第15話 どの口が
遠足当日は天候に恵まれ、青い空がどこまでも続いていた。
俺たちはいつもの登校時間より少し早く学校に集合し、クラス毎にバスに乗って目的地の山へと向かった。
片道一時間半。県内とはいえかなり離れていて、普段はなかなか行く機会がない場所ということもあって、みんなそわそわした空気が出ている。
高校生にもなって遠足なんて――と言っていた人たちも、いざ当日になったらそれはそれで楽しそう。
素晴らしい天気の中、いつもとは違う場所で、みんなの笑顔に囲まれてバーベキューをしたら、それだけで素晴らしい思い出になることだろう。
それは間違いない。
雪が降ってもおかしくない気温の中、二日がかりの登山企画の最後にスタッフ含め全員クタクタの状態でやったバーベキューですら、なんだかんだ子ども時代の楽しい記憶として残っているのだ。
今日が最高の一日にならないはずはない。
……いや、万が一、須賀が告白に失敗した場合はその限りではない。
もちろん、そんなことなどめったに起きないのは理解している。
桜井さんは告白されることを知っていて、それを楽しみにしているのだ。
今回の告白は真剣勝負ではない。イベントというよりは、ただの儀式だ。
だから、須賀はなんの心配も気負いもなく、リラックスして行けばいいのだが……。
バスの中、俺の隣の席に座り、「緊張で吐きそう」とぶつぶつ言っている。
やめてくれ、吐くのだけは……それをされると、そこまでどんなに楽しくても一発で逆転される。
「一旦落ち着け。チョコでも食うか?」
「いらねぇ。甘いのは今一番ヤバい」
「そ、そうか。じゃあやめておいてくれ」
須賀がどれだけヤバい精神状態かは、この席順からすでに現れている。
バスの席は、二人掛けのシートが左右に並んでいるお決まりの形で、班ごとに通路を挟み四人並んで座る。
本来の予定では、俺と愛遊・須賀と桜井さんで分かれて乗るはずだった。
しかし、乗る一分前に「やっぱり交換して」と須賀が愛遊に頼み、男女で分かれて乗ることになった。
いっつもうちで並んで座ってるから、バスの中でまで愛遊の隣じゃないとイヤとは言わない。
他の男子と並んで座ってるわけでもないし。
でもさ、これから告白しようって言うんだから、須賀と桜井さんは並んで座るべきだろうが。
勝ち確とはいえ、バスの中で二人で楽しくおしゃべりしてエンジンを温めておくのがいいんじゃないか……と思うのだが、当の須賀はガチガチに緊張していて、とてもではないが桜井さんと二人になれる状態ではない。
「悪いな……なんか今日の桜井はいつもよりかわいく見えて」
「まぁいつもとメイクがだいぶ違うからな。実際いつもよりかわいいよ」
「そうなのか? いつもより輝いて見えるのはわかったが、そこで思考が止まって理由などは分析できなかった」
今日は告白されるつもりなので、その分気合を入れてきたのだろう。
桜井さんは、アウトドアよりはデートのようなメイクをしている。顔を見ればすぐに気付くレベルで普段とは別物だ。
そのことにも気付かないとは……相当の緊張だな。
大丈夫だろうか?
失敗するはずのない出来レースなのに、万が一が起きる可能性がなくもない気がしてきたぞ……。
★★★
バスが目的地に到着した。
ぞろぞろと降りて、一時間半ぶりの外の空気を堪能する。
山間部のせいか、普段の町より気温は結構低い。
風が吹くと周囲の木が一斉に鳴り、市街地では聞くことができない自然の音を聞かせてくれる。
それがとても心地いい。もうここでバーベキューしない?
