第9話 イチャイチャ特訓
「どうするつもりなの、須賀くんたちをうちに呼ぶって言っちゃって。私がなんとかごまかそうとしてたのに‼」
ダブルデートを終え、うちに帰って来ると同時に、愛遊が俺を非難してきた。
「愛遊だって一人暮らししてるところまでは話してたじゃないか」
「だって、そこまではごまかしきれるはずないし。でも、私はなんとか断ろうとがんばってた。防犯上の理由から誰も家に入れちゃだめ、って親に言われてる……とかそれっぽいこと言おうとしてたんだよ」
「女子ならそれも通じるかもしれないけど、男子には難しいんだよ」
「でも……」
「それにさ、初めてできた業界外の友達だ。家に呼ぶくらいしたいじゃん。ああいう仕事してたから、学校のやつを家に呼ぶとかしたことなかったし」
「………………その気持ちはわかる」
俺の正直な気持ちを言うと、愛遊は小さくため息をつきながら頷いた。
「わかったよ。友達を家に呼ぶのが、圭介くんがやってみたかったことなら、私も協力してあげる」
「ありがとう」
「まぁ怪しまれたら困るのは同じだからね。一蓮托生……まったく、私たちずっとこうね」
「そうだな」
そうでなかったのは、デビュー前の四才まで、それとユニット解消後の中学生時代のみ。
十五年の人生の中で、二人三脚していたのは八年。そうでなかった期間の七年よりすでに長い。しかも、これから三年間続く。
まったく因果なものだ。
だが、そういう経歴だから、愛遊と力を合わせれば、できないことなんてなにもないように感じる。
「それじゃあ作戦会議を始めましょうか」
「うん……その前に、言っておきたいことがある」
「なに?」
「須賀たちが来るのは俺の家だからな。さっきうちって言ったろ」
「言ったけど」
「それ言うなよ。誤解されるぞ」
「それはわかるよ。でも、感覚としては、私の家と圭介くんの家を合わせて一つの家って感じなんだよね」
たしかにその感覚は理解できる。
風呂とベッド以外は、お互いに相手の家のを自由に使ってる状態だし。
「そんなこと言ったら、同棲してると思われるぞ。そうなると面倒だから気をつけろよ」
「はいはい。で、今度こそ作戦会議でいい?」
「ああ」
本当にわかっているのか少し不安だが、まぁ信じるしかない。
俺の家のダイニングテーブルに向かい合って座る。
「うちに……じゃなかった、圭介くんの家に須賀くんたちを呼ぶうえで注意しなきゃいけないのは、同棲してると勘違いされないことの他に、私たちが偽装カップルだということがバレないかどうか……この二点だけよね?」
「そうだ。引っ越しの時に持ってくる荷物は厳選したから、夏海流々に繋がりそうな物は一切ない。同棲の件は、おかしなことを言わなければ大丈夫なはず。唯一の懸念は、偽装カップルがバレて、『なんでそんなことをしていたのか?』という疑問を持たれることだ。そこからの芋づる式が怖い」
「つまり完璧な偽装カップルを演じ切れば、なにも問題ないことになる――ってことよね?」
「そうなるな」
話が見えて来たので、お互いに顔を見てにやっと笑う。
考えていることは同じだろう。
「一番の得意分野よ」
「俺もだ。物心つく前から演じてきたからな」
デビューは四才だが、それ以前から子役スクールに通っていた(らしい。記憶はない)。
俺にとって何者かを演じることは、素でいるよりも簡単とさえ言える。
「演技プランを練りましょう。まず大前提だけど、私は圭介くんの家にお邪魔したことがあるってことでいいんだよね?」
「普通に考えて……普通の高校生カップルで、彼氏が一人暮らしをしていれば、彼女が一度も来たことがないのはおかしいよな?」
「一人暮らしをしている高校生が普通かはさておき、そう考えるのが妥当のはず」
「頻度は?」
「毎日……はさすがに不自然かな? でも週に一回くらいもおかしい。そもそも放課後は一緒に帰っているし……二日に一回くらい?」
「実際に二日に一回だからな。それでいいんじゃないか」
俺たちの生活は、今日俺の家で過ごすなら、明日は愛遊の家、明後日は俺の家――というリズムだ。
