三十五、若菜 下
柏木は、相変わらず朱雀の養子に連絡をとっているようです。
弓の催しのため、多くの人が私の家を訪れました。
髭黒の人や夕霧も参加しました。柏木もやってきました。柏木は、なにやら心ここにあらずといった様子で、夕霧は心配していました。
柏木は、冷泉のところにいる弟や、冷泉の跡継ぎのもとを訪れているようです。どういった思惑か、飼われていた猫の一匹を借り受け、大層可愛がっているそうです。
玉鬘の人は、結婚後も、夕霧と親しくしているようです。夕霧にとっても、弟ではあっても冷泉の跡継ぎの配偶者である明石の人との息子より、気安いのでしょう。
玉鬘の人は、髭黒の人とも仲睦まじく、娘たちを可愛がっているようです。ただ、髭黒の人と前夫との間の息子、真木柱の人は、真木柱の人の父方の祖母であり、紫の母でもある式部が手元で育てているので、なかなか会いに行くことも難しいようです。
この真木柱の人と、私の妹である蛍が結婚しました。
ところが、蛍は亡くなった前夫に思いを残していて、なにやらしっくりいかなかったようで、真木柱の祖母である式部も、母である髭黒の人も、父である髭黒の人の前夫も、この結婚を嘆いています。玉鬘の人も案じているようですが、髭黒の人の前夫が、蛍に恨み言を言ったりで、ますますこじれてしまうそうです。
何年か経ち、健康上の問題もあり、冷泉が引退しました。冷泉には子供もなく、私の異父姉である朱雀の娘が跡を継ぎました。この朱雀の娘の父君は、髭黒の人の弟君で、その縁もあり、髭黒の人も重要な仕事を任されます。この髭黒の人の弟君は、娘が後を継ぐ前に亡くなっているのは、残念なことです。
なにはとあれ、明石の人との息子との間に生まれた娘が、この度、朱雀の娘の跡継ぎとなり、私も嬉しく思いました。夕霧も、更に重要な仕事を任され、頑張っているようです。朱雀の娘と明石との人の息子との間には、この跡継ぎの娘の他にも子供たちが産まれていました。
この明石の人との息子は、変わらず紫をもう一人の父と慕い、頼りにしています。
私は、朱雀の養子との結婚を続けながら、紫とも親しくしていました。紫は、時に不安を訴えますが、私は慰めました。明石の人は、陰ながら息子を支えています。明石の人の父君も、幸せそうに見守っていました。
私は、明石の人との息子や紫、明石の人、また明石の人の父君も一緒に、お参りに行くことにしました。
舞も奉納され、とても見事でした。明石の人の父君は、亡き明石の人の母君を思い出されたようです。
その後、音楽を楽しみました。紫は、普段あまり外出もしないので、とても興味深いようです。皆で楽しみました。
朱雀の養子である三男は、朱雀から受け継いだ資産などもあり、華やかに過ごしているようです。一方で、紫は、心細く感じているのかもしれません。朱雀の目も気になり、私は朱雀の養子のところにもよく顔を出すようにしていました。紫は紫で、朱雀の娘と明石の人の息子の間に産まれた子供の面倒を見たりで、気持ちを落ち着かせているようです。
花散里の人も、夕霧と、かつて交際していた惟光の息子との間に生まれた子供の面倒をよく見ています。
髭黒の人とも親しくしており、玉鬘の人は紫のもとへもよく顔を出しているようです。
朱雀はあまり体調が良くないなか、やはり養子の三男が気がかりなようです。健康のために、若菜など口にしてもらおうと考えています。
他にも、音楽を用意し、髭黒の人の娘たちや、夕霧と惟光の息子との間の娘たちやなどに舞の練習などもしてもらっています。
朱雀の養子の三男も、琴を少し習っていたと聞いたので、私が教えることにしました。はじめは不安そうでしたが、段々上達してきました。
明石の人の息子も、朱雀の娘が第三子の出産を控える中、私の家にも顔を出しました。琴の音色を喜んでいました。
