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第21話「王都地下に、"勇者の物語を増幅する装置"がある」

 朝靄の向こうに、尖塔の影が見えた。


 王都ヴェルディア。あの城壁の内側に、全てを歪めてきた何かがある。名前は昨夜掴んだ。英雄叙事炉——リネットの恩師が「全ての元凶」と呼んだもの。


 ツカサは街道を歩きながら、右足の踵に走る鈍い痛みを無視した。もう十九日も歩いている。痛みは身体の一部になりつつあった。


「あと半刻で宿場町よ」


 隣を歩くリネットが端末の地図表示を横目で確認しながら言った。コートの裾が朝露で重くなっている。彼女も疲れているはずだが、歩調は乱れない。


「王都には入らないんだな」


「入れないわ、が正確ね」


 リネットの声は平坦だった。


「あなたへの情報工作は街道沿いに浸透してる。王都に近づけば批判者矮小化補正の効きも強くなる。今の段階で城門をくぐるのは得策じゃない」


 分かっている。元凶の名前を掴んだだけで、まだ中身が分からない。構造が見えないまま突っ込むのは、辺境村エルデンで学んだ教訓の正反対だ。


「宿場町で拠点を作る。データを全部繋げて、あの装置が何なのかを突き止める」


 リネットはそう言って、端末をコートのポケットに滑り込ませた。


「宿代は?」


「学院の信用状はもう期限切れ。でも昨日メルの商隊からもらった食料の一部を物々交換に回せば、数日分の部屋代くらいにはなるはず」


 干し肉と麦の乾パン。自分たちの食料を削ることになるが、野宿よりは分析作業の精度が上がる。


「了解。俺が交渉する」


「あなたが?」


「お前が端末に張りつく時間を一秒でも作った方がいい。交渉くらいできる」


 リネットは少し目を見開いて、それから小さく頷いた。


  *


 宿場町は街道沿いに宿屋が三軒並ぶだけの小さな集落だった。


 王都まで徒歩で半日ほど。商人や行商人が一泊して荷を整える中継地点で、人の出入りはそれなりにある。逆に言えば、二人の旅人が数日滞在しても目立たない。


 ツカサは一番奥の——つまり一番古くて安そうな——宿に入り、干し肉の束と引き換えに二階の部屋を三日分確保した。宿の主人は太った中年男で、干し肉の質を確かめると「商隊仕入れか、悪くない」とだけ言って鍵を渡した。


 部屋は狭かった。木製のベッドが二つ、壁際に古い机が一つ。窓は一つだけで、開けると街道の向こうに王都の城壁と尖塔が霞んで見えた。


「ここでいい?」


「十分よ」


 リネットは部屋に入った瞬間から、もう机に向かっていた。コートを椅子の背にかけ、端末を広げ、懐から布に包んだ何かを取り出して机の端に置く。《星環計》の欠片——五つの硬い光が、薄い布越しにほのかに透けている。


 ツカサは窓辺に立ち、王都の方角を見た。


 距離にして半日。あの城壁の下のどこかに、装置がある。


「邪魔しない方がいいか」


「むしろ聞いてて。独り言の壁打ち相手がいると思考が回る」


 リネットは端末の画面を指で操作しながら、口を開いた。


  *


「まず整理するわ」


 リネットの声が、分析モードに切り替わる。ツカサはベッドの端に腰を下ろし、黙って聞く体勢を作った。


「戦場ログの参照番号。昨夜見つけた十二桁の体系——あれは王宮管理局の八桁とは完全に別系統。フォーマットが違う。管理主体が違うのよ」


 端末の画面に数列が並んでいる。ツカサには読めないが、リネットの指が特定の番号群をハイライトしていくのは見えた。


「で、この番号が付与されているログを全部抽出した。七十三件。レオの出撃記録、勇者パーティの戦闘報告、大規模イベントの事後処理——全部、レオが"見せ場"を作った案件に限定されてる」