リアルとの差は小さければ小さいほど、ウソはバレにくい。最適な設定のはずだ。
「私たちは家でどんなことをしているのかしら?」
「それが問題だ……一般的なカップルは、家で二人きりになったら何をする?」
「…………イチャイチャ、じゃないかしら?」
「…………たぶんそうだろうな」
「…………イチャイチャってなにかしら?」
「…………なんだろうな?」
あれやこれやと意見を出し合ってみたが、お互いに恋愛経験のない者同士、これだという結論が出るはずもなかった。
「とりあえず、もう少し状況を整理して考えてみよう。自然なカップルと思わせるためには、イチャイチャしているところを見せる必要がある。しかし、いくらなんでも二人がいる前で、ずっとイチャイチャしている必要はないだろう。『普段はどんなことしてるんだ?』と訊かれた時に、少し実演すれば足りると思う」
「そうだね。尺にして一分くらい? のプランを用意していればいいんじゃないかな」
「……長尺ならともかく、一分ならパクってくればいいのでは?」
「パクリは感心しないけど、まぁ須賀くんたち二人に見せるだけだし、なにかの作品を参考にさせてもらうくらいなら許容範囲かな……」
ということで、ちょっと反則ではある気がするが、そういうことにした。
たぶん問題はないはずだ。
芸人さんが他の芸人さんのネタをパクって披露すれば問題だが、一般人が友達の前でパクったネタをする分には許される。
今の俺たちは一般人だし、ギャラが発生するわけでもないからセーフのはずだ。
「どこからネタを持ってくる?」
「そうだな……とりあえずネットで検索してみるか」
【イチャイチャ お手本】で検索してみる。
こんなんでヒットするものがあるか不明だが…………あった。
八年前に放送されたミニアニメらしく、内容は新婚夫婦がひたすらイチャイチャを繰り返すだけらしい。
第一話冒頭から最終話まで、ひたすらイチャイチャを続けるだけ。
そんなアニメなので、さすがにそこまで一般受けしたわけでもなく、それなりに昔の作品であることもあり、今では一部のコアなファン以外からは忘れられた存在らしい。
まして俺たちが小学校低学年の頃の作品。須賀たちが知っている可能性は極めて低い。
……絶好のパクリ元な気がする。
「とりあえずこのアニメを観てみるか」
「そうだね、使えるかも」
ちょうど俺が入っているサブスクで見放題だったので、すぐに再生する。
一話五分、全十二話なので、全部でちょうど一時間……一気に見終えた。
「……どうだ、感想は?」
「これを実際にやるのは……ちょっと恥ずかしいかな」
「できないならいいよ。別なのにするか?」
「できないとは言ってない! これくらい平気でできる! そこまで言うなら見せてあげる、これをやろうよ!」
突然愛遊が声を荒げた。
女優に「できないならいいよ」は地雷だったか……。
気が乗らないならやめておこう、くらいにしておけばよかったかな。
まぁやる気になったみたいだし、別にいいか。
「どのシーンをやる?」
アニメは、毎回ひとつのシチュエーションで、これでもかというくらいベタベタと甘えるものだった。
現実的にありそうなものシチュエーションから、絶対になさそうなものまで多彩だったが……うちでもできそうなものは、意外と限られている。
「まぁ普通にソファーのやつでいいんじゃない? というか、それ以外はさすがにどうかと思うけど」
「……だな」
他のは、一緒にお風呂に入っていたり、ベッドでのピロートークだったり……須賀たちに見せること前提だから、使えないにもほどがある。
第一話のソファーのシーン一択だ。それに、このアニメではもっともソフトなイチャイチャで、難易度も低い。
シーンが決まったので、もう一度第一話を見て、文字起こしをする。
台本ができたら読み合わせをして、こうしたらいいんじゃないかとお互いに指摘し合う。
だいたいの擦り合わせができたら、実際にソファーでやってみる。
★★★