明石の人やその息子は、箏や琵琶を奏でますので、是非一緒に演奏してほしいと、私は朱雀の養子を励ましました。やる気になってくれたようで、熱心に取り組んでくれました。
梅の盛りになった頃、試しに合わせてみることになり、髭黒の人と玉鬘の人の娘に箏を、夕霧の娘に横笛を用意してもらい、明石の人は琵琶、紫は和琴、明石の人との息子には箏の琴、朱雀の養子には琴をそれぞれ弾いてもらうことにしました。また、夕霧にも横笛を吹いてもらいました。更に、夕霧には琴も合わせてもらいました。
特に明石の人の音色は格別です。紫も優しい音色を奏で、明石の人との息子も優雅な様子です。朱雀の養子は、まだ未熟ですが、上手になりました。
月がでてきましたので、灯りをつけました。朱雀の養子は、気品があって青柳のような風情があります。一方で、明石の人との息子は控えめで、藤の花のようです。紫は桜のようですし、明石の人は花橘のようです。
夕霧はやや落ち着かない様子です。かつて憧れた紫や、結婚相手の候補であった朱雀の養子が気になるのでしょう。
夕霧と、今宵の演奏や、琴の習得の難しさについて語り合いました。
その後はくつろいで、「葛城」など演奏し、楽しみました。
頑張ってくれた髭黒の人と玉鬘の人の娘や夕霧の娘を誉め、夕霧には礼を伝えました。
部屋に戻り、紫と朱雀の養子の上達ぶりについて話しました。また、話のついでに、紫は体の不調などを訴え、私の側から身を引きたいと言い出しましたが、私は押し止めました。
私は、葵や六条の人、明石の人など、かつての思い人たちについて紫に話しました。
その後、私は朱雀の養子のところに顔を出しました。
紫は、夜遅くまで起きていて、体調を崩したようです。私や朱雀の養子に遠慮して連絡もなかったのを、明石の人との息子から聞いて、私は紫のもとに駆けつけました。
熱も高く、食欲もないまま、数日が過ぎました。医者にみせてもよくならず、二か月が経ちました。私は、朱雀の養子のところへ顔もださず、紫に付き添っていました。明石の人との息子も見舞いに来ましたが、紫は出産間近の朱雀の娘を気遣っていました。
少しよくなったかと思うと、また悪くなり、心配でした。
一方で、柏木は、朱雀の次男と親しくしていました。朱雀のかつての恋人との子で、素晴らしい方でしたが、朱雀の三男に思いを寄せていた柏木の心は晴れないようです。
朱雀の三男の秘書は、私のところと同じように、朱雀の三男の家庭教師の子で、柏木の家庭教師の身内だったことから、柏木は朱雀の三男のこともよく聞いており、長く気にかけていたようです。
紫の看病のため、私が全く朱雀の三男のところへ顔を出さなくなっていたことを、柏木も聞いていたのでしょう。
何としても会いたい、と朱雀の三男の秘書にかけあったようです。幾度も断られても諦めなかったせいか、ついに秘書も折れたとか。
ただ、朱雀の三男の心を慰めたいというだけならともかく、やはり会ってしまうと、思いを告げたので、朱雀の三男は驚いたでしょう。それでも、二人は親しくなってしまったようです。
こうした事情を私が知ったのは、ずっと後になってからなのですが。
その後、柏木は引きこもりがちになったようですが、この時の私は知りませんでした。ただ、朱雀の三男が体調を崩したと聞き、紫だけでなく、この人までと驚き、駆けつけました。
朱雀の三男はふさぎこみ、目も合わせてくれません。私は、こちらになかなか来れなかったせいだと思い、色々と話しかけましたが、朱雀の三男は私を避けていました。
柏木は柏木で、祭り見物にもいかず、朱雀の次男に心配をかけても、落ち葉に例えて嫌みを言うなどしていたようです。
紫はいよいよ病が重く、私は六条の人の最期を思い出しました。私の行いが巡り巡って紫を苦しめているのではないかと、そら恐ろしくなります。
