第12話 腹の探り合い
愛遊と映画を観に行った翌日の月曜日――この日の朝食担当は俺だ。
いつもなら、前日の夜と翌日の朝がセットの料理当番。しかし、昨日の夜は外食で済ませたため、今回は少し負担が軽い。
その分少しがんばらないとな。
愛遊の気持ちを胃袋から掴めるとは思っていないが、だからって手を抜いていい理由にはならないのだ。
朝食ということで軽く、しかししっかりと満足感を与える。かつ栄養豊富に……。
そういう条件を手っ取り早く満たせるのは卵だ。
卵をよくかき混ぜ、牛乳を入れて、塩コショウで味付け。温めたフライパンにバターをたっぷり(ここが重要)と乗せて溶かし、卵を流し込む。
火加減は基本的に弱火。さらに適宜火からフライパンを遠ざけ、温度を低く保つ。
なかなか固まらない卵にイライラせず、時間をかけてゆっくりと調理する。
軽く固まってきたら崩れないように形を整えて……ふんわりトロトロのオムレツができあがり。
「ふふ、完璧だな」
オムレツは得意中の得意だ。
料理番組のイベントで、お客さんを前に作ったことがあるのだ。絶対に失敗できないから、毎日卵百個以上使って練習していた。
オムレツに関しては、軽くプロの領域だ。
「いやぁ相変わらず見事な手際だね。オムレツに関してだけは素直に負けを認めるしかない」
愛遊が俺の後ろで感想を述べた。
普段は準備ができてから呼ぶことが多い。が、卵料理は出来立てを食べてほしいので作り始める前に呼んでいた。
トーストとオニオンスープ、サラダの準備もすでにできているので、いつものダイニングテーブルにそれらを並べて、いただきます――となるはずだったのだが、愛遊がおかしなことを言い出した。
「オムレツにケチャップで文字書いてよ」
そう言って、ケチャップを俺の前に置いた。
「自分でやれば?」
「圭介くんに書いてほしいなぁ」
「……なんて書けばいい?」
「そうだねぇ……【スキ♡】で」
「うちはメイド喫茶じゃないんですよ」
「でもメイド服着てテレビに出たことあるよね?」
「あるけど。それ関係ある?」
「いいから圭介くんに書いてほしいの。ほら、早く。せっかくのオムレツが冷めちゃうよ」
愛遊め、どういうつもりだ?
オムレツはこれまで何度か作ってきたが、一度もそんなおねがいしなかったくせに。
突然どういう風の吹き回し……まぁ気まぐれでふざけてるだけだろうけど。
しかし、よりにもよって【スキ♡】って……まるで俺の気持ちに気付いているかのようだ。
こんな形で告白させられるくらいなら【魑魅魍魎】の方がまだマシなのに。
まぁやるけどね。
しっかりやってやるとも。
変にビビったり、キョドったりしない。心を込めてしっかり書いてやる。
本当の感情を顔に出さず、演じることに関して俺はプロなのだ。
「ス、キ……はーと……っと。これでどうだ」
「女の子みたいな丸文字で書きやがって……圭介くんに照れはないの?」
「メイド服着てテレビに出ていた男に対してなに言ってるんだ。さて、今度は俺の番だな。なにを書いてもらおうか」
「私もやるのか……なんでも来いだけどね」
「【スキ♡】で」
「えぇ……」
愛遊がちょっと引いた顔をしている。
偽装カップルに過ぎない俺たちは、家ではカップルみたいなことはしない。
だから、オムライスに【スキ♡】なんて書いてもらうことはできない。
しかし、今なら別! 愛遊が気まぐれで変なことを言ってきたから、それに乗っかって同じ文字を書いてもらうなら流れ的に自然。
だから、このチャンスは逃せない。
「朝っぱらからそんな求愛行動してくるとか、圭介くんってば私のこと大好きかぁ……」
「ええ大好きですよ。ってことで、しっかり書いてくださいね~、俺よりかわいい字を書けなかったらなんか罰ゲームね」
「突然変なルールが……じゃあ私の方がかわいかったら圭介くんが罰ゲームね」
「あっ、余計なこと言ってしまった……」
「へへっ、じゃあここは気合い入れてとびっきりかわいいのを……ぎゃあああっ! ぶちゅっ、ってケチャップが飛び出した! いきなり大失敗だ! ねぇこれはノーカンでしょ? 実力じゃなくて不運だから! っていうかちょっとうまいよりウケるから私の勝ち」
「俺の勝ちな気がするけど……まぁドローでいいか」
「よし、ゴネ勝ちしたぞ」
ふぅ、と息を吐く愛遊を身ながら、俺もちょっとほっとしていた。