俺がソファーに座って本を読んでいる。
そこへ愛遊がやってきて、俺の膝の上に座る。
「本が読めないんだけど?」
「本なんかより私の心の中を読んだらいいんじゃないかしら、圭介くん?」
愛遊はそう言って俺の顎の下に手を当て、吐息を首筋に吹きかける。
俺はそれにすっかりやられてしまって、本を投げ出して愛遊を後ろから抱きしめる。
「心の中を読んでみたよ。俺のことが好き好き大好き、って書いてあった」
「惜しいっ! 本当正解はね――圭介くんは優しくて大好き。私が落ち込んでる時に頭撫でてくれるところも大好き。たまに意地悪してくるところも大好き。悩んでる時にバシッと決断してくれる頼れるところも大好き。お料理に失敗した時もおいしいって言ってくれるのも大好き。一緒にいるだけで幸せな気持ちになれるから大好き。一秒も離れたくないくらい大好き。大好き、圭介くんのことが世界で一番大好き! って書いてあるんだよ」
俺たちの顔は、ほんのニ十センチほどの距離。
愛遊が長台詞を言うと、甘い香りがする息がずっと顔に当たっているので戸惑うが、それに怯まず俺も長台詞を返す。
「俺だって愛遊のことが大好きだよ。愛遊は優しいから大好き。俺が励ましたら元気になってくれるところも大好き。意地悪しちゃっても笑顔で許してくれるところも大好き。俺を頼りにしてくれるところが大好き。作ってくれる料理がいつもおいしくて大好き。一緒にいるだけで幸せな気持ちになれるから大好き。一秒も離れたくないくらい大好き。大好き、愛遊のことが世界で一番大好き!」
そして俺たちはさらに顔を近づけ、ほとんどゼロ距離で見つめ合い――アニメならキスシーンに入るところだが、今回はそこまではしない。
須賀たちに見せるためなので、そこまでする必要はない。
というか、さすがにそれはできない。
ニコイチの子役として売っていたので、ハグしているシーンの撮影なども多くスキンシップにはなれているが、さすがにキスシーンは経験がない。
昔の経験で対応できる範囲を超えてしまっているので、そこはカット。
まぁなくても十分に甘いだろう。
★★★
「実際にやってみてどうだった?」
と、一度離れて演技の修正について話し合う。
「恥ずかしい」
と、愛遊が真顔で言う。
「俺も恥ずかしかった」
俺も真顔で言った。
「なんか顔が熱くなってる気がする。二人きりだから耐えられたけど、お客さんがいたら限界点を突破していたかもしれない。こんなのはプロとして失格だわ」
「もうプロじゃないけどな」
「元プロとして。もっと自然にできるようになりたい。今のはまだ台本を読んでる感じが残ってた気がする。自分の言葉として愛を語れていなかった。こんなんじゃ納得できない」
冷静に考えると、アニメのセリフを丸パクリしているので自分の言葉もなにもないのだが……。
しかし、俺はそんな野暮なことは言わなかった。
愛遊の言いたいことはよくわかる。
台本に書かれている“自分の役のセリフ”は、“自分の言葉”なのだ。
「もっと練習を繰り返して体に染み込ませるしかないな」
「うん。次からは録画しよう。それで反省点を見つけて、少しずつブラッシュアップしていこう」
すっかり昔の血が騒いでしまった俺たちは、より自然なイチャイチャを目指し、毎日練習を繰り返した。
いやぁ、演技ってやっぱり楽しいなぁ。
役と自分がひとつになって、境界線がなくなっていく感覚。
これはたまらない快感だ。
台本の愛の言葉が、まるで本心のように自然に出てくるようになり、なんなら練習のたびにアドリブで違う愛の言葉を語れるようになる。
対抗するように、愛遊もアドリブを返してくれて……お互いに影響し合って、どこまでも高く昇れそうだ。
「愛遊と別々の道を歩もうとしたことが間違いだった。ずっと一緒に歩こうと思っていれば、きっと今は違う道を、二人で一緒に歩いてた!」
「私もそう思う! だからこれからは、また一緒に歩いて行こう!」
そんな言葉をまったく照れずに言い合えるようになった頃、須賀と桜井さんが俺の家にやってきた。