「レオ以外の案件には、その番号がないのか」


「ない。騎士団単独の掃討任務、冒険者ギルドの依頼達成報告、リネット個人の術式試験記録——全部八桁の管理局番号だけ。十二桁が付くのは、レオが関わった記録だけ」


 ツカサは眉を寄せた。


「管理局が勇者案件だけ別の番号を振ってる?」


「それが違うの。管理局の番号は手動付与。担当官の署名と日付が対応してる。でもこの十二桁は——」


 リネットの指が止まった。


「自動付与なのよ。署名がない。日付もない。ログが生成された瞬間に、どこかのシステムが勝手に刻印してる」


 部屋の空気が変わった。ツカサにはリネットの言葉の技術的な意味が全ては分からない。だが「勝手に」の部分は分かる。


 誰かが——いや、何かが、レオの活動を監視して記録している。


「で、昨夜見つけた装置名。ログの末端に残存していた文字列——『英雄叙事炉』」


 リネットは端末から目を上げず、続けた。


「この名前を手がかりに、恩師が生前残した断片的なメモを洗い直した。端末に入ってるのは三件。どれも短い。一つ目——」


 彼女は画面をスワイプした。


「『因果波形の発生源は王都地下。聖堂の管轄区画。大聖堂の直下に巨大な因果炉心がある』」


「地下」


「二つ目。『勇者が召喚されると、炉は全出力を一人に集中する。主軸固定。他の全てはその主軸を中心に再配置される』」


 ツカサの脳裏に、召喚初日の光景が蘇った。レオの背後に揺らめいていた、他とは比較にならないほど巨大な「主人公補正」のラベル。


「三つ目。『あれが全ての元凶だ。止めなければ、次の勇者でも同じことが繰り返される』」


 リネットの声が、最後の一文だけわずかに低くなった。


 恩師は、そこまで辿り着いていた。辿り着いて——そして、もういない。


 ツカサは何も言わなかった。今この沈黙に言葉を挟むのは違う。


 数秒の後、リネットは自分で沈黙を破った。


「ここからは私の仮説。恩師のメモと、私が各地で計測した因果波形データと、戦場ログの参照番号を統合した推論よ」


 端末の画面が切り替わる。地図が表示され、その上にいくつもの色付きの点が浮かんだ。


「エルデン村での因果残滓。領都近郊の森で潰した襲撃フラグの核。古代迷宮で剥がした舐めプ補正。フォルテスで消した防衛遅延補正。婚約破棄劇の冤罪補正。批判者矮小化補正の距離減衰データ——」


 リネットの指が地図上の点を一つずつ示していく。


「全部に方向性がある。因果波形の供給源を逆算すると、どのデータも一つの点に収束するの」


 指が地図の一点で止まった。


「王都ヴェルディア。地下。大聖堂の直下」


 窓の外、霞む尖塔の影。あの下に、それがある。


「つまり——」


「英雄叙事炉。王都地下の大聖堂に存在する古代装置。私の仮説はこう——」


 リネットは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。思考を整理するときの癖だ。


「この装置は、召喚された勇者を"主軸"として全出力をロックオンする。一点集中型の物語増幅器。勇者に"英雄らしい展開"を供給し続ける——村が都合よく襲われ、敵が都合よく弱くなり、称賛が都合よく集まり、批判が都合よく消される。あなたが見てきた全ての因果ラベルは、この装置が世界に貼りつけた脚本の断片だった可能性が高い」


 ツカサは拳を握った。


 辺境村の焼け跡。老婆が握りしめた写真立て。ライナーが語った二人の戦死者。グレンの失われた片目。エレインの封じられた声。


 全部、一つの装置が書いた脚本の中で起きていた。


「……レオは、どういう位置づけになる」


「それが核心よ」


 リネットは天井から視線を戻し、ツカサを真っ直ぐ見た。


「レオの胸にある巨大な主人公補正——あなたが初日に見たもの。あれは炉の出力の受け皿。装置が生成した"英雄らしい展開"は、全てあの補正を経由してレオへ流れ込んでいる」


