第11話 ベッドシーン
「なぁ愛遊、今度の休みに映画観に行かないか? というか絶対に行こう」
私が夕食の片付けをしていると、圭介くんがそんな話をしてきた。
「映画? 別にいいけど、それじゃまるでデートみたいじゃない。休日にまで偽装カップルしなくていいと思うけど、そんなに私と一緒にいたいの?」
「そういうことじゃない」
圭介くんがムッとした表情になる。
ちょっとした冗談なんだから、そんなに怒らなくてもいいのに。
「秋菜ちゃんが主演の映画が封切になるんだよ」
ムッとした感じは一瞬で消え、圭介くんは表情を和らげそう言った。
気分がコロコロ変わるわけではない。怒っているように見えたのは演技……あるいは大げさに表情を作っただけなのだろう。
子役時代は表情を大げさにした方が好まれていたが……まったく、この男はいくつになってもそういう部分が抜けないなぁ。
「秋菜ちゃんって、あの秋菜ちゃん?」
「映画に出るような秋菜ちゃんを他に知ってるか?」
「知らない!」
秋菜ちゃんは、私たちのお姉ちゃんだ。
もちろん本当の姉ではない。そもそも私と圭介くんに血の繋がりはないので、共通の姉などいるはずがない。
秋菜ちゃんは、いわば気持ちの上での姉だ。
ずっと昔――私たちは朝ドラにレギュラー出演したことがある。
主人公一家の子ども役。私たちは小学校に入ったばかりの双子で、そのお姉ちゃん役を演じたのが秋菜ちゃんだった。
私が春海、圭介くんが夏海、で秋菜ちゃん――私たちと秋菜ちゃんは事務所も違うので、その並びには全然関係がないんだけど、朝ドラは撮影期間が長く、一緒にいる時間もそれだけ多かったから、本当のお姉ちゃんみたいに感じられた。
私の十年以上の芸歴の中でも、特に思い出深い共演者の一人だ。
「これは映画館まで観に行かないといけないだろ?」
「そうだね。行こう!」
芸能界というふるい落としの激しい世界で、私たちは脱落した身。
昔の共演者が成功している姿を観るのは、正直辛い。でも、秋菜ちゃんなら別。
妹弟として観に行かないとね。
★★★
秋菜ちゃんが出演する映画は、それほど多くの映画館で上映されているわけではなかった。
なんと……うちの県では上映しないらしい。
そんな映画だから、宣伝費も抑えられていて、よほど注目していないと存在を知ることも難しい。
圭介くんに言われるまで私が知らなかったわけだ……。
というわけで、電車に乗って一時間半。隣県まで移動した。
まさか映画を観るために県を超えて、往復三時間もかけなければいけないとは……。
移動だけで結構大変だったけど、隣県のその街は、私たちが住んでいるところよりずっと大きくて、久しぶりに都会に戻って来たという感じがする。
静かで、窓の外を見れば緑の山々が見える今の町も好きだけど、ビルに囲まれた土地はやっぱり落ち着く。
それほど注目を浴びていない映画らしく、封切して最初の週末だというのに、空席は少なくなかった。
私たちから見ると、秋菜ちゃんはすごいお姉ちゃんという感じなんだけど……それでも、主演映画がこんな状態になるのか、と少しショックだった。
それでも、私たちと違って芸能界で生き残っているのはすごい。
秋菜ちゃんは自慢のお姉ちゃんだ――なんて話を圭介くんとしながら待っていると、劇場が暗くなって映画泥棒がスクリーンに映し出された。
★★★
「…………」
「…………」
映画を見終わった私たちは、近くにあったカフェに移動した。
そこで軽食を食べながら、映画の感想を語る―なんて―定番のことをしようと思っていたのだけれど、なんか言葉が出て来ない。
もちろん二人とも元プロなので、語ろうと思えばいくらでも語れる。
演技論から、脚本、演出……それぞれで深い話ができる自信はある。
でも、そういうのをわいわいと話す気分にならない。
なぜなら……、
「思ったより大人な映画だったなぁ」
圭介くんが言ったように、そういう内容だったから。
なるべくフラットな状態で観ようと思ったので、なにも調べずに映画館に行った。
だから、あのシーンはかなり衝撃的だった。
濃厚なキスシーンと……やけに長いベッドシーン。恋人役の男の人と同じベッドに潜り、色っぽい声を出しつつ、布団がもぞもぞと動くあのシーン……。
R18の映画じゃないので、はっきりと見えていたわけではない。
長いシーンだと思ったけど、もしかしたら数十秒くらいだったかもしれない。
でも、すごいショックだった。
映画のそういうシーンを観たことがないわけじゃない。
自慢じゃないが、演技の勉強のために古今東西の映画をかなり観てきた。
昔の作品だと、年齢制限がないのに、おっぱいが丸見えになっている作品だって少なくない。
そんな時代のベッドシーンはそれはもう激しくて……。
だから、そんなことにショックを受けたわけじゃない。
秋菜ちゃんがキスシーンやベッドシーンをしていたことにショックを受けたのだ。
私たちより年上とはいえ、当時は同じ子役仲間だった。
お姉ちゃんではあるけど、あくまでも子どもで……そういうシーンをやるイメージはなかった。
