第2話 アイコンタクト
皆川愛遊、またの名を”春海楽々”。
共に一時は芸能界を風靡した相棒ではあるが、ユニットの解散後は連絡を一切取らないようにしていた。
子役のイメージを払拭し、一人前の役者になったらまた会おう――と約束して別れたのだが、なんでこんな東京から遠く離れた地方都市に?
考えてもわからない。とにかく、楽々と話をしなければいけない。
俺が夏海流々だってことを言わないように頼んでおかないと。
しかし、楽々と話をするのは簡単ではなかった。
楽々はここのような地方都市では、ちょっといない目立つ容姿をしている。そのため男女問わず楽々に興味を持ち、話しかけている。
楽々はそれをうまくあしらっているように見える。
どうやら俺のことを含め、過去についてあれこれ語る様子はないようだが……果たしてどういうつもりなのか。
「やぁ、梨野。ちょっといいか?」
楽々の様子を窺う俺に、クラスの男子が話しかけて来た。
「ああ、いいよ」
実はそれどころではないのだが、ここは柔和に対応する。
今の最優先は楽々だが、それ以外がどうでもいいわけではない。
「梨野ってなかなかイケメンだよな?」
「そうかな?」
「そうだよ、さすが東京から来たって感じがする。この辺の芋とはちょっと違うっていうか」
この程度で浮かれるほど素人ではない。
そもそも褒められるのには慣れている。客観的に見て、自分がイケメンに分類されることも理解している。
謙遜は美徳だが、過剰に謙遜すると嫌われることも知っている。
誇らず、しかし卑下もせず、「ありがとう」と返事をしておいた。
「そんな梨野にちょっと誘いがあるんだけど、放課後ヒマならカラオケに行かないか? クラスの男女数人で行こうってことで、集めてる最中なんだけど」
「別にいいけど」
「よし、決まりな。いやぁ、梨野が来るなら行くって言う子がそこそこいるもんだから。お前、結構女子に人気あるみたいだぞ」
「それは嬉しいなぁ」
「なんと、あの皆川さんもそう言ってたんだぜ? あんな美人が、梨野に興味持ってるんだ。羨ましいなぁ」
へぇ、楽々が……あいつも俺に用があるってことだな。
ちょうどいい。
「まぁ皆川さんほどの美人になると、こっちが気後れするからお前にゆずるよ。だから、他の子に手を出すなよ。いいな?」
「ああ、わかった」
他にどんな女子が来るのか知らないが、特別興味がある人はいない。
とにかく楽々だ。
楽々意外は眼中にないと言っていいほどだ。
★★★
クラスの仲間たちと一緒に学校を出て、カラオケまで移動した。
人数は、男女五人ずつ。俺と楽々を除いたメンバーは、クラスを見た感じだと、そこそこ目立つグループにいるような気がした。
何者でもないモブ高校生になりたい俺としては、そういうグループの中に入りたくはないのだが……まぁ事情が事情だからしかたないな。
「今日は親睦会ってことで、集まってもらってありがとう!」
と、仕切り始めたのは、俺を誘った男子。名を須賀というようだ。
どうやらこの集まりは彼の提案であるらしい。
まぁそれはいい。今の課題は、この大人数の場所で、どうやって楽々と聞かれたくない話をするかだ。
「じゃあさっそくだけど、こんな企画を用意しました!」
須賀は小さな箱を三つ取り出した。
「せっかく男女同数だからさ、デュエットをしようってことで。一つに男子の名前が書かれた紙を、別のには女子の名前が書かれた紙を入れて、最後の箱には曲名が書かれた紙を入れる。で、引いた組み合わせで、その曲を歌うってことでどうかな? 曲の候補はすでにオレが決めてるけど、オレらの世代なら誰でも知ってるような曲ばっかり選んだから大丈夫なはず」
なるほどね。
牽制し合って微妙な空気にならないように、さっさと男女の組み分けをしてしまおうってわけか。
なかなか策士じゃないか、須賀は。
バラエティーのスタッフとか向いてそうだ。
しかし、たまに俺にアイコンタクトをしてくるのが気になるな。
まさかとは思うが…………。
そのまさかだった。
二組目が歌い終わったところで、須賀が俺にわかりやすく目配せしてきた。
そして……、
「じゃあ次の組み合わせ引くぜ……男子は梨野。女子は……皆川さん」
と、いかさまを疑う組み合わせを引いた。
今までの動きからして、本当にいかさまなんだろうな。
まぁどうやって楽々と接触するかを考えていたのだから、むしろ好都合だ。
さて、曲はなにかな?