「……受け皿、ってことか」


「でも、それだけじゃないと思う」


 リネットの声が慎重になった。仮説の中でも、ここから先はさらに不確実な領域に踏み込んでいる。そのことを自覚している声だ。


「あの補正は——炉がレオを中心に世界を歪めるための制御アンカーでもある可能性がある。つまり受信機であると同時に、炉が世界に干渉するための杭」


 杭。


「レオがいる場所を中心に、補正が放射される。レオの活動に合わせて脚本が生成される。レオの物語が盛り上がるほど、炉の出力が上がる。レオは恩恵を受けているだけじゃない。炉が世界を書き換えるための——」


「座標」


 ツカサの口から出た一語に、リネットが頷いた。


「ええ。座標。基準点。あの男がいる限り、炉は世界を歪め続ける」


 窓の外で鳥が鳴いた。宿場町の日常の音が、部屋の重い空気と奇妙に混ざる。


「……じゃあ、レオを殴っただけじゃ終わらないのか」


「終わらない可能性がある」


 リネットは端末を閉じた。画面の光が消え、部屋がわずかに暗くなる。


「杭を抜いても——つまりレオの補正核を砕いても、炉が別の杭を打てるなら同じことの繰り返しになる。次の勇者を召喚して、次の主軸を立てて、また同じ脚本を世界に流し込む。恩師のメモにはなかったけれど、聖堂の記録体系の古さから推定すると、少なくとも五百年は稼働してるわ。何世代もの勇者を"主軸"にしてきた装置よ」


「……五百年」


 その数字の重さが、腹の底に落ちた。五百年分の脚本が世界に染み込んでいる。レオ一人を殴って消えるような規模じゃない。


 ツカサは立ち上がった。


 窓に歩み寄る。午後の光が差し込んで、王都の尖塔が朝よりもはっきり見えた。


「……順番にやろう」


「え?」


「レオを殴る。補正核を砕く。それで炉が止まるなら御の字。止まらないなら、炉そのものをどうにかする方法を考える。順番にやるだけだ」


 振り返ると、リネットが眼鏡の奥でわずかに目を細めていた。


「順番にやるだけ、ね」


 苦い笑みとも、呆れとも取れる表情だった。


「言うのは簡単よ。王都地下の大聖堂って、聖堂が管轄する最重要区画。勇者を殴って補正を壊すだけでも王都に入らなきゃいけないのに、さらにその地下にある装置まで——」


「だから順番だ」


 ツカサは窓枠に背を預けた。


「まず構造を全部明らかにする。炉が何で、どう動いてて、どうすれば止まるのか。それが分かってから、手順を組む。今の俺たちに足りないのは火力じゃない。設計図だ」


 リネットは椅子に座ったまま、しばらくツカサを見ていた。


「……恩師と同じことを言うのね」


「え?」


「ソフィア先生の口癖。『まず全体像を見ろ。殴るのはその後でいい』」


 それは、ツカサが言えるような気の利いた返しではなかった。だから正直に言った。


「殴ってから全体像を見るタイプだってのは否定しない」


 リネットが、今度こそ明確に笑った。声は出さなかったが、口元が確かに緩んだ。


「ええ。知ってる」


  *


 午後が深まるにつれ、リネットの分析は加速した。


 ツカサは口を挟まず、水袋の水を分けたり、干し肉を小さく切って机の端に置いたりしながら、彼女の独り言を聞いていた。


「参照番号の付与タイミング——ログの生成と同時じゃない。微妙にずれてる。0.3から0.7秒の遅延。つまり炉がリアルタイムで監視しているんじゃなくて、ログが確定した後に追認するように刻印している……」


「レオの出撃七十三件のうち、参照番号の強度に差がある。高強度の上位十件を並べると——エルデン村救済、ルーゲン丘陵掃討、迷宮第三層突破、フォルテス防衛……全部"見せ場の規模"が大きい案件。つまり炉の出力は一定じゃない。イベントの規模に比例して増幅される……」


