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水無月蔵光の冒険譚  作者: 銀龍院 鈴星
第二章 新人冒険者として
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第37話 クライ渓谷

ようやくクライ渓谷にやって来ました。


第37話 ~クライ渓谷~

そこは、ジヨーグ地区の北西部分に位置する山岳地帯で、ピータバ村の南西部に広がる森を抜けるとその姿を現す巨大な渓谷である。

蔵光らはそのクライ渓谷へ向かう森の道を進んでいたが、案の定、天候は崩れ、雨が降りだしていた。

皆、雨具を着ている。

雨雲は低く厚く垂れ込め、森には、高さが軽く100mを越え、幹の太さも10mを越えるという、樹齢1000年といわれる木々が乱立し、その巨大な木の枝が上空の隙間を埋めつくしている。

また、その山道は普段からうっそうと繁るこれらの森の木々のせいで非常に薄暗く、この天気も相まって更に森の中を暗くしていた。

そして、地面は雨でぬかるみ、(まと)いつく泥土が足の進みを遅くする。

山道といっても、決して舗装されている訳ではなく、その行く手には巨大な岩がゴロゴロと転がり、その間を縫って進んでいくしかなかった。

ある程度進んだとき、森の中にやや魔素の濃度が上がる。

黒い霧のようなものが立ち込めている。

どこから涌き出ているのかわからないが、間違いなく負の魔素だ。

正常な魔素と違い、負の魔素は魔物の力を促進、吸収しすぎると場合によっては凶暴化させる効果を持つ。

魔族はこの負の魔素を自らの活動エネルギーにするとともに、それらを集めて魔力と成し、魔法を行使する。

つまり、負の魔法使いなのである。

負の魔法は強力なものがあるが、正常な魔法と違って普通の人間には使うことはできない。

魔力の元となっている負の魔素自体が人体に有害なのだ。

ちなみに正常な魔素とは綺麗な川や海の水や、木々等から溢れでており、人間の魔力と密接な関係を持っている。


「うーん、これはまずいですね。これ以上魔素が濃くなると、先に進むのは危険かも知れません。」

ヘルメスが黒い霧のようなもやを見て言う。

「そうかぁ~ワイはめっちゃ気持ちエエけどな。」

とゼリーが言うと誠三郎がすかさず、

「それは、お前が魔物だからだろう。」

と言う。

「多分、この少し先がクライ渓谷だと思う。あと、何か、その方向にいるんだが、魔物ではない、恐らくこの間見た、魔族の一人だと思う。」

蔵光がそう言うと、誠三郎やヘルメスらが反応した。

「何ですと?」

「何ですって?」

「えっ?嘘?」

誠三郎、ヘルメス、ヴィスコの順に驚くと蔵光は話を続ける。


「まあ、まだこの濃い魔素のおかげで気付かれてはいないけど、遅かれ早かれ気付かれるのは時間の問題だな。ゼリー!」

ゼリーは蔵光から声をかけられたが、自分が何をするべきか、わかっていた。

「はいよ、はい(みんな)、こっちに集まって~!はい、隠蔽魔法っと。」

ゼリーが今回、使ったこの魔法は、この間盗賊団『蜂の巣』の時と、魔族がノースヨーグ砦に向かっている時に使用した魔法で、自分の気配を遮断し、魔力も遮断、姿を透明化して、相手に自分の存在を気付かせないという魔法である。

あと追加で、負の魔素から身を守る結界魔法も付け加えられた。


「やっぱりすごい!こんな魔法、私、使えない。」

ヴィスコが唸る。

B級魔法使いは上級職といっても下位の魔法使いだから、使える魔法としては元素魔法数種とそれらのLv2魔法が使えればいいらしい。

例えば、火魔法であれば、

小火球(ミニファイヤーボール、Lv1)、中火球(ミドルファイヤーボール、Lv2)

の2つでOKらしい。


ちなみに、生活魔法は火球の魔法よりも、かなりの魔力操作能力が必要とされるので誰でも簡単に家庭で使えるというものではない。

そりゃそうだろ。

そんなことを誰もが使えてしまえるのなら、苦労はしない。

誰もが魔法で火をおこし、湯を沸かし、水で洗濯し、乾燥もさせる、掃除も出来て不自由無しなど、誰もがみんなそんなんだったらホントに苦労しない!

生活といっても王族や貴族等のお抱え魔法使いが王族達の生活を支えるために使っていたことからそう呼ばれるようになっただけだ。

考えても見てくれ、一般の農家の者達が生活魔法といって、小火球よりも魔力操作が難しい小さい火を操作し、清浄な水を供給し、お風呂や料理のためにお湯の温度を変化させ調節することが出来ると思うか?知識も技術も必要だし、詠唱もいるんだぞ!魔法学校にも通わない、通ったこともない者が、そんな高等魔法を使えるなんて、出来るわけ無いだろ!


