第16話 こういう一日
その日はいつも通りの日だった。
学校に行って、今日は私の家で過ごす日なので放課後は圭介くんを招いて二人で遊んで、ご飯を食べて……。
圭介くんが帰って、玄関のカギを閉めた勢いのままお風呂の準備をしようとした。
そこで気が付いた。
給湯器の電源が入らない。
「あれ、もしかして壊れた?」
いろいろ試してみたが、どうにもならなさそうなので、そういう答えにたどり着いた。
どうしよう、お風呂に入らないなんてムリだ。一日動いた後の体でベッドに入ったら、布団が汚れてしまって明日から寝られなくなってしまう。
お風呂はなにがなんでも入らなければいけないのだ。
こういう時は……圭介くんに相談だ。
スマホで通話をかけるとすぐに出てくれた。
「うちのお風呂が壊れたみたいなんだけど」
「そっか、じゃあ修理呼ばないとな。その料金ってどこ持ちなんだろう? 愛遊なのか、設備の保守はオーナーとか不動産屋が持ってくれるのか……契約書確認しないと」
「それは私がやるし、今連絡しても今日は直らないよ」
「まぁそうだな」
「ってことで、問題は今からのお風呂なんだけど」
「わかった、うちの使っていいよ」
「うん、ありがとう」
通話を切って、着替えとシャンプーやコンディショナー、化粧水やらなにやらをまとめて、圭介くんの家に行った。まぁ数秒の距離だけど。
「今準備してるから」
「うん、ありがとう」
「先にどうぞ」
「レディーファーストができてるわね、さすが」
なんて話をしながら二人でテレビを見て、お風呂が沸くのを待った。
それから脱衣所に行く。同じマンションなので間取りは同じ。圭介くんの家出はあるけど、いつもの気分でお風呂にはいれる。
なんか不思議な気分……あれ、私、圭介くんの家で全裸になってるぞ?
それに、同じ間取りってことは…………カギがない構造も同じだよね?
圭介くんがその気になったら、何時でも乱入できるってこと?
あ、ヤバい……なんか緊張してきた。
っていうか乱入とか抜きにしても、私が浸かった後のお湯に圭介くんが入るのはなんか、なんか……ものすごく恥ずかしい気がする。
その逆はさらに恥ずかしい……。
なんかムリな気がしてきた。
ただの友達なら余裕だったんだろうけど、意識してしまってる今はもうムリ!
しかたない。
「あれ、なんか忘れ物?」
また服を着て部屋に戻った私を見て、圭介くんは首を傾げた。
「……ねぇ、ここから五分くらいのところに温泉あるの知ってる?」
「あるらしいな」
「市営だから割と安いらしいんだけど、今から行かない?」
「……お湯張ったのに?」
うっ、やっぱりそう来るか。
まぁ当然よね。その話をするなら、準備を始める前にしなくちゃ。今さらするのは明らかに遅すぎる提案だもの。
でも、ここのお風呂を断らないと私が恥ずか死ぬ。
もういっそここは正直に……。
「私が入った後のお湯に圭介くんが入るのって……なんかエッチなことしてるみたいに感じない?」
「……は?」
あれ、少しは共感してくれると思ったのに、なんか引かれてる?
私の想像力が豊か過ぎ……もしかして、圭介くんは私と同じお湯に浸かることをなんとも思ってない?
まさか異性という認識ではないの?
「なるほどねぇ、愛遊さん、ずいぶんとピンク色の脳みそしてますねぇ。桃色の入浴剤でも買ってきましょうか?」
ニヤニヤと笑いながら、挑発してくる圭介くん。
「私の妄想については一旦置いておくとして……ずいぶんと冷静そうじゃない?」
「そういう妄想は中学生の頃に腐るほどしてきたんでね」
してたんだ! 大差ないじゃん。
いや、男子中学生と同じレベルの妄想を女子高生の私がしてるっていうのは、やっぱりまずい?
