表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元・天才子役は一般人になりたい  作者: 宵月しらせ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/11

第11話 ベッドシーン

「なぁ愛遊(あゆ)、今度の休みに映画観に行かないか? というか絶対に行こう」


 私が夕食の片付けをしていると、圭介くんがそんな話をしてきた。


「映画? 別にいいけど、それじゃまるでデートみたいじゃない。休日にまで偽装カップルしなくていいと思うけど、そんなに私と一緒にいたいの?」


「そういうことじゃない」


 圭介くんがムッとした表情になる。

 ちょっとした冗談なんだから、そんなに怒らなくてもいいのに。


「秋菜ちゃんが主演の映画が封切になるんだよ」


 ムッとした感じは一瞬で消え、圭介くんは表情を和らげそう言った。

 気分がコロコロ変わるわけではない。怒っているように見えたのは演技……あるいは大げさに表情を作っただけなのだろう。

 子役時代は表情を大げさにした方が好まれていたが……まったく、この男はいくつになってもそういう部分が抜けないなぁ。


「秋菜ちゃんって、あの秋菜ちゃん?」


「映画に出るような秋菜ちゃんを他に知ってるか?」


「知らない!」


 秋菜ちゃんは、私たちのお姉ちゃんだ。

 もちろん本当の姉ではない。そもそも私と圭介くんに血の繋がりはないので、共通の姉などいるはずがない。

 秋菜ちゃんは、いわば気持ちの上での姉だ。


 ずっと昔――私たちは朝ドラにレギュラー出演したことがある。

 主人公一家の子ども役。私たちは小学校に入ったばかりの双子で、そのお姉ちゃん役を演じたのが秋菜ちゃんだった。


 私が春海、圭介くんが夏海、で秋菜ちゃん――私たちと秋菜ちゃんは事務所も違うので、その並びには全然関係がないんだけど、朝ドラは撮影期間が長く、一緒にいる時間もそれだけ多かったから、本当のお姉ちゃんみたいに感じられた。