魔法世界『マーリック』の魔法人口は1000人に1人の割合で魔力持ちといわれる者が生まれる。

魔力を持っていたからといって、全ての人間が魔法使いになるわけではない。

そのうち魔力操作能力に長けた5~10%の者が魔法使いの適正を持つと言われている。

なので元々魔法使いの数は非常に少なく、又、様々な魔法を行使する魔法使いは更に限られてくる。

そういう事情もあってヴィスコはゼリーの魔法に驚いたのだ。


ゼリーの使った魔法は種類で言えば高等、若しくは上位の魔法といわれる部類に入る。


「ぜ、ゼリーちゃん、そっ、その魔法今度教えてくれる?」

ヴィスコがゼリーの魔法に興味を持つ。

目がキラキラしている。

元々、蔵光もゼリーの使う色々な魔法に興味があったのだが、蔵光は火や風など、水魔法以外で行使できる魔法は無く、特に今回の様な気配遮断などの魔法はスキルとして『気配遮断』を持っているので、取り立てて覚える必要もないためヴィスコ程には食いついていかない。


「ああ、エエよ、ちょっとヴィスコには難しいかも知れへんけんどな。」

「うーん頑張る!」

ヴィスコは両手のひらを握りこんで胸の高さまで持っていきガッツポーズをする。


今はまだ朝だが、薄暗い森の中に雨は降り続いている。

時々、鳥なのか、獣なのか…鳴き声が聞こえるが、それ以外は特に何もざわつくこともなく雨音だけが周りを包む。


そして、蔵光達の歩く音も、静かな森の中へ吸い込まれていく。


前方の森の木々が少なくなり、少し明るくなってきた。

低木が増えてくる。

「もうすぐ、森を抜けます。」

ヘルメスがそう言うと、言葉通り、約100mくらいで森が開けた。

そして、眼下に巨大な渓谷が現れた。

クライ渓谷である。


蔵光達の立っている場所は、丁度、巨大な谷の上部分になり、渓谷の下の方は雨の影響もあり、もやがかかり、先までは見通せない状況であるが、その姿は蛇が進むかのごとく、グニャグニャと蛇行して曲がりくねり、また、その内側はゴツゴツとした岩壁の連続であり、その高さも100m以上の断崖絶壁で、何十kmにも渡って続いている。

谷の幅は約50m~200mくらいあり、内側へ反り返った壁面は、他者を寄せ付けない何かを感じさせる。


「す、凄い……」

ヴィスコが渓谷の威圧感に圧倒される。

誠三郎が、谷を見下ろしながら、

「まだ、ここは谷の入り口だ、谷を進むなら降りたほうが進みやすいが、この雨だ、鉄砲水が怖いな。」

と言うと、蔵光は、

「たぶん大丈夫だよ、セイさん、雨は上がってくるよ。」

こういう時の蔵光はよく当たる。

「そうですか?ではこのまま下へ降りましょう。」

そう言って、谷の下へ降りられる場所を探す。

その時であった。

蔵光がヘルメスに注意する。

「ヘルメス、そっち、右から何か出てくるよ。」

「えっ?」

かなり注意しないとわからないが、茂みの中から大きさが約2.5m位の巨大なカマキリ型の魔物が出てきた。

「大カマキリだ。」

色もやや濃いめの緑色で森に同化しているのか、全く気配を感じない。

気配遮断スキルと同じ働きをしているようである。

恐らく蔵光が言わなければ全くわからなかったであろう。

大カマキリは、気配遮断している蔵光らに全く気付かず、こちらに近付いてくる。

「倒しますか?」

ヘルメスが誠三郎に聞く。

「いや。別にいいんじゃないか、君達もいらぬ体力を使う必要はないと思うから。」

「わかりました。」

「でも、このくらいのを倒せたら結構いい値段で引き取ってくれるんだけどなあ。」

とヴィスコがゼリーに小声で呟く。

「へぇーホンマか?」

と会話をした途端、大カマキリに気配を察知された。

だが、隠蔽魔法が効いているので、姿だけが見えない状態のため、大カマキリはキョロキョロとして周囲の気配を探っている。

なお、この魔法は同じ術者の魔法がかかっていれば、掛けられた者同士だけに姿は見えるが、声は術を掛けられていないものにも聞こえる。


ちなみに声を聞こえなくしたり、声の質や音量を変えたりするには別の魔法が存在する。


『しーっ』

ヴィスコが右手の人差し指を唇にあてて、ゼリーに静かにするよう促す。

ゼリーも、了解の意味を示すため、頭の上に両手を持っていき、丸を作ろうとしたが、頭が大きく手が短いため、上に届かないので体の前で手で小さく丸を作った。


今回のクエストは討伐ではない、大カマキリは魔物であるが、蔵光達には目的が別にあるので、討伐等で寄り道をする必要はない。

蔵光達くらいの実力があれば討伐もいいだろうが、今回、ヘルメスやヴィスコなどのように実力が、調査先のレベルと合わず、実力が不足したりしていれば大変危険な行為である。

逆に、それによって怪我をしたり、最悪仲間が死亡したりして、クエストが履行できなくなったりすれば、それは冒険者として失格となる行為であり、そちらのほうに問題がある。