「あの頃はそういうことばかり考えてて、プールがものすごくエロく感じたなぁ。これもう乱交パーティーじゃん、って」
なるほど、それが男子中学生……クソみたいな思考回路だ。
「しかし、今となっては通り過ぎた話だ。同じお湯を使ってもあんまり妄想しないから、そんなに気にしなくていいって」
「少しはするんだ……」
「まぁ少しはな。……毛とか浮いてたら、さすがに気になる」
「ムダ毛は永久脱毛済みだからそんなの浮かないよ!」
「髪の毛の話だったんだけど⁉ 長い髪の毛が浮いてたら、愛遊が入ってたんだなぁって実感するくらいの意味だったんだけど」
「………………っ‼」
とんだ墓穴を掘ってしまった。
「とにかく、この家のお風呂に入るのはちょっと気が引ける!」
「じゃあシャワーでいいんじゃない?」
「湯舟にゆっくり浸かりたいの。だから温泉行こうよ、温泉」
「別にいいけど、一緒に行っても一緒に入れるわけじゃないのになんでそんなに誘って………………混浴?」
「そんな市営温泉がある市には住みたくない! いいから行こうよ! 一人で行くのはさみしいの」
「……せっかくお湯張ったのに。まぁいいか。近所に温泉があるのに、一度も行かないんじゃもったいないもんな」
思い返してみれば、話している間中、圭介くんの目は笑っていた。
温泉に行くのを本気でイヤがってなんていない。私を少しからかっているだけで、ちゃんと一緒に行ってくれる気でいた。
そういうところなんだよね。
★★★
芸能界で活躍していた頃は、暗くなる前に家に帰ることはほとんどなかった。
ただし、その頃の夜の移動は全部車。暗い道を歩く機会はまずなかった。
この町に引っ越して来てからは、たまに遅い時間に外を出歩く。
うちでは圭介くんと私で交互に食事を作っていて、週に一回だけ外食することにしている。その時は、暗くなっても外にいる。
でも、それほど遅い時間まで外にいるわけじゃない。まだ人が出歩いている時間に、駅前の賑やかなお店に行くからだ。
なにが言いたいかと言うと……今歩いている暗い道がちょっと怖い。
今日向かう温泉は、普段行く駅前とは逆方向にある。住宅地の外れ、田んぼがすぐ近くにある辺りで、近づけば近づくほど街灯も人通りも減っていく。
理屈的には、たとえ真っ暗でも通行人がいない方が安全なはず。
ここは安全な道のはずだ。
でも、怖いものは怖い。
私が怖がっているのが伝わったのか、圭介くんが手を握ってきた。
どうして?
学校への行き帰りは、いつも手を握っている。
私たちは偽装カップルだから。そうして常に仲良しアピールしていた方が、より自然に偽装できるから。
でも、今は偽装する理由がない。
どうして手を握ってきたのだろう?
外を歩く時に繋いでることが多いから、癖になってるだけ?
それとも、私が不安そうだったから?
……繋ぎたかったから?
★★★
市営温泉は、思ったよりもたいしたことのない施設だった。
高校生三百円という安さで温泉に入れるから文句は言えないけど、まさか浴槽が二つしかないとはね。
それでも温泉。手足を伸ばしてのんびりとお湯に浸かれる。
極楽極楽――プールが乱交パーティー会場なら、同性しかいない温泉はレズビアンにとっては本当に極楽なのでは?
圭介くんが変なこと言ったせいで、余計なことが気になって温泉を楽しめないじゃないか。
まったく……。
じっくり温まって、お風呂から出て着替えを済ませて、ロビーに出ると圭介くんはもうすでにいた。
湯上りで頬が上気していて……色っぽい。
私はどうだろう? 色っぽいと思ってもらえるかな?
「お待たせ」
「うん。……」
私を見た圭介くんの動きが一瞬止まる。
見惚れてくれたみたいだ。
それだけで温泉よりも気持ち良くなってしまって、表情が緩みそうになる。
そこをぐっと堪えて、むしろしなを作ってうなじを見せつける。
「どうかしら? 私の色気は? セクシー系もいける?」
「かなりいい線いけるんじゃない?」
と、さらっと返してきた。
この男は……そこはもっとわかりやすく照れてよ。
そうやってほほ笑みを浮かべて余裕ありそうな返しをして……本当に余裕があるのか、演技をしてるのかわからない。
この天才子役め……もっと本心を顔に出せ!
だからどの口が言ってる!
「その辺のおじさんたちと一緒のお湯に浸かるのってどういう気分だった?」
「………………あのさぁ」
ちょっとした仕返しのつもりだったけど、結構効いたみたい。
効きすぎたみたい。割と本気でイヤそうな顔してる。
「ごめんね、今のはよくなかった。お詫びにアイス奢ってあげるよ」
温泉には売店が併設されていて、目立つ場所にアイスのショーケースがあった。
「この時間に?」
さすが圭介くん。奢ると言われてもすぐに飛びつかないあたり、意識が高い。
でも、せっかくの温泉、普段しないお風呂後のアイスとかしたい気分なんだよね。
「半分こにしない?」
「まぁそれなら」
ショーケースの中には、分けやすそうなモナカのアイスがあった。
それを買って、夜道を歩きながら二人で食べた。
いつもと違うことをしたけど、なにも特別なことなんてない一日だった。
でも、好きな人と一緒に過ごすことができた幸せな一日。
まだ仕事をしていたら、こういう時間は過ごせなかったはずだ。
そう思うと、引退したのも悪いことばかりじゃない気がする。
圭介くんもそう思ってくれていたらいいな。