「じゃあ曲は……【あいまいミラーリング】」
「「え⁉」」
須賀が曲名を口にした直後、俺と楽々が同時に声を出した。
おい、ハモるなよ。
「お、息ピッタリ。これは期待できそうだな」
「あいまいミラーリングかぁ、懐かしい。小学校の時流行ったよね」
「夏海流々と春海楽々のユニットで出した曲だよな」
……そう。あいまいミラーリングは俺と楽々の曲だ。
小学生の時に何枚かCDを出させてもらって、年末の歌番組にも出演させてもらった。
今となっては過去の栄光。二度と歌うことはないと思っていたのだが……。
「あの二人ってすごい人気だったよなぁ」
「かわいかったからねぇ。全然血の繋がりがなくて、性別も違うのに双子以上にそっくりで」
「しかもオレらと同い年。世代の代表みたいな感じだよな」
「中学に入った頃からだっけ? 急に見なくなったよね……あの二人ってどこ行っちゃったんだろうね?」
ここにいますけど?
「なぁ、この曲は――」
「私たちの世代ならみんな知ってるから余裕だよね。なんなら振付まで完璧に覚えてる子もたくさんいるし。うちの小学校だと、学芸会でこれやったよ」
……なんかチェンジしてくれって言える雰囲気じゃないな。
「二人とも前に出て歌いなよ」
「振り付きでやってみて」
と、クラスメイトたちが要求してくる。
結構なムチャ振りだぞ、それ。
歌うのはいいとして、ダンスくらいは断りたいところだが……それは簡単なことではない。
なぜなら俺も楽々もプロだから。
ここで拒否したら、場がしらけるのがわかっているから、断れない。
「よろしく、梨野くん」
と、楽々が言った。なんか目力が強い。
視線でなにかを訴えてきている。
数年ぶりだが、長年の相棒。今でもなんとなく意思疎通はできる……と思う。
あんまり上手にやらず、ほどほどに手を抜こう――って言いたいのだろう。
そして二人でモニターの前に並ぶ。
客席から向かって、俺が右。楽々が左。
「あれ、梨野くんが右なの?」
と、女子の一人が言った。
「なんかおかしいのか?」
須賀が俺たちに代わってその女子に訊く。
「だって、あの二人って、流々くんが左で楽々ちゃんが右っていうのが定位置だったでしょ? 普通に考えたら梨野くんが流々くんのパートやるって考えるじゃん。これは逆でしょ」
「いや、これでいいんだよ。この曲は鏡映しがテーマだから左右逆。つまり流々くんが右なんだよ」
「あれ、そうだっけ?」
「オレ結構ファンだったから詳しいぜ。でも、打ち合わせしないでも、自然にこの曲の立ち位置についた梨野と皆川さんもわかってるな。これは期待できそうだ」
いや、すっかり忘れてたよ、立ち位置のこと。
あいまいミラーリングをやるってなったら体が勝手に動いただけで……本人でさえ忘れてることをよく覚えてるなぁ、須賀。
……まいったな。
俺たちのことをしっかり覚えててくれるファンがいるなら、手を抜くなんてできるはずがない。
過去の栄光にすがって生きたくはないが、栄光に泥を塗りたくもないんだ。
ちょっとだけ……バレない範囲で、夏海流々に戻っていいかな?
どうする、楽々?
俺が視線を向けた同じタイミングで、楽々もこちらに視線を向けた。
そして、お互いに頷く。
じゃあ、三分半だけ再結成ってことで。




