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37.イケメンがキレると怖い




地鳴りが周囲に響き渡る。

まるで災害だ。地震のようなそれに人々は避難し、あっという間に人の気配がなくなる。


「…お前が、同じ勇者の村の出身であることが恥ずかしいよ」

「生意気だぞ!俺の方が!先に勇者になったんだ!」

「だから、何だ」


ギロリと睨みつけば自称勇者は怯みたじろぐ。同じ勇者であるはずなのに雲泥の差だ。


「あの村では勇者になった順番なんか関係ない。より、勇者に近い者がその役目を与えられる。……お前も習ったはずだ」

「っ、お、俺の方が、王に相応しいはずなんだ…!」

「……それがお前の本音か」


勇者の手から鎖がジャラッと出現する。鎖の先端には槍のような、おもりのようなものが付いていてとても重そうだ。


「くっ来るな…!」


逃げの姿勢。自称勇者が手に入れたばかりの瞬間移動テレポートで逃走を図る。マズイ、アルバトロスからも逃げおおせたスキルだ。いくらこの勇者が強くても、スキルには勝てな––––


高速移動ブリンク


勇者は軽くその場を蹴ると一瞬にして自称勇者の前へ回り込んだ。え、はや。


「ひ…!?」

「勇者が、敵に背を向けるな」


鋭い声とともに強烈な蹴りが自称勇者の腰に入る。バキッと音が聴こえた。あれは痛い。自称勇者も「アガッ」と悲鳴を上げる。


ドガンッと壁に打ち付けられ崩れ落ちた自称勇者に、手に持っている鎖を一気に振り下ろす。鎖は勇者の手足のようにギュルギュルと自在に動き、瞬く間に自称勇者を縛り上げた。まさに神業、鮮やかな手際である。


「ぐ、くそっ…!」

「…全く、村を出てもお前は問題ばかり起こすな」

「アルファ様…!」

「見事だ。これが本物の勇者か」


もう安全とみなし、勇者に駆け寄る。自称勇者はもう逃げられない。優秀なスキルを得たとしても、それを扱う者が相手より格下の場合、スキルは無効化される。


「お騒がせいたしました」


さっきまでの殺伐とした気配から一転、勇者はあの優しげな態度で私に向き直った。…ほんとに同一人物かな?


「シイユ様。僕、一度この碌でなしを村へ連れて帰ります」

「えっ。帰るんですか? 衛兵に引き渡せば、自ずと村へ帰されるはずですが…」


国王によって自称勇者はもう強制送還扱いとなっている。わざわざ勇者自ら連れて行かずとも良いのでは。そう思ったが、いち兵士ではまた逃げられる恐れがあるのだという。


「勇者の持つスキルは、一般の兵士では歯が立ちません。それだけ元々の“勇者”が強いのです。…それでも、僕には敵いませんでしたが」

「そう…なのですか…」

「はい」


にこ、とまた人当たりのいい笑みを浮かべる。


「すぐ戻りますので、どうぞご安心ください」


忠実な騎士がそうやるように、勇者も跪き私の手の甲にキスをした。はわ、イケメン…。










その後、父経由で自称勇者の顛末てんまつが伝えられた。

村に突如現れた勇者。瞬間移動テレポートで自称勇者を連行し(貴方も使えたんですね…)、スキル封じの手枷てかせを装着させたのち彼を村の労働者として活動させることに。

村長からは自称勇者による度重なる失態の謝罪の申し入れがあったが、丁重にお断りしておいた。もうね、お仕置きは勇者がやってくれたので。

しかも。


「……本当に、よろしかったのですか?」

「ええ。僕としては最良の結果です」


勇者が、私の従者に加わることに。

いいんか。私魔王やで。

あとから聞いた話、勇者は私の従者になりたかったらしい。理由は分からん。


そしてさらに。


「………えぇっと、本当によろしかったのですか…!?」

「ふふ。ええ。もちろん」


にこにこ笑顔の王子が。

なんと、ケルヴィン王子までもが私の従者に志願した。どうせいつかは棄てるつもりだったという王家の称号、この機会に返上してきたと。


「騒ぎに巻き込まれた際、私の護衛はぴくりとも動きませんでした」

「あ、そういえば」


クロードとユイですら私を守るために動いていたというのに、第二王子の護衛としてついてきていたはずの彼らは傍観するのみで近付こうともしなかった。きっと、命を落とそうが構わない、という扱いだったのだ。

それだけ、ケルヴィン王子の命は王家で軽く見られている。


「元々私の監視のために派遣されたような者達です。守る気などさらさらなかったのですよ、最初から」

「…でも、そんな簡単に…」

「あんな国で飼い殺しにされるくらいなら、心に決めた女性に仕えた方が有意義です。…それとも、私がおそばにいると邪魔ですか…?」

「う…!」


どいつもコイツも、顔の使い方を分かってやがる…!!

きゅうぅん、という鳴き声が聴こえてくる。勇者が子犬なら、王子は中型犬である。どちらも顔が良い…!!


「ああそれと、私はもう王子ではないので、“ケルヴィン”と呼び捨てで結構ですよ」

「へ…!!?」


あ、いや、そうか。今までは王子だったから様呼びだったけど、王族でなくなったのなら様呼びは変なのか。


「…か、かしこまりました」

「敬語も不要ですね」

「ひ…!?」


にっこにこで圧をかけられる。待って…!!!


「わ、私は王族なので…! これは通常運転と申しますか…!」

「…そうですか。では、いずれは私にも敬語なしでお話しいただけるのをお待ちしておりますね」


なんか、王子だったときよりも距離が近い…!!


誰か助けて…!! と思ったら背後から別の存在に包み込まれる。

クロード!?ユイ!!?どっちだと見上げるとまた別の意味で悲鳴が出そうになる。


「シイユ様が困ってるだろ。下がれ、ケルヴィン」

「ぴ…」

「…何で君の方が先に呼び捨てなんだ」

「王室を離脱したのなら、もう対等だ」








そしてもう一つ。


「…この方が、あいつの言っていた冒険者」


勇者と先代魔王のご対面。

長年私と協力関係にあり、私から自称勇者を引きつけてくれていたアルバトロスを勇者と面会させた。

何やらとても重苦しい雰囲気が漂ってはいるが、まあ大丈夫だろう。


『シイユ。シイユ』

『え、アルバトロス?』

『この勇者、俺の正体に気付いてる』

『えっ。マジで?』

『冗談でこんなバッシバシに殺気飛ばしてこない』

『てことは、私の正体も気付いてる?』

『それは分からん。とにかくコイツめちゃくちゃ怖いです』


先代魔王を怖がらせるってなにごと…?





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