「では、ここから登って行きます。みなさんくらいの年代でしたら、普通に上れば一時間半くらいですね。山頂でのバーベキュー開始まで二時間半くらいありますので、ゆっくり登って来ても大丈夫ですよ。ちなみに、過去には三十三分で登った先輩がいますので、体力自慢は挑戦してみてください」
うおおおお! と一部の生徒たちが盛り上がる。記録更新できなくても、最速で登った人がいる班はバーベキューにエビが追加されるらしく、それがモチベーションになっているようだ。
俺の体力では絶対にトップになれないだろうが、ムダとわかっていてもこういうイベントに挑戦するのは面白そうだ。
まぁ今日はそれどころではないのでスルーだな。
「じゃあ行こうか」
周りがスタートし、優勝狙いの人などすでに背中も見えなくなった後、俺たちは出発することにした。
俺たちは、途中にある神社で須賀と桜井さんを二人きりにしたい。
そのためには、早く登るのとは逆の方がいい。最後尾付近を歩き、大多数が神社を通過した後に到着するのが望ましい。
本当に最後尾になると、ケガや疲労で動けなくなった生徒がいないか見ている後続の教師に捕まってしまうため、あくまでも最後尾付近。
ということで、全体の八割が出発した後に歩き出した。
そして三十分。
「はぁ、はぁ…………しんどい」
愛遊が早くもへばっていた。
まだ二割くらいしか来てないのにな。
「愛遊ってそんな体力ないっけ?」
「お恥ずかしながら、今日が楽しみすぎて最近眠りが浅くて。今朝なんて、三時半に目が覚めてそれから一睡もできなかった」
子どもかよ。
まぁ俺も四時に目が覚めてそれから眠れなかったから、あんまり人のことは言えないが。
「圭介くん、おんぶして……」
甘えて来たな。
普段はそんなこと言わないから、その期待に応えてやりたいところだが……俺もそこまで体力に余裕があるわけじゃない。
「さすがにそれはムリ。リュック貸して」
「うん……」
愛遊の荷物を引き受ける。今日のために新調したリュックは、小さいながらもそれなりに容量が入るらしい。しかし、詰めすぎなのか結構重い。
登山なんて軽ければ軽いほどいいって、昔やった番組でプロに教えてもらったはずなのに。
それだけはしゃいでるってことかな。
「ぜぇ、ぜぇ……」
荷物がなくても愛遊の呼吸はなかなか戻らない。しかたないので、一度休憩することにした。
当たり前だが、こんなところで早くも休憩している人たちはいない。
この分だと途中の神社に着くころには、他の班はもう出発しているかもしれない。なら結果オーライだが……。
「愛遊ちゃん、大丈夫?」
桜井さんも心配して愛遊に寄り添ってくれる。
「うん、大丈夫……っていうか、今は私のことどころじゃないから。神社でのイベントに集中して」
「あ、うん……そうだね」
須賀が少し離れていたからいいけど、聞かれていたらいろいろ台無しになることを平然と口にしている。
愛遊がこんなミスをするって、かなり疲れてるんだな。
「お前たち、大丈夫か? 今なら引き返して、先生の車で頂上まで運べるけどどうする?」
休んでいる間に最後尾に追い抜かれてしまい、見守りの教師に心配されてしまった。
これは想定外のピンチだ。
「いえ、だいじょうぶです……だいじょうぶです」
愛遊は自分に言い聞かせるように立ち上がって、歩き出した。
友達が告白しようとしているのに、自分のせいでそれを台無しにはできない。
なにがなんでも予定通りに進めなければ――という気持ちが、これでもかと伝わって来る。
だから、俺も寝不足だけど覚悟を決めた。
そこからは愛遊を背負い、山道を歩くことにした。
★★★
そして俺たちは、ついに神社にたどり着いた。
ゴールのキャンプ場まではまだ遠いし、これから告白イベントもあるのだが、やり遂げた気分だ。
もう全部出し切った……体力も、精神力も。
少し休憩させてくれ。
「……俺ら休憩してるから……二人は神社の見物でもしてきて」
と、境内にあるベンチで横になり、須賀たちと別行動をすることにした。
図らずも自然な形で二人きりにできたな……どっちとも協力関係なので、そもそも図る必要はないのだが。
「圭介くん、水飲む?」
「……うん」
俺の背中に乗っていたおかげか、愛遊は俺よりも体力に余裕がありそうだった。
それでもまだふらふらとしていたが、水飲み場から水を持って来てくれた。
ここの水は、天然の湧き水であるらしい。
冷やしていないのに、まるで冷蔵庫から取り出したみたいに冷たかった。
「生き返る……」
冷たい水を飲んだせいか、汗がどばっと吹き出してきた。
それを拭いて、しばらく風に吹かれていると、体温がだいぶ下がってきた気がする。
このまま寝てしまえたらどんなに気持ちいいだろう。
「ご迷惑おかけしました……」
愛遊が深々と頭を下げる。
顔色はさっきよりだいぶよくなっていた。
「俺は大丈夫だけど、ずいぶんムリしてたな。ここまでキツそうなら、愛遊だけ車で上に運んでもらうってのもありだったかもな」
「かもね。でも、二人の告白に私も一枚噛みたかったんだよ。頼られたのになんにもしないうちに、全部進んでました、じゃさみしいでしょ?」
「それはな……。まぁ桜井さんの答えはすでに出てるわけだから、俺たちができることなんて別になにもないんだが……ところで、ずいぶん遅くないか?」
「そうだね。告白後だから人でイチャついてるのかもしれないけど、あんまり遅いと先生から足切りを言い渡されるかも」
「ちょっと様子を見に行くか」
「うん」
さっき二人が歩いて行った神社の裏手に回る。
そこは開けた場所になっていて、大自然が一望できる見晴らしスポットだった。
ここで告白するのは雰囲気として最高だな……なんて考えは、広場の中央にポツンと立つ二人の姿を見た瞬間に消えた。
なにをしているのだろう
二メートルほど離れて向き合って……まるでこれから告白するみたいな緊張感がある。
しかし、俺たちと別行動をしてから十分以上経っているのだ。
まだ告白してないなんてこと……あるのか?