紫の見舞いに、柏木や紫の母君など、多くの人が訪れます。夕霧もひどく狼狽していました。
やがて紫は持ち直しましたが、まだ安心できず、私は重苦しい気持ちを抱えていました。朱雀の三男のところへ顔を出す気にもなれません。
そんな頃、柏木が身籠ったらしい、という噂を聞きました。
紫も落ち着いてきたようなので、私は朱雀の三男のところに顔を出すことにしました。
朱雀の三男は、いつにも増して口数が少なく、私は申し訳なく思って、色々と話しかけ、しばらく滞在しました。
朱雀の三男の秘書の顔色が優れないことも気になります。
やがて、私は、朱雀の三男が柏木と連絡をとっていることに気付きました。
やがて私は、朱雀の三男と柏木の間になにがあったのか、理解しました。
私は、朱雀の三男と柏木への怒りを抑えることができませんでした。
一方で、私と藤壺の人のことを思い出し、亡くなった母はなにもかも知っていたのではないか、と今更ながら思ったりもするのです。
私が動揺していることは、病に苦しむ紫にも伝わってしまったようで、かえって気遣われてしまいました。
私は自然と朱雀の三男のところから足が遠のきました。朱雀の三男と柏木は相変わらず連絡をとっているようです。二人とも、なにを考えているのでしょうか。
それでも、時折、朱雀の三男の様子を見に行きました。しかし、会っても自分が苦しくなるだけです。朱雀の三男も、私が気づいたことが分かるのか、お互いに居心地の悪さを感じます。
こんな時は、玉鬘の人を思い出します。好意を寄せられても受け流す様は、今思えば見事なものでした。
時間をみつけては、朧月夜の人に連絡を取ります。世間と距離を置き、静かに暮らしているようです。この人のために、辛い思いをしたことなどが思い出されます。紫とも、昔語りをしました。
朧月夜の人だけでなく、朝顔の人も静かに暮らしていて、寂しく思います。
また、子を見守る苦労などにも思いを馳せ、明石の人との子に産まれた孫たちのことを改めて紫に頼みました。
紫は、朧月夜の人たちのような、静かな生活にも心ひかれるようですか、朧月夜の人への贈り物を、花散里の人に頼もうとするなど、変わらず私を気遣ってくれます。
朱雀の長寿を願う宴を考えていましたが、なかなか都合がつきません。落ち葉の人が朱雀のところへ顔をだした際、柏木も同行したそうですが、体調が思わしくない様子だったとか。
朱雀の三男も体調が良くなく、朱雀も気がかりなようです。私としても、更に気持ちが沈む思いです。
朱雀の三男には気を付けるように伝えました。
夕霧は柏木を気遣っているようですが、なにがあったか、想像もしていないでしょう。
十二月になり、朱雀の祝いのための準備が本格的になってきたので、試しに舞や音楽をあわせてみることになりました。
まだ体調は万全ではありませんが、紫も起き上がり、明石の人との息子も顔を出します。孫たちも連れてきてくれました。
玉鬘の人も来てくれました。
夕霧は普段から練習に励んでいるようで、花散里の人が見守ってくれています。
柏木にも来てほしいと伝え、はじめは断られてしまいましたが、葵の姉君にも頼み、来てもらうことになりました。
私は訪れた柏木をねぎらいましたが、柏木は口数が少なく、控えめでした。それでも、舞や楽など様々に趣向を加えてくれました。
髭黒の人や紫の母君も訪れました。
夕霧の娘や、紫の母君の孫なども、舞を披露し、皆感激していました。柏木ただ一人かふさぎこんでいるので、私は声をかけましたが、恐縮しているようでした。
家に戻った柏木は、いよいよ体調を崩し、葵の姉君なども随分心配していました。
朱雀も見舞い、私も葵の姉君に見舞いを伝えました。夕霧も何度も見舞いに訪れているようです。
こういった時ではありますが、あまり先にのばしてしまうのもよくないので、朱雀の長寿を祝う宴を盛大に催しました。




