第4話 二人の朝
朝七時。
楽しい夢は目覚ましの音で打ち切られ、重いまぶたを開ける。
まだ眠いが、布団の中でごろごろしているうちに、だんだんと意識がはっきりしてくる。
十分くらいそうしてから、ようやくベッドから出る。
それから顔を洗って、制服に着替えた。
髪型は、寝ぐせを直すだけにとどめる。
そうしていると愛遊から連絡がきた。
愛遊:朝ごはんできたからいつでも来ていいよ。
昨日、愛遊と話をして、朝食と夕食はお互いの家で交互に食べようということになった。
前の日の夕食を担当した人が、翌日の朝食も担当する。次の夕食から交代――という流れだ。
これで家事の負担を減らすことができる。
愛遊の家はうちの隣なので、移動にかかる時間はほんの数秒。
インターホンを鳴らすと、すぐにカギが開くことがして、中に招かれる。
「おはよう」
「おはよう」
あいさつをしている間にも、いい香りが漂ってくる。
みそ汁と目玉焼き。いかにも朝食というメニューだ。
もともと一人暮らしをするつもりだったからか、愛遊の家のテーブルは小さい。
二人分の食事を並べると、もう大半が埋まってしまう。落とさないように気を付けながら食事をする。
テレビはつけない。
食事中にテレビはマナーが悪いとか、そういう意識高い理由があるわけではない。
もっとネガティブな理由で――朝の時間帯のテレビは、芸能ニュースの割合が大きいからだ。
売れなくなり、あの世界に居場所をなくした身としては、朝から成功者たちの姿を見たくない。
というわけで、外から聞こえてくる車の音くらいしかBGMがない部屋で、愛遊と向かい合って静かに食事をした。
食事が終わって、片付けまでが愛遊の役割。
楽ちんでいいな。
一人暮らしをしたら全部自分でしないといけないと思っていたが、こういう手抜きができるのは大歓迎だ。
まぁ今日の夜と明日の朝は、二人分やらなきゃいけないんだが。
「晩飯ってなに作ったらいいのかな?」
「もう考えてるの?」
「あんまり適当ってわけにもいかないだろ?」
俺の当番の時に手を抜けば、お返しに愛遊も手を抜くだろう。
すると、俺もより手抜きしやすくなって……相乗効果でどんどん雑になっていくはずだ。
それじゃ炊事をローテーションにする意味がない。
労働が半分になるのだから、その分一・五倍がんばるくらいでいいのだ。
それでもお釣りがくるんだから。
「愛遊はなにが食べたい?」
「そうだなぁ……オムライスとか。ふわとろの。特製のホワイトソースも作ってね」
「めんどくさい注文しやがって」
「あら、圭介くんはそういうの得意でしょ?」
「そうだけど……愛遊も同じくらい得意だろ」
小三から小五までの三年間、俺たちは子ども向け料理番組のメインをやらせてもらっていた。
収録は毎週あって、そのたびにプロの指導の下、いろいろな料理を作るという形式だった。
そのおかげで料理スキルはメキメキ上がった。
番組が長期だったこともあり、さまざまな料理を作れるようになった。
ビーフシチューのパイ包みや、自分で出汁から取る豚骨ラーメン――今思うと、後半の難易度のインフレすごかったなぁ。
「だからよ。自分で作ればおいしいのはわかってるけど、やるのはめんどくさい。だから、私と同じくらい料理が作れる圭介くんに作ってもらいたいの」
「はぁそうですか……まぁ注文された物を作るだけなら簡単だからいいか。ホワイトソースの材料がないから買って来ないと」
家にある物でさくっと作ろうと思ったけど、そう楽させてはもらえないか。
共同生活も意外と甘くないな。
「あ、そうだ。これお弁当」
と、愛遊がプラスチックの容器を渡してきた。
「弁当の話なんていてなかったのに、わざわざ作ってくれたのか?」
「毎日お弁当作るなんて、めんどうだから最初はやるつもりはなかったけど、二日に一回と考えたら悪くないかなって。だから、明日は圭介くんがお弁当も作ってね」
新しいタスクが増えてしまった……。
まぁ、毎日買ってると昼食代もバカにならなくなるからな。
生活費にそこまで余裕があるわけじゃないので、弁当はアリだ。
自分の為だけと思うとやる気も出ないが、愛遊も一緒ならメンタル面での負担も減る。
……と自分に言い聞かせて、明日の朝は弁当まで作ろう。
今日より三十分は早く起きないとな。
「さて、まだ少し早いけど、そろそろ学校行くか? 一緒に登校すると目立つかもしれないから、さすがにずらした方がいいと思うし」
「そうね……って、圭介くん、その髪で行くつもり⁉ 今から準備するんじゃなかったの?」
「髪? これでバッチリのつもりだが」
「ぼさぼさじゃないの!」
ああ、そういうことか。
愛遊が驚くのもムリはない。仕事をしていた頃は、ものすごい時間をかけて完璧に決めてたからな。
だが今の俺は一般人。そう簡単に気合を入れるわけにはいかない。
「考えてみたんだ。普通の男子高校生は、毎日完璧にヘアメイクするだろうか?」
「するでしょ」
「そういうのも少しはいる。でも、大半は最低限の身だしなみを整えるだけで終わりだよ。ってことで、俺はあえて寝ぐせを直すだけで終わりにしたんだ」
「なるほど、一応考えがあるんだね。でも、却下です。もっとちゃんとしてください」
「え~っ……」
「ほら、してあげるから。文句言わないで」
愛遊は食事を片付け終わったテーブルに鏡を置き、その前に俺を座らせ、自分はブラシを手にした。
俺の後ろに回り、髪を梳く。
「ショートカットだから簡単ね。っていうか、いつの間に髪短くしたの?」
「中一の時」
「昔のセミロングかわいかったのに」
「愛遊の髪型に合わせてたんだよ。解散した後もあれを続けられるか。後半は結構恥ずかしかったんだぞ」
だから、中学校に上がるタイミングでばっさりと切り落とし、それ以来ショートカットだ。
一方、愛遊はかなり伸ばしている。
この三年間で、毛先を揃えるくらいしか切っていないのではないだろうか?
