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第22話「小さな茶番を潰した先に、もっとでかい茶番が待っていた」

 証言の時系列を並べ替えると、パターンが浮かぶ。


 辺境村エルデンの襲撃。街道の魔族遭遇。領都の婚約破棄イベント。フォルテスの盗賊騒ぎ。


 ツカサは宿の机に証言記録の紙束を広げ、朝からずっとそれを睨んでいた。日付順に並べ直し、リネットが端末に残した因果波形の変動記録と照合する。紙に鉛筆で線を引き、事件ごとに数字を振った。


 点で見ればバラバラに見えた事件が、日付順に並んだ途端——ひとつの曲線を描いていた。


 被害の規模が、回を追うごとに大きくなっている。


 村。街道。都市。


 階段を一段ずつ昇るように、「勇者が救うべき危機」のスケールが着実に拡大していた。


「……次の段、どこだ」


 椅子の背もたれに体重を預けた。右足の踵がじんわりと痛む。六時間以上座りっぱなしだ。窓の外——東向きの窓だから夕日は見えない。だが空の色が青から濃紺に沈みかけているのは分かる。部屋の中は油灯の橙色だけが机の上を照らしていた。


 リネットは朝から学院へ出たきり、まだ戻らない。


 禁書庫に潜って炉の設計記録を探すと言っていた。学院修了者のアクセス権がまだ使えるうちに、と。


 ツカサは水袋の水を一口含み、また紙束に視線を戻した。干し肉は残り三切れ。乾パンは粉が底に溜まっている程度。宿代の残りは二日。


 どれも足りない。時間も、食料も、情報も。


 ——けど、パターンだけは見えてきた。


 被害の規模が大きくなるのは、レオの「見せ場」が回を追うごとにスケールアップしているからだ。村を救う英雄、街道の魔物を倒す英雄、都市の危機を防ぐ英雄。客席が広がるたびに、舞台も大きくなる。


 なら、その先にあるのは——


 階下で扉が開く音がした。宿の階段を上がってくる足音。リネットのものだ。速い。普段よりかなり速い。


  *


 扉が開いた。


 リネットは灰色のコートの前を合わせたまま部屋に入り、扉を背中で閉めた。額に薄く汗が浮いている。息は整えているが、首筋がわずかに赤い。走ってきたらしい。


「遅かったな」


「禁書庫には入れなかった」


 ツカサは眉を上げた。


「アクセス権、もう使えなくなったのか」


「いいえ、そっちは問題ない。——入る前に捕まったの。ナタリアに」


「誰だ」


「学院時代の同窓。研究助手をやってる子で、情報が早い」


 リネットは椅子に腰を下ろし、端末を机に置いた。翡翠色の目がいつもより少しだけ大きく開いている。


 動揺、とまではいかない。だが彼女の中で、何かの優先度が入れ替わった顔だ。


「ナタリアが、廊下で引き留めてきたの。小声で。『リネット、学院にいる場合じゃない。王都で大きなことが動いてる』」


「大きなこと」


「レオが——」


 リネットは一度言葉を切り、端末の画面を起こした。


「レオが、王家と聖堂を巻き込んで、王都での公開作戦を準備している。討伐対象は『魔王残滓』。全国への中継魔導具の配備がもう始まってる」


 ツカサは紙束から手を離した。


「魔王残滓」


「過去の魔王の残留因果が凝固した災厄的存在。ナタリアの言い方を借りれば、『とっくに死んだはずの魔王の怨念が物質化したバケモノ』。王宮は公式にこれを"史上最大の脅威"と位置づけて、レオにぶつけるつもりらしい」


 ツカサは机の上の紙束を見た。


 村。街道。都市。


 その先の段——答えが出た。


「王都か」


「ええ。王都全体を、舞台にするつもりよ」


  *


 リネットは端末を操作しながら、ナタリアから聞いた断片を一つずつ並べた。


 学院の物資管理部門に、聖堂経由で大量の中継魔導具の調達依頼が入っていること。王都の主要広場に設置台座の工事が始まっていること。騎士団の編成が「防衛」ではなく「演出護衛」の名目で再配置されていること。


 どれも単体では「大型作戦の準備」で済む話だ。だが全部を重ねると、絵柄が変わる。


「中継魔導具の配備先、ナタリアが分かる範囲で七都市。王都を中心に、主要な街道沿いの拠点都市全部。映像と音声を同時に流せる規格のやつ」


「全国放送ってことか」


「そう。レオが魔王残滓を倒す瞬間を、この国の全員に見せるための仕掛け」


 ツカサは椅子から立ち上がった。右足の踵が抗議したが、無視した。


 窓に寄った。東向き——王都の方角だ。夕暮れの残光はとうに背中側へ沈み、窓の向こうの空はもう暗い。だがその暗さの底に、昨晩より明らかに強い、不自然な光のにじみがあった。星明かりとは色が違う。薄く、均一に、空の低い位置がぼんやりと発光している。