蔵光達は、何とか谷の下へ降りられそうな場所を探しだした。

たぶん、他の冒険者もここを利用したのか、崖の手前の土の部分に足跡が多数残されていた。その場所は、壁面へ斜めに入ったひび割れが、内側へ約50cmくらいずれた状態となっていて下まで続いていて、階段とまではいかないが、比較的、苦労せず下へ降りられそうであった。


まず最初に蔵光が下まで降りた。

当然、彼はそのまま下へ飛び降り、難なく着地した。

ヘルメスとヴィスコが唖然としていたが、それは普通の反応である。

下までは約100m以上あり、いくら足場があるといってもたかだか50cmくらいの幅である。

手すりもなければ、(つか)みやすい木も生えていない。

霧やもやの影響で岩壁は濡れて滑りやすく、何とか掴める岩も、足場の岩も全て危険な状態だ。

なので、他のといってもヘルメスとヴィスコだけだが、この二人は、壁面に貼り付くような格好でゆっくりと降りて行き、それをゼリーと誠三郎がフォローしていくという格好だ。

また、蔵光が先に下へ降りたのは理由があった。

それは、冒険者達の足跡の状態だった。

足跡の中に森の方へ向けて、つま先が深く沈んでいるものがいくつかあった。

これは本来、安全な場所では不自然な足跡である。

『人は攻撃に入るとき、自然とつま先に力を入れる。』

つまり、これは森の中の何かと戦いながら、付いた足跡であると蔵光は判断した。

ということは、この()()()()()()()は彼ら、つまり、魔物の格好の()()であると、判断されたのだ。

ここで待っていれば必ず下へ降りる獲物が通ると考える魔物がいたとしたら必ずその場所には魔物がいるはず。

つまり、先程の大カマキリと同じように、下にも(なにがし)かの魔物が潜んでいる可能性が高いのだ。

隠蔽魔法を施しているとはいえ、もし、その魔法を無効にする魔物がいないとも限らない。

そのため、斥候として下へ降りたのだ。

最強の斥候だが……


案の定、その用心が功を奏した。

ワイバーンである。


この周辺のワイバーンは約5m~10mと、他の地域のものと比べると谷あいに住むためかやや小型であるが、かなり性格は狂暴といわれていた。

冒険者ギルドタスパ支部のギルドマスターのジアドが以前自分達のパーティーで倒したというのもワイバーンだといわれている。

ワイバーンは龍種でいえば超小型の種類のドラゴンになり、最大でも20mは越えない。

またワイバーンは脇の部分から広がった翼膜を使って飛行して、獲物を補食するタイプの竜種で、翼が背中から生えていないことから、一部の地域(ジパングとか魔の森林地帯とか)では『亜竜種(ありゅうしゅ)』とか『蛇竜種(じゃりゅうしゅ)』といって、龍にさえ認めてもらえない種類でもある。


ちなみにジパング王国では、『古龍種』と『龍種』が竜種とされ、『古龍種』とは体長が成龍で200mを越え、寿命も5000年以上とされるもので、魔力値も非常に高く1億M(マーリョック)以上ともいわれていて、魔法も使え、人語も解するといわれている。ほとんどが伝説上の生物で目撃例はない。

反面『龍種』は成龍の体長が50mを越え、寿命も1000年以上、体つきは古龍種とよく似ていて、頭部には角を持ち、前足と後足、尻尾の他、背中に翼を有し、いずれも超硬度な外鱗で覆われていて、爪や牙、尻尾を使った攻撃はかなり強力であるといわれている。

そのため、たまに発見される死体から取れた鱗や骨、牙等は盾や防具などに利用され、その高い防御能力から高額で取引されている。


龍種は一般に森の魔物や動物を補食しているといわれ、時には人間をも襲う時があるといわれている。

龍種によっては金銀財宝を好むものもいるとのことで、それらは胃袋の他にあるといわれる『収納胃袋』という器官に入れられるといわれているがその存在は定かではない。(~水無月家の資格者~参照)

また、龍種の体内には『火炎袋』と呼ばれる器官があり、そこに引火性、爆発性の高い液体を分泌して貯めているといわれ、口の中の着火牙を打ち鳴らして火花を発してから火炎袋内の液体を吐き出して着火させ、口から火炎を噴き出す。

その火炎は一瞬で森の木々を燃やし尽くすといわれている。


ワイバーンにはこの火炎袋がないため、『龍種』に入っていないともいわれているが、冒険者にとって危険なことは間違いない。


そのワイバーンが蔵光達の目の前に現れた。






ところで、ゼリーちゃんは雨の時、長靴履くの?

ゼ「履かへん」

ふーん

ゼ「なんでや?」

いや、『長靴をはいたスライムネコ』とか面白そうかなと…

ゼ「おう?なんかエエ響きやな…」

そうやろ

ゼ「カラバ侯爵に頼もかな?」

なんでカラバ侯爵知ってるんや!?

ゼ「極秘事項や!」

またそれか!

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