「そう言えば、昔はお互いの髪をセットし合ってたっけな」
「そうだったね。メイクさんがいない現場とかだと、自分でするより楽だから。懐かしい」
「そうだな、懐かしい」
だから愛遊は気楽に俺の髪を梳かしているし、俺も特に抵抗せずに受け入れているのだが……。
昔の記憶にはない感触がたまにやって来るのが、どうしても気になる。
後頭部に、ちょこちょこ柔らかいふくらみが当たってくるのだ。
これってアレだよなぁ……おっぱい。
当たってるぞ、って指摘していいのか。
いや、さすがにダメだろうな。
まぁ愛遊が気にしていないなら、俺も気にしないことにしよう。
………………やっぱムリだ。めちゃくちゃ気になってそれどころじゃなくなる。
「愛遊さん……お胸を少し自重していただけると助かるのですが。いや、当ててもらって、ある意味助かってますが」
軽い調子で、ふざけたイメージを強調しつつそう指摘する。
これならムッツリとは思われないはず。
「え? うわっ、気付かなかった。もうっ、そういうことは気を遣って黙っててよ、恥ずかしい」
「だって思いっきり当ててくるから……」
「当ててない! 不可抗力だよ」
「まぁそれだけでかければ不可抗力で当たるか……」
記憶の中にいる愛遊はぺったんこだったんだが……三年で変わるものだ。
「でかい言うな。気にしてるんだから。これのせいで仕事減ったんだから」
「……どういうこと?」
「簡単に言うと、みんなが春海楽々に望んでいたのは、理想の子役、永遠の子ども、だったってこと。巨乳はそのイメージを邪魔するだけで、コレジャナイ感が出ちゃって仕事の幅が減って……圭介くんもわかるでしょ?」
「そういうことか。よくわかるよ。俺も背がどんどん伸びてさ。だいたいの共演者よりも大きくなったら、『なんか違うんだよね。そういうのは求めてない』って言われて、仕事が減っていった」
「ずっと子どもでいるなんて不可能なのに、子どもじゃないと価値がなくなるって難儀な人生送ったわよねぇ、私たち」
「だよなぁ……」
二人揃ってため息を吐く。
朝からどんよりとした気持ちになるが、同時に心が少し軽くなった。
この悩みは、親にも話したことがない。
たぶん愛遊としか共感できない話だろう。
溜め込むことしかできないと思っていたことを話せたおかげか、ちょっと楽になった気がした。
「……これで髪はオッケー。ほら、すごいイケメンになった。ね、ちゃんとセットすると気分いいでしょ?」
「そうだな」
鏡に映った俺は……自画自賛になるが、普通の男子高校生とは言えないくらい整っている。
ちょっと目立ちすぎるかもしれない。もっと平凡でいいのだが。
しかし、愛遊がわざわざやってくれたものを崩す気にもなれない。
まぁいいか。少しオシャレに気を付けるくらいなら、まだ普通の範囲内だろう。
「あっ、もうこんな時間!」
時計は八時十分を指していた。
ここから学校までは十五分弱。八時半までに校門をくぐらなければいけないので、もう余裕はない。
「別々に登校していられないな。しかたない、一緒に行くか」
「うん」
俺は一度カバンを取りに戻り、すぐに家を出た。
そうして愛遊と並んで学校に向かった。
あまり目立ちたくはないが、これくらいでどうこう言われることもないだろう。
――という考えは、ずいぶんと甘かった。
二人で登校し、ギリギリに一緒に教室に入るところをクラスメイトに見られ。
昼食時には、俺たちの弁当が同じであることに気付かれ。
一緒に下校し、近所のスーパーで買い物をしているところを目撃され。
その次の日――高校生活三日目には、俺たちが付き合っているという噂が教室中に広まっていた。