 私の十年以上の芸歴の中でも、特に思い出深い共演者の一人だ。


「これは映画館まで観に行かないといけないだろ?」


「そうだね。行こう!」


 芸能界というふるい落としの激しい世界で、私たちは脱落した身。

 昔の共演者が成功している姿を観るのは、正直辛い。でも、秋菜ちゃんなら別。

 妹弟として観に行かないとね。


★★★


 秋菜ちゃんが出演する映画は、それほど多くの映画館で上映されているわけではなかった。

 なんと……うちの県では上映しないらしい。

 そんな映画だから、宣伝費も抑えられていて、よほど注目していないと存在を知ることも難しい。

 圭介くんに言われるまで私が知らなかったわけだ……。


 というわけで、電車に乗って一時間半。隣県まで移動した。

 まさか映画を観るために県を超えて、往復三時間もかけなければいけないとは……。


 移動だけで結構大変だったけど、隣県のその街は、私たちが住んでいるところよりずっと大きくて、久しぶりに都会に戻って来たという感じがする。

 静かで、窓の外を見れば緑の山々が見える今の町も好きだけど、ビルに囲まれた土地はやっぱり落ち着く。


 それほど注目を浴びていない映画らしく、封切して最初の週末だというのに、空席は少なくなかった。

 私たちから見ると、秋菜ちゃんはすごいお姉ちゃんという感じなんだけど……それでも、主演映画がこんな状態になるのか、と少しショックだった。


 それでも、私たちと違って芸能界で生き残っているのはすごい。

 秋菜ちゃんは自慢のお姉ちゃんだ――なんて話を圭介くんとしながら待っていると、劇場が暗くなって映画泥棒がスクリーンに映し出された。


★★★


「…………」


「…………」


 映画を見終わった私たちは、近くにあったカフェに移動した。

 そこで軽食を食べながら、映画の感想を語る―なんて―定番のことをしようと思っていたのだけれど、なんか言葉が出て来ない。


 もちろん二人とも元プロなので、語ろうと思えばいくらでも語れる。

 演技論から、脚本、演出……それぞれで深い話ができる自信はある。

 でも、そういうのをわいわいと話す気分にならない。

 なぜなら……、


「思ったより大人な映画だったなぁ」


 圭介くんが言ったように、そういう内容だったから。

 なるべくフラットな状態で観ようと思ったので、なにも調べずに映画館に行った。

 だから、あのシーンはかなり衝撃的だった。


 濃厚なキスシーンと……やけに長いベッドシーン。恋人役の男の人と同じベッドに潜り、色っぽい声を出しつつ、布団がもぞもぞと動くあのシーン……。

 R18の映画じゃないので、はっきりと見えていたわけではない。

 長いシーンだと思ったけど、もしかしたら数十秒くらいだったかもしれない。

 でも、すごいショックだった。


 映画のそういうシーンを観たことがないわけじゃない。

 自慢じゃないが、演技の勉強のために古今東西の映画をかなり観てきた。


 昔の作品だと、年齢制限がないのに、おっぱいが丸見えになっている作品だって少なくない。

 そんな時代のベッドシーンはそれはもう激しくて……。

 だから、そんなことにショックを受けたわけじゃない。


 秋菜ちゃんがキスシーンやベッドシーンをしていたことにショックを受けたのだ。

 私たちより年上とはいえ、当時は同じ子役仲間だった。

 お姉ちゃんではあるけど、あくまでも子どもで……そういうシーンをやるイメージはなかった。


 秋菜ちゃんは大人になったんだなぁ……とか、あれほどの人がベッドシーンのある作品に出て、それでもこんな扱いなんだ……とか、そういう意味でのショック。

 赤の他人なら全然気にしないけど、知っている人だから気になってしまうわけだ。


「秋菜ちゃんの喘ぎ声とか聞きたくなかった……」


 圭介くんは私よりさらにショックを受けている。

 その理由、私は知っている。

 圭介くんの初恋の人は秋菜ちゃんなのだ。


 当時の圭介くんは、秋菜ちゃんがいるとすぐに駆け寄っていき、引き剥がされるまで離れようとしなかった。

 ずっと昔の話とはいえ、そんな人のベッドシーンはさぞ観てて苦しいだろう。


「はぁ……」


 圭介くんはイスにだらしなく座り、テーブルに突っ伏し、視線だけ私に向けて来た。


「秋菜ちゃんでこれだけショックだったら、愛遊がベッドシーンしてたらどれだけ辛かっただろう」


「……そういうこと言うのってセクハラにならない? あと、愛遊にはベッドシーンの撮影とかないから」


「楽々に……」


 そう、その辺はちゃんと分けてもらいたい。

 皆川愛遊と春海楽々は同じ体を使ってはいるが、完全に同一人物とも言い難い。

 私はその役になりきるタイプの女優だから、春海楽々という人物を演じていたところも少なからずある。


「年齢的にまだムリだけどね。続けていたら……いずれあったのかな」


「やめてくれよ。そんなの観たくねぇよ……」


「そんなこと言ってもねぇ、そういう仕事をもらったらやるしかないけど……いや、そういうのを求められていないから、結局全部の仕事がなくなったのか」


 どうやら私は子役のイメージが強すぎたらしく、子どもらしさのかけらもないセクシーな見た目になったら、需要が激減した。

 もしなんとか芸能界にしがみつこうとしていても、ベッドシーンのある役などはきっともらえなかっただろう。


 それとも、だからこそチャレンジする展開もあっただろうか? 子役のイメージを払拭するため、あえてベッドシーンを……でも、そういう役者ありきの演出は、だいたい失敗する。


「私のそんなシーンはどこにも需要は……いや、待てよ。相手役次第ではあるにはあるのかな?」


「え、誰が相手だと需要あるんだ?」


 圭介くんがなんか不安そうな顔をしている。

 私はとっくに引退していて、“もしも”の話なのに、なにがそんなに気になるんだか。

 まぁ教えてあげよう。ある意味、最も聞きたくない話かもしれないけど。


「相手が夏海流々だったら、需要あるんじゃない?」


「俺? いや、それは……えぇ……」


 思った通りドン引きしてる。


「小さな頃からコンビでやってきたから、そんな二人がベッドシーンしたら盛り上がると思わない?」


「う~ん……案としては面白いが……俺とそういうシーンできる?」


「え?」


 ざっくりと二人でベッドシーンをしてみたらどうだろうと考えただけであって、ちゃんと考えて口にした案ではない。

 しかし、圭介くんにそう言われて、具体的に想像してみた。

 具体的と言っても、本当に具体的な想像ができるわけではない。


 ベッドシーンがあるような作品に出演したことはあるが、さすがに子役はそういうシーンの撮影現場に立ち会わせてはもらえない。

 本当に裸なのか、それともヌーブラのようなものを付けているのかも知らない。


 撮影にどれくらい時間がかかるのか……

 どれくらいの体の接触があるのか……。

 でも、きっと相当の時間がかかるのは間違いない。接触も相当あるはず。


 仮に下着くらいはあったとして、圭介くんとそういうことをする――。


「へ、へへっ……」


「今のはどういう反応だ?」


「意外とリアルに想像できて、自分の想像力の豊かさが自分で少し気持ち悪いな、と……」


「リアルに想像できたのか」


「職業病で……へへっ」


 なんて笑ってごまかそうとしてみるが、実際のところは、笑い話にできないくらい現実味を帯びて思い描くことができた。

 というより、相手は圭介くんがいい。特に最初のベッドシーンの仕事であれば、絶対に圭介くん以外は考えられない。

 むしろそれ以外はイヤだ。

 でも、こんなこと言ったら、本気で気持ち悪がられるかもしれないから、言わないけれど。


 ……やっぱり気持ち悪がられるだろうなぁ。

 双子よりそっくりな他人として八年も一緒にやってきて、なるべく相手に似せようとしてきた相手にそんなこと言われたら。

 私としては、圭介くんにそう言われたら、嬉しいんだけど。


★★★


 三年間離れていて、再開してから気付いた。

 圭介くんほど私のことを理解してくれて、一緒にいて安心できる人は、きっとどこにもいない。


 誰かとこれほどの信頼関係を気付くことは、もしかしたらもうできないかもしれない。

 だからうかつに見せるわけにはいかない。

 私の、彼に対する本心を――。


 大丈夫、私は天才子役(元)。演じるのは得意中の得意だ。

 たとえ圭介くんでも、見破られないように演じ切る自信はある。


 本心はうかつには見せないが……いずれはちゃんとさらけ出す。

 勝利を――圭介くんが私の気持ちを絶対に拒まないと確信できた時に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