「距離減衰のカーブとも一致する。王都からの距離が遠いエルデンでも、炉の参照番号が付いているのは——供給源が王都にあっても、レオ自身がアンカーとして機能しているから、レオの現在地まで出力が届く。アンカーに向かって出力が追従する設計……」


 端末の画面に、赤い線が何本も引かれていく。因果波形のグラフ、参照番号の分布図、距離と出力の相関。リネットは自分の仮説を一つずつデータで裏付けながら、同時にその仮説を壊そうともしていた。


「ただし、ここからは確証がない」


 日が傾きかけた頃、リネットの声のトーンが変わった。


「炉が壊れるのか、止まるのか、別の手段で制御できるのか——それはまだ分からない。私が持っているのは外側からの観測データだけ。炉の内部構造に触れた情報は、恩師の断片メモ三件だけよ」


「足りないのは、中のデータか」


「ええ。炉の制御方式、入力構造、出力の停止条件——どれも推測の域を出ない。壊し方を知るには、もっと中に踏み込まないと」


 リネットは端末を机に置き、眼鏡を外して目頭を押さえた。


「学院の禁書庫に、何かあるかもしれない。聖堂の管轄外で、古い記録が残っている場所。私のアクセス権ならまだ入れるはず」


「それは次の一手だな」


「ええ。でも今日じゃない。今日はまず——」


 リネットが言葉を切った。


 端末の画面が、微かに明滅した。


「……何だ?」


「待って」


 リネットが眼鏡をかけ直し、端末を引き寄せた。因果波形のリアルタイム観測モード。ツカサには数値の意味は分からないが、グラフの動きが異常なことは見て取れた。


 波形が跳ねている。


「これ——」


 リネットの指が画面の上を走る。グラフを拡大し、時系列を遡り、数値を比較する。その動きが、分析の時の落ち着いた手つきとは明らかに違っていた。


 速い。焦っている。


「リネット」


「英雄叙事炉の出力パターンが変わってる」


 声が硬い。


「ここ数日——少なくとも私たちが証言を集めて回っていた間に、炉の出力が急上昇してる。しかも上がり方が尋常じゃない。昨日の夜の時点で、エルデン村周辺の因果残滓を計測した時の数倍。今はさらにその上を行ってる」


「上昇してる、って……炉が活性化してるのか」


「活性化だけじゃないわ」


 リネットが端末を回して、ツカサに画面を見せた。


 地図の上に、赤い矢印が何本も描かれている。方向がバラバラだった各地の因果波形が——今は全て、一つの点に向かって収束し始めていた。


「出力の方向が変わった。これまでは主軸であるレオに追従して、レオの現在地に向かって出力が流れていた。でも今は——レオの位置に関係なく、出力そのものが一点に集中し始めてる」