「英雄叙事炉の出力が上がってる理由、これか」


「ほぼ間違いないわ。炉は"勇者の最大の見せ場"を供給するために、出力を上げ続けている。今回の規模に合わせて」


 ツカサはゆっくりと振り返った。


「エルデンで見たことを覚えてるか」


「忘れるわけがない」


「あのとき、レオは"勇者らしい登場タイミング"を優先して、村の家屋も倉庫も田畑も燃やした。命は助かっても、生活は丸ごと灰になった」


「……ええ」


「あれを、今度は王都でやるのか」


 言葉にすると、腹の底が冷えた。


 エルデンは百人規模の小さな村だった。それでも写真立てを握って泣く老婆の姿が記録に残っている。土地を捨てるしかなくなった家族がいた。冬支度の備蓄が灰になった。


 王都ヴェルディアには、何万人もいる。


「被害の想定は」


 リネットの声が、少し低くなった。


「炉の出力パターンから逆算すると、エルデンの数十倍以上の因果エネルギーが王都に集中している。それが全部"英雄譚の演出"に変換されるなら——被害は村の比じゃない。最悪の場合、区画単位で焼かれる」


「勇者が颯爽と現れて救うために、か」


「そういうこと。被害が派手なほど、レオの救出が映える。エルデンと同じ構造。規模だけが桁違い」


  *


 ツカサは机に戻り、紙束を端に寄せて空いたスペースにリネットの端末を引き寄せた。


「告発の準備を前倒しにする」


「同感。時間がない」


 二人は証言と記録を広げ直した。


 辺境村エルデンの老婆の証言——孫が代筆した書面が一枚。ライナー・ヘルツの功績報告書の矛盾を示す命令書写し。グレンの被害記録。エレインの偽証立証書類。リネットの因果波形データ。戦場ログの十二桁参照番号分析。


 バラバラの紙束を、一つの反証資料として体系化する作業だ。


「時系列で並べるだけじゃ弱い。因果観測データと証言を対応させて、『この日この場所で、レオの英雄譚のためにこれだけの被害が出た』を一件ずつ立証できる形にする」


「データの紐付けは私がやる。証言側の整理はあなた。村の被害、騎士の功績吸収、冒険者の囮配置、婚約破棄の冤罪——それぞれ独立した案件として、誰が見ても分かるようにまとめて」


「了解」


 ツカサは鉛筆を握り直し、紙束に書き込みを始めた。


 エレインには宿場町経由の書状で状況を伝える。メルの商隊の定期便は次の便がまだ先だが、ルート上の宿場で預けておけば中継してもらえるかもしれない。ライナーとグレンにも同じ手段で。


「ゼクスにも一報入れるか」


 リネットはコートの内ポケットから通信石を取り出し、少し考えてから首を振った。


「今はまだ。魔族側を動かすのは最後にすべきよ。こちらの準備が整う前に動きが漏れたら、全部潰される」


「分かった」


 油灯の灯りの下で、二人は黙々と紙を捌いた。


 窓の外が夕暮れから完全な夜に変わっても、手は止まらなかった。


  *


 夜が深まった。


 証言記録の整理は、完成には遠いが骨格はできた。レオの英雄譚の裏で何が起きていたか——六件の被害事例が、日付・場所・因果データの三軸で紐付けられた状態で机の上に並んでいる。


 リネットはもう一度端末を開き、炉の出力パターンをチェックしていた。


「ナタリアにもう一度接触できるか」


「次に学院に行ったときに。ただ、彼女も目立つ動きは控えてる。私に情報を流したことがバレたら、研究助手のポストを失うわ」


「……そうか」


「でもナタリアは、やると決めたらやる子よ。次も来るわ」


 リネットの声に、信頼が混じっていた。


 ツカサは机の端に腰をかけ、紙束の山を見下ろした。


「なあ、リネット」


「何」


「レオの計画が全国中継付きの公開作戦なら——俺たちの反証も、同じ規模で出さないと意味がない」


「そうね。小さな声では、主人公補正に潰される。王都の全員が、いや中継を見ている全員が見ている場所でやらないと」


「つまり、王都に入るしかない」


 リネットは端末から視線を上げた。眼鏡の奥の翡翠色が、油灯の光を拾って揺れている。


「指名手配されるかもしれないわよ」


「されてないほうが不思議だ」


「……そうね。証言を集めて回って、炉の存在まで嗅ぎつけて——放置されてるの、気味が悪い」


「あいつらが俺たちを泳がせてるのか、まだ把握してないのか。どっちにしても、時間があるうちに動く」


 リネットは小さく息をつき、端末を閉じた。


「禁書庫の調査は、王都に入ってからでもできる。学院は王都の中にあるんだから」


「順番が変わっただけか」


「ええ。やることは同じ。炉の設計を暴いて、構造を理解して、壊し方を見つける。その上で——あの茶番を中から崩す」


 ツカサは窓に歩み寄った。


 夜空を見上げる。


 昨晩よりも、明らかに光が強い。雲の裏側から漏れるのではなく、雲そのものが淡く発光しているように見えた。星が押し負けている。


 あの光の下に、何万人もの暮らしがある。朝起きて、飯を食って、仕事をして、家族と話をして、眠る。その全部が——誰か一人の見せ場のために、舞台装置にされようとしている。


「間に合わせる」


 二度目だ。昨晩も同じことを言った。


 でも今回は、隣にリネットがいる。


「当然よ。間に合わせる以外の選択肢がないだけ」


 毒舌だが、声の温度は同じだった。


 ツカサは腰の右側に手を伸ばした。ベルトに布の端切れで括りつけてあるハリセンを、結び目ごと解いて手に取る。張りぼての紙が油灯の灯りを鈍く反射する。こんな見てくれの武器が、世界を歪めるシステムを相手にする。


 馬鹿みたいだ。


 でも——村の茶番は潰してきた。街道の茶番も、都市の茶番も。


「小さい茶番は潰してきた」


 窓の外の、淡く光る空を見据えた。


「次は、でかい茶番の番だ」

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