流れで頼んだはいいが、愛遊に全力で【スキ♡】なんて書かれたら、喜びが表情に出る可能性はゼロじゃなかった。
そうしたら気持ちに気付かれてしまっていただろう。
小さな頃から一緒にいて、ついこの間再開したばかり。
そんな相手にいきなり恋愛感情を向けられた時、愛遊がどう反応するか……さすがの俺も想像できない。
まぁそれでもちょっと想像してみるか。
ケース1:成功
「私も大好き! これからは本物のカップルとして幸せに暮らしましょう!」
ケース2:失敗
「えっと……ごめんね。圭介くんはそういう感じの相手じゃないから……」
ケース3:同情
「あ、そうなんだ……私は別に……なんだけど。まぁ他に相手もいないし、とりあえず偽装カップルの偽装の字はないつもりで振る舞ってくれてもいいけど……それ以上のことは求めないでね?」
たぶんすべての確率が同じくらいある。
三分の一は勝利なので、突撃する価値はあるのかもしれないが……今の生活が壊れるのは避けたい。
なので、ここは一旦様子見。
愛遊が俺に抱いている感情が、家族愛に近い友情なのか、それとも恋愛感情なのか、それを見極めるまでは、うかつに自分の気持ちは表に出せない。
なにせ愛遊は目ざといからな。それも異常なほどに。
昔、共演していた女子アナのスタジオ入りをちらっと見た瞬間「あの人彼氏できたかもしれない」と言っていた。
数日後、プロ野球選手のインタビュー映像を見て「あの女子アナの彼氏はこの人だ」と断言していた。
二年後、その二人が結婚した。それまで世間はそんな気配を一切感じておらず、大騒ぎになったが……愛遊だけは勝ち誇っていた。
「女子アナのメイクが変わって、前より柔らかい印象になった。それまで球団のロゴ入りの服ばっかり着てた選手が、突然ブランド物の服を着るようになった。それらのタイミングが一致した。導き出される答えは一つ」
絶対他にも可能性はあったと思うのだが、とにかく愛遊は誰よりも早くその二人の熱愛を見抜いていた。
名探偵どころではない。
そんな愛遊から自分の気持ちを隠さなければいけないのだから、よほどがんばらなければいけない。
愛遊の気持ちを把握し、告白できるかどうかを見抜くまで、完全に隠し通してみせる。
★★★
圭介くんの気持ちを探るべく朝から動いてみたが、見事にかわされた。
そのかわし方は巧みだった。
私に好意を持っているのは間違いない。
好きは好きなはずだ。少なくとも親友とは思われている。
問題は、恋愛的な意味の好きなのかどうか……。
客観的に見れば、私はすごく美人だ。ものすごくモテる。
同年代の男子の初恋の半分くらいは私なんじゃないか、ってくらい人気があった。
年が近い相手で、私がアプローチして落ちない男はいないだろう。
ただし、圭介くんは例外。
私とあまりに近すぎる。
お互いの動きを完全に一致させるために、鏡合わせのようにして生活していた時期もある。
今はそうでもないが、昔は半分くらい同一人物だった、といっても過言ではない。
そんな圭介くんが私に恋をするということは、自分に恋をすると言っているのに近い。
はたしてそんなことがあるだろうか?
ないとは言えないが、あるとも言い難い。
今朝のアプローチでは……表情からは、どう思っていたのか読み取れなかった。
自分のことが一番わからないのが人間だというが、自分とそっくりの相手の気持ちを見抜くのも難しいらしい。
偽装カップルの偽装の文字を取るだけなら簡単だ。
圭介くんは、私と肌が触れあうと嬉しそうな顔をする。偶然にせよなんにせよ、胸が触れると特に嬉しそう。
そういう時だけは、いかにあの天才子役(元)でも演じられないようだ。
だから、色仕掛けをすれば、簡単に落とせるだろう。
……大きな声では言えないが、とある清純派女優から、男を落とす色仕掛けの方法をいろいろ聞いたことがある。それらを少し駆使すれば、結構エッチな圭介くんは、軽く落ちるだろう。
でも、それじゃダメだ。
初めての彼氏。しかも相手は、私のことを誰よりも知っている圭介くん。
そんな人と付き合うようになったきっかけが色仕掛けなんて……そんな安っぽい始まりは、この私のプライドが許さない。
なぁに、まだ始まったばかりだ。
焦ることはない。
私たちは引っ越して来たばかりの町にいて、学校以外のコミュニティには属していない。その学校では恋人で通っている。
つまり、邪魔は一切入らない。
圭介くんはもう、私の手の中にいるのも同然なのだ。