 赤い矢印の収束点。


 王都ヴェルディア。


「王都に、全部集まってるのか」


「ええ。これまでの個別のイベント——村の襲撃とか、婚約破棄劇とか、そういう規模じゃない。桁が違う。王都そのものを舞台にした何かが——」


 リネットの声が途切れた。


 ツカサは窓の外を見た。


 夕暮れの光の中で、王都の尖塔が赤く染まっている。城壁の輪郭が夕陽に浮かび上がり、まるで巨大な舞台装置のように見えた。


 舞台装置。


 エルデン村が焼かれた時——レオは「勇者らしい登場タイミング」を優先した。村は小さな舞台に過ぎなかった。


 フォルテスで盗賊団を撃退した時——レオの見せ場は空振りに終わった。都市という舞台が、レオの出番の前に片付いたから。


 なら、次にレオが求める舞台は——


「あいつ、王都で何をやるつもりだ」


 声が出ていた。


 リネットは答えなかった。答える代わりに、端末の数値を凝視していた。グラフの波形は今も上昇を続けている。


「分からない。でも規模だけは分かる」


 リネットの声が、今日一番低くなった。


「これまでの比じゃないわ。村一つ、都市一つの規模じゃない。王都全体を巻き込む何か——それに見合うだけの出力が、今この瞬間も積み上がってる」


 夕陽が沈みかけている。


 窓から差し込む光が細くなり、部屋の中に影が伸びた。リネットの端末の画面だけが青白く光っている。


「……急がないと」


 ツカサはそう言った。


 声は静かだったが、拳は握られていた。踵の痛みが一瞬遠くなった。代わりに、胸の奥で何かが熱くなっている。


 怒りだ。


 辺境村で奪われた生活。リネットから奪われた研究。ライナーから奪われた仲間。グレンから奪われた片目。エレインから奪われた声。メルから奪われかけた人生。


 全部を踏み台にして、あの装置は次の舞台を作ろうとしている。今度は王都という、比べ物にならない大きさの舞台を。


「急がないと、って言うのは簡単よ」


 リネットが先ほどのツカサの台詞を返した。


 だが彼女の目にも、同じ熱があった。


「でも——ええ。急ぐわ。禁書庫に行く。炉の設計に関する記録がどこかにあるはず。恩師が三つもメモを残していたなら、その情報源になった文献がある。それを見つける」


「俺は」


「あなたは、ここで待機。王都に近づくほど批判者矮小化が効く。学院は王都の中にあるけど、私のアクセス権なら一人で入れる。あなたが一緒だと逆にリスクが上がるわ」


 正しい判断だった。ツカサにもそれは分かる。


 だが——。


「待つのは性に合わないんだが」


「知ってる」


 リネットは端末を閉じ、椅子から立ち上がった。窓辺のツカサと向き合う形になる。


「だから待つんじゃなくて、ここで証言データの整理を続けて。ライナー、グレン、エレイン、メル、エルデンの証言——全部を時系列で並べ直して、炉の出力パターンと照合できるように整えておいて」


「……俺にできるのか、それ」


「データの並べ替えだけなら端末の操作を教える。解析は私が戻ってからやるから、素材の整理だけでいい。あなたの目で見て、時系列に違和感がないか確認する作業。因果ラベルが見えるあなたにしかできないチェックよ」


 そう言われると、ただ待つのとは違う。


 ツカサは頷いた。


「分かった。いつ行く」


「明日の朝。学院は日中の方が出入りが自然だから」


 窓の外で、最後の夕陽が消えた。


 王都の尖塔が闇に溶けていく。だがその闇の下で、何かが確実に動いている。出力が積み上がっている。脚本が書かれている。


 ツカサは窓枠に手をかけたまま、闇に目を凝らした。


「……なあ、リネット」


「何」


「あの装置が本当にお前の言う通りのものだとしたら。王都で何百年も動いてて、何人もの勇者を"主軸"にしてきたんだとしたら」


「ええ」


「お前の恩師が辿り着いて、それでも止められなかった相手だ」


 リネットは黙った。


 ツカサは続けた。


「だからって引く気はないし、お前もないだろ。ただ——確認したかった」


「確認?」


「恩師は一人だった。お前は一人じゃない。それだけの話だ」


 大した言葉じゃない。気の利いた台詞でもない。


 でもリネットは、ふいに視線を外して机の方へ向き直った。眼鏡を外し、レンズを拭くふりをしながら言った。


「……ええ。それだけの話よ」


 声がわずかに揺れていた。


 ツカサはそれ以上何も言わず、もう一つのベッドに腰を下ろした。明日からまた動く。証言を整理し、禁書庫の記録を漁り、装置の設計図を掘り当てる。


 英雄叙事炉。


 お前が何であれ、もう名前は知った。場所も分かった。次はお前の中身を暴く番だ。


 窓の向こうで、王都の夜空がかすかに光っていた。


 星ではない。雲の裏側から漏れる、淡い——しかし確実に昨日より強い——光。


 リネットも気づいていた。端末を開き直し、波形を見ている。


「出力、まだ上がってるわ」


 声は静かだった。


 ツカサは光を見つめた。あの光の下で、誰かの人生がまた踏み台にされようとしている。


「間に合わせる」


 誰に向けたわけでもなく、そう言った。

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