秋菜ちゃんは大人になったんだなぁ……とか、あれほどの人がベッドシーンのある作品に出て、それでもこんな扱いなんだ……とか、そういう意味でのショック。
赤の他人なら全然気にしないけど、知っている人だから気になってしまうわけだ。
「秋菜ちゃんの喘ぎ声とか聞きたくなかった……」
圭介くんは私よりさらにショックを受けている。
その理由、私は知っている。
圭介くんの初恋の人は秋菜ちゃんなのだ。
当時の圭介くんは、秋菜ちゃんがいるとすぐに駆け寄っていき、引き剥がされるまで離れようとしなかった。
ずっと昔の話とはいえ、そんな人のベッドシーンはさぞ観てて苦しいだろう。
「はぁ……」
圭介くんはイスにだらしなく座り、テーブルに突っ伏し、視線だけ私に向けて来た。
「秋菜ちゃんでこれだけショックだったら、愛遊がベッドシーンしてたらどれだけ辛かっただろう」
「……そういうこと言うのってセクハラにならない? あと、愛遊にはベッドシーンの撮影とかないから」
「楽々に……」
そう、その辺はちゃんと分けてもらいたい。
皆川愛遊と春海楽々は同じ体を使ってはいるが、完全に同一人物とも言い難い。
私はその役になりきるタイプの女優だから、春海楽々という人物を演じていたところも少なからずある。
「年齢的にまだムリだけどね。続けていたら……いずれあったのかな」
「やめてくれよ。そんなの観たくねぇよ……」
「そんなこと言ってもねぇ、そういう仕事をもらったらやるしかないけど……いや、そういうのを求められていないから、結局全部の仕事がなくなったのか」
どうやら私は子役のイメージが強すぎたらしく、子どもらしさのかけらもないセクシーな見た目になったら、需要が激減した。
もしなんとか芸能界にしがみつこうとしていても、ベッドシーンのある役などはきっともらえなかっただろう。
それとも、だからこそチャレンジする展開もあっただろうか? 子役のイメージを払拭するため、あえてベッドシーンを……でも、そういう役者ありきの演出は、だいたい失敗する。
「私のそんなシーンはどこにも需要は……いや、待てよ。相手役次第ではあるにはあるのかな?」
「え、誰が相手だと需要あるんだ?」
圭介くんがなんか不安そうな顔をしている。
私はとっくに引退していて、“もしも”の話なのに、なにがそんなに気になるんだか。
まぁ教えてあげよう。ある意味、最も聞きたくない話かもしれないけど。
「相手が夏海流々だったら、需要あるんじゃない?」
「俺? いや、それは……えぇ……」
思った通りドン引きしてる。
「小さな頃からコンビでやってきたから、そんな二人がベッドシーンしたら盛り上がると思わない?」
「う~ん……案としては面白いが……俺とそういうシーンできる?」
「え?」
ざっくりと二人でベッドシーンをしてみたらどうだろうと考えただけであって、ちゃんと考えて口にした案ではない。
しかし、圭介くんにそう言われて、具体的に想像してみた。
具体的と言っても、本当に具体的な想像ができるわけではない。
ベッドシーンがあるような作品に出演したことはあるが、さすがに子役はそういうシーンの撮影現場に立ち会わせてはもらえない。
本当に裸なのか、それともヌーブラのようなものを付けているのかも知らない。
撮影にどれくらい時間がかかるのか……
どれくらいの体の接触があるのか……。
でも、きっと相当の時間がかかるのは間違いない。接触も相当あるはず。
仮に下着くらいはあったとして、圭介くんとそういうことをする――。
「へ、へへっ……」
「今のはどういう反応だ?」
「意外とリアルに想像できて、自分の想像力の豊かさが自分で少し気持ち悪いな、と……」
「リアルに想像できたのか」
「職業病で……へへっ」
なんて笑ってごまかそうとしてみるが、実際のところは、笑い話にできないくらい現実味を帯びて思い描くことができた。
というより、相手は圭介くんがいい。特に最初のベッドシーンの仕事であれば、絶対に圭介くん以外は考えられない。
むしろそれ以外はイヤだ。
でも、こんなこと言ったら、本気で気持ち悪がられるかもしれないから、言わないけれど。
……やっぱり気持ち悪がられるだろうなぁ。
双子よりそっくりな他人として八年も一緒にやってきて、なるべく相手に似せようとしてきた相手にそんなこと言われたら。
私としては、圭介くんにそう言われたら、嬉しいんだけど。
★★★
三年間離れていて、再開してから気付いた。
圭介くんほど私のことを理解してくれて、一緒にいて安心できる人は、きっとどこにもいない。
誰かとこれほどの信頼関係を気付くことは、もしかしたらもうできないかもしれない。
だからうかつに見せるわけにはいかない。
私の、彼に対する本心を――。
大丈夫、私は天才子役(元)。演じるのは得意中の得意だ。
たとえ圭介くんでも、見破られないように演じ切る自信はある。
本心はうかつには見せないが……いずれはちゃんとさらけ出す。
勝利を――圭介くんが私の気持ちを絶対に拒まないと確信できた時に。




