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十六、関屋
母が亡くなった翌年でしたが、お互いに思いあった空蝉の人は遠方に赴きました。私が須磨へ行ったことも聞いたようですが、どうすることもできなかったのでしょう、私が戻った翌年、戻ってきました。
その後、たまたま、旅先の出入り口である関で行き合わせました。かつて進学を世話し、小君と呼んでいた彼の妹はすっかり立派になっていましたので、言伝てを頼みました。
旅先から戻ると、空蝉の人の妹が訪ねてやってきました。彼女を介して、連絡をとることができました。
しばらくして、彼の義理の母である女将が亡くなりました。女将の既に亡くなった娘で空蝉の人の妻であった女性の連れ子であった軒端の荻の人は、空蝉の人をなにかと気にかけてくれる素振りをみせたようですが、空蝉の人は心休まらす、距離をおいていたとか。私としても気がかりでしたが、いずれ時がきたら迎えにいこうかとと考えていました。