「ねぇ須賀……話って? もうそろそろなにか言ってくれてもいいんじゃない?」
風に乗って桜井さんの声が聞こえてきた。
まだしていなかったらしい。
あいつ、十分以上この状態で踏ん切りがつかないでいたのか?
「いや、あの……えっと……」
しどろもどろに須賀が言う。
「やっぱりなにも――」
「ちょっと待った!」
須賀が告白をキャンセルしようとした気配を見せた瞬間、俺はたまらず割って入った。
告白する・されるつもりだったのに、中止になったらどっちも意気消沈するか、最悪激怒する。
それで全部終わり。二人は付き合うこともなく、これっきりになるかもしれない。
ここまで関わらせておいて、そりゃあんまりだろう。
サポートに徹するつもりだったが、こうなったら俺にだって一枚くらい噛む権利はあるはずだ。
バーベキューを台無しにしないためにも!
「梨野⁉ なんでここに――二人にしてくれって」
「それどころじゃないだろ。須賀、ビビるのはもうやめにしてくれ。失敗するのは怖いだろうが、それよりも怖いことが人生にはある。挑戦しないことだ。人間は死んだら天国に行くか地獄に行くかの審判を受けるそうだが、一番ツラいのは地獄に行く者ではなく、どちらに行くかの裁判を受ける権利がないほどなにもなさなかった者らしい。なにもしないってことはそれだけ罪なんだよ。だから、ここでなにもしないのはダメだ。踏ん張って、言うべきことを言ってくれ!」
「梨野……わかった。桜井、オレはお前のことが――」
十分もの間、踏ん切りがつかなかった須賀に対し、桜井が呆れて愛想を尽かす展開もなくはなかった。
でも、そうはならなかった。
最終的に一歩を踏み出した須賀を桜井は受け入れてくれて、二人は無事付き合うことになった。
それからの二人は、見ているこっちが恥ずかしいくらいで……。
手どころか、腕を組んで山道を登っている。
ほんの少し前までは告白さえできなかったくせに、今はすっかりイチャついて……「好きです」の一言を口にするだけで、人間の世界とはこうも変わるものなのか。
しかも、俺と愛遊のリュックを持ってくれているのだ。
自分のと合わせて二人分の荷物を持ちながら、腕を組んで歩いているのだ。
恋の力とは恐ろしい。
そして愛遊はと言うと、俺と肩を組んで一歩ずつゆっくり歩いている。
休憩を挟んでも、自力で登山できるほどには回復しなかったが……おそらく、この状態ならなんとか登り切れるだろう。
しかし、
「なにもしないのは罪――カッコイイことを言いますねぇ、圭介くんは。一体どの口が言ったのやら」
と言いながら、俺の肩に回した手で、俺の頬をつねってくるのはどういうことか?
一体なにが不満なのか。
そして最も奇怪なのは、もう片方の手で自分の頬をつねっているのだ。
「なにやってるの?」
「どの口が言ってる、と圭介くんに言うのはどの口か……と思ってさ」
一体なにを考えているのやら。
さすがの俺も、今の愛遊ばかりは理解できなかった。




