫の蔦は、鎧ではなく——人間に絡んでいる。


 この騎士の、頭蓋の中に根を張っている。


 「安全のためです」と言ったあの声。丁寧で、落ち着いていて、実直な声。


 あの声は——この騎士自身の判断から出ている言葉なのか。


 それとも、「勇者のためなら正しい」という認知そのものが書き換えられた結果として、自分が何をしているか本当には理解しないまま出ている声なのか。


 避難路を塞いでいる。


 魔王残滓が二日後に来る。


 その道を塞げば、人が死ぬかもしれない。


 でもこの騎士は「安全のためです」と言う。本気でそう信じている。命令に従っているのではない。この騎士の中では、勇者様のために退避路を封鎖することが、市民を守ることと矛盾しない。


 ——矛盾しないように、作り変えられている。


 ツカサの右手がハリセンに伸びかけて、止まった。


 深い。この補正は深い。人格に食い込んでいる。今のハリセンで雑に叩いたら——リネットが警告していた。深層補正を雑に剥がすと宿主の人格が壊れる。


 壊せない。


 今は、壊せない。


 拳を握った。


 女性と子供が、諦めたように迂回路へ消えていく。騎士は満足げに頷き、持ち場に戻る。


 その背中に絡みつく赤紫の蔦を、ツカサは見つめ続けた。


 怒りがある。もちろんある。あの騎士が塞いでいる道の先に、逃げたい人がいる。


 だが、同時に別の感情が這い上がってきた。


 あの騎士自身も——思考を寄生されている。


 命令で動いているなら、命令を変えれば止まる。だが認知そのものが書き換えられているなら、この騎士は「正しいことをしている」と信じたまま、人を殺しうる配置に立ち続ける。自分が加害者であることに、気づく回路ごと塞がれている。


 補正は退避路だけじゃない。


 人の頭の中にまで入り込んでいる。


 ツカサは踵を返した。変装の残り時間が迫っている。ここにいる余裕はない。南門を出て、街道を迂回して、小屋に戻る。リネットに伝えなければならない。退避路の補正は壊した。だが、もっと厄介なものを見た。


 裏通りを早足で南門へ向かいながら、ツカサは一度だけ振り返った。


 路地の切れ目の向こう、大通りの封鎖地点の手前で、白銀の騎士がまっすぐに立っている。


 実直な背中。誠実な立ち姿。


 その全身に赤紫の蔦が巻きついていることを、本人だけが知らない。


 「……あいつらも、被害者なのか」


 呟きは、路地の壁に吸われて消えた。


 怒りの形が変わった。


 レオへの怒り、聖堂への怒り、システムへの怒り——その全部に、新しい層が加わった。


 人間の判断力に寄生し、正義の形を借りて思考を塞ぐ。被害者を加害者に仕立てて、本人にはそれを気づかせない。


 英雄叙事炉。


 テンプレ因子。


 この世界に巣食っているものの悪辣さが、また一段深くなった。


 精密制御。


 あの蔦を——人格を壊さずに剥がす技術。


 リネットが小屋で欠片を分解している。三つの欠片を全て使って、補助演算枠を組む。それが完成すれば、あの赤紫の蔦だけを切り取れるようになる。


 急がなければ。


 残滓が来るまで、あと二日。


 ツカサは南門をくぐり、変装した茶髪の青年の顔で、城壁の外へ出た。


 振り返ると、王都の上の空が白く光っていた。


 あの光の下で、十五万人が逃げ場を知らずに暮らしている。そして逃げ場を塞いでいる騎士たちすら、自分が何をしているか分かっていない。


 全部、一人の勇者の見せ場のために。


 ツカサは街道を外れ、南西の丘陵に向かって走り始めた。


 右踵が痛む。ローファーの革が伸びた靴が、走るたびに踵を擦る。


 構わない。


 小屋に戻る。欠片を組む。精密制御を完成させる。


 次にあの城壁をくぐるときは——退避路だけじゃなく、人の頭の中に巣食った蔦まで、全部引き剥がす。

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