十四、澪標
異父姉の朱雀には頼りにされています。朱雀は、健康も回復してきた一方で、そろそろ引退を考えはじめていました。ただ、朧月夜の人のことを案じているようです。朧月夜の人も、優しく誠実で、私との事で責めようとしない異父姉に、大きく心を動かされたようです。
やがて私と藤壺の人との子が成人し、冷泉と名乗るようになりました。私によく似ているのを知って、藤壺の人は心配していました。異父姉はこの子にあとを譲ると決めました。私もより重要な職務につくよう要請されましたが、断り、葵の両親が呼び戻されました。葵の姉も戻り、活気に溢れています。葵の姉は、息子の一人が冷泉と親しくなったら、とも考えているようです。
葵との娘、夕霧もすっかり大きくなりました。
私は家に手を入れ、花散里の人なども過ごせるよう取り計らうつもりでいます。
一方で、明石の人のことも忘れることができません。私は彼の子供を身籠っており、出産しました。元気な男の子でした。
明石の人を迎えいれたいとも思い、二条の地に家を急いで造らせるよう催促しました。
明石の人が心細くしていないか、気にかかり、母に仕えていた人の息子に行ってもらうことにしました。
そのかいあって、明石の人も、私に会いたいと気持ちを固めてくれたようです。
紫には、他の人の口から聞くよりは、と生まれた子が明石の人との間の子だとを伝えました。紫は嫉妬を押し殺そうとしていましたが、私には一層いとおしく思えました。
子供が産まれてのちに、明石の人にはこちらへ来るように伝えていました。彼としては気後れする気持ちもあったようですが、受け入れてくれました。私は安堵しましたが、紫はやきもきしてしまうようです。私は紫をいかに大事に思っているか伝えましたが、それでも紫の心は落ち着かないようでした。
紫や明石の人を気遣うことも多く、久しぶりになってしまいましたが、花散里の人のもとを訪れました。この人は、久しぶりに会うからと言って拗ねるようなこともなく、私としても気が楽でした。
花散里の人だけではなく、私は様々な方と巡りあってきましたが、どの方のことも忘れることができず、思いを残しています。中には、才能がありながら、日々の糧にはお困りの方もいらっしゃることですし、なにか支援しながら生活していくかとはできないものかと考えるようになっていました。
忘れることのできない人の中には、あの朧月夜の人のことも含まれます。彼は、連絡しても答えてくれませんが、一層、私の思いは募るのです。
異父姉の朱雀は、引退し、のんびりと過ごしていました。藤壺の人も、折に触れ娘の冷泉を訪ね、心満ちた生活を送っているようです。
朱雀の父は憤慨しているようですが、私は気にせず過ごしています。
藤壺の人の姉、兵部は、私が須磨に行ったりと身辺が落ち着かない頃、あまりやりとりもなく、私としては彼女への信頼を損ねました。藤壺の人は心配しているようですが、私としては、態度を改めるつもりはありません。
他の多くの青年と同じように、兵部の息子も冷泉と親しくなりたいと考えるようです、私としては、このようなわけで、取り立てて支援するつもりもありませんでした。
秋に、住吉を訪れました。聞くところによると、明石の人も来ていたようですが、私には葵との娘の夕霧のほか、連れも多かったため、彼は気後れしたようで、会うことはありませんでした。
惟光から明石の人が訪れていたことを聞き、なんとか連絡を取りました。私のところに来て欲しいと、惟光を通じて身を尽くして伝えましたが、彼としては思い悩んでいるようでした。
六条の人が戻ってきました。彼とはいろいろありましたので、私としても気持ちの整理がつかず、なかなか会うこともありませんでした。そうこうしている間に、彼は重い病を得てしまいました。お見舞いに伺うと、すっかり弱っていました。そして、残される息子のことを私に頼みました。それでいて、彼の息子と私が、彼と私のようにはなって欲しくないと訴えます。私は安心するようにと伝えました。その他も、度々、お見舞いに伺いました。
七、八日たって、六条の人は亡くなりました。私は彼を弔い、彼の息子を引き取りました。親しく話すうちに、段々と打ち解けてくれるようになりました。愛らしいところがあり、私は冷泉と親しくなったらいいのでは、と思いました。
とはいえ、父親を失った悲しみはすぐには癒えず、沈んだ気持ちを抱えていたようです。
私は藤壺の人に相談することにしました。
藤壺の人も、冷泉とのことに賛成してくれたので、私としては安堵しました。六条の人の息子は、年の近い紫とも親しくなり、頼もしく思えます。まだ年若い冷泉よりは少し年上ですが、同じくらいの年の兵部の息子より好ましく思えました。




