一
町のスピーカーが父の名前を呼んだとき、父は私の向かいで、柿をむいてもらうのを待っていた。
*
その朝のことから書く。
父は六時に起きた。起きると、まず右の手首に腕時計を巻く。文字盤の擦れたセイコーで、旋盤工だったころから同じものを使っている。左は空けとくんや、機械に寄せる手やからな。それが父の口癖で、工場をやめて二十年になるのに、時計は今も右にする。三年前に病院で認知症と言われてからも、それだけは忘れなかった。
時計を巻くと、父は縁側に出て、ハイライトに火をつける。母が生きていたころ、母がそれを嫌がると、父は母を怒鳴った。母が死んでからは、怒鳴る相手が私になった。
「おい、新聞」
「おい、茶」
父は私を、名前で呼ばない。
七時半に、隣の林のおばあちゃんが、ゴミ袋を提げて門の前を通った。八十八になるが、背中はまっすぐで、口も達者だ。
「繁さん、今日は機嫌ええの」
「ええことあるかい」と父は縁側から言った。
林のおばあちゃんは笑って、私に目で、大変やねえ、と言った。この人は、うちのことを何でも知っている。昔、夜中にこの家から聞こえていた物音のことも。
八時半に家を出るとき、私は玄関の引き戸の、上のほうに付けた補助錠をかけた。父の手が届かない高さに、去年の夏に付けたものだ。それでも父は一度、踏み台を持ってきて外へ出た。
去年の春と、今年の夏。父は二度、家を出たまま帰らなかった。二度とも、私は交番に電話をして、届けを出して、町の放送を流してもらった。家族の同意が要るんです、と最初のときに交番の小田さんに言われて、私は、お願いします、と言った。父の名前と、歳と、着ていた服の色が、町じゅうのスピーカーから流れた。
二度とも、父は川の土手で見つかった。河川敷のグラウンドの、三塁側の、古い木のベンチ。どうしてそこなのか、父に聞いても分からなかった。
「行ってきます」
父は返事をしなかった。茶の間のテレビの前の座椅子で、灰色のジャンパーの前を合わせて、ハイライトの箱を指でいじっていた。
*
マルヤスの惣菜部は、九時に揚げ場が始まる。
その日は唐揚げの日で、私は九時から十一時まで、佐野さんと並んで油の前に立っていた。携帯はロッカーの中だった。揚げ場には持って入れない決まりだ。
「お父さん、どう」
佐野さんが聞いた。六十を過ぎていて、自分も姑さんを家で看取った人だ。
「相変わらずです。朝から、おい、おい、です」
「元気な証拠やわ」
揚げ網を上げるたびに、油の匂いが髪に染みた。九時十分、私は佐野さんの隣で、二回目の唐揚げを返していた。そのことを、私はあとで何度も思い出すことになる。
三時に上がって、ロッカーで携帯を見た。着信は無かった。
*
家に帰ると、補助錠はかかったままで、父は茶の間の座椅子に座っていた。朝と同じ灰色のジャンパーで、テレビはついていなかった。
「ただいま」
「うん」
父が、うん、と言うのは珍しかった。いつもは何も言わないか、遅い、と言う。私は気に留めなかった。立ち仕事の日は、脚が棒のようになる。
台所で夕飯の支度をして、五時前に、林のおばあちゃんにもらった柿をむくことにした。父は甘いものが好きで、柿だけは機嫌よく食べる。包丁を出すと、父が茶の間から来て、台所の椅子に座った。私の向かいに。
五時になった。
町のスピーカーが、夕焼け小焼けを鳴らした。毎日のことだ。川のほうの柱のスピーカーと、小学校の屋上のスピーカーが少しずれて鳴るので、同じ曲が、二重になって聞こえる。私は柿に包丁を入れた。
チャイムが終わって、少し間があった。それから、女の人の声が言った。
「行方不明者のお知らせです」
私は手を止めた。
「本日午前から、二丁目の、真壁繁さん、八十一歳の、行方が分からなくなっています」
包丁の刃が、柿の皮に食いこんだまま止まっていた。
「身長、百六十センチくらい。やせ型。白髪。灰色のジャンパーに、紺色のズボン。茶色のサンダルを履いています。お心当たりの方は、警察署まで、ご連絡ください」
声は、同じ文を、もう一度繰り返した。川のほうのスピーカーと、学校のほうのスピーカーが、少しずれて。真壁繁さん。真壁繁さん。
その名前のところで、向かいの父が、小さく言った。
「はい」
病院の待合で名前を呼ばれたときのような、素直な、小さな声だった。
私は父を見た。父は灰色のジャンパーを着て、両手を膝に置いて、私が柿をむくのを待っていた。
*
冷蔵庫に、交番の電話番号を書いた紙が貼ってある。二度目のときに、小田さんが書いてくれたものだ。
「ああ、真壁さん。今、放送流れましたでしょ。こっちも、土手のほうから回ってもろてるとこで」
「父、ここにいるんですけど」
小田さんが黙った。
「……ご自宅に、おられるんですか」
「台所に。目の前に、座ってます」
「いや、今朝、九時過ぎにね、娘さんから110番が入っとるんですわ。父が朝からおらん、言うて。それがこっちに回ってきて、放送の同意も、そのときにもろてるんです」
「私、九時は仕事でした。揚げ場にいました」
電話の向こうで、紙をめくる音がした。
「……娘です、真壁美津子です、と名乗らはったと聞いてますけどね。落ち着いた声で、はきはき話してはった、と。それで、昼に、私がお宅に寄らしてもろたんです。インターホン押したら、娘さんが出はって。手が離されへんので、すみません、言うて、出てきはらへんかったけど。まだ見つかりません、お願いします、て。それで、昼と、今の五時と、二回流しとるんです」
「昼は、売り場にいました」
自分の声が、細くなっていくのが分かった。
「インターホンに、誰が出たんですか」
小田さんは、すぐには答えなかった。
五時半に、小田さんが自転車で来た。台所に上がってもらうと、小田さんは帽子を脇に抱えて、父の前にしゃがんだ。手に持ったタブレットの画面と、父の顔を見比べた。画面の写真は、去年の春、私が届けのときに渡したものだ。縁側で、煙草をくわえて、こっちを睨んでいる父。
「繁さん、こんばんは。小田です」
父は、小田さんを見て、ゆっくり頭を下げた。
「いつも、お世話になっております」
小田さんは、ちょっと笑った。
「ご丁寧に。……うん、繁さんですね。ほな、これは取り消しときます。電話のほうは、こっちで調べときますわ。たまにあるんです、いたずらとか、間違いとか」
玄関で靴を履きながら、小田さんは小さな声で、お父さん、今日はえらい落ち着いてはりますね、と言った。
六時に、スピーカーがまた鳴った。
「先ほどお知らせしました、二丁目の、真壁繁さんは、無事、発見されました。ご協力、ありがとうございました」
父は台所の椅子で、むき終わった柿を、ひと切れずつ、ゆっくり食べていた。
*
その夜、父を風呂に入れた。
脱衣所で、父は自分で腕時計を外した。外して、洗面台の縁に、そっと置いた。
左の手首から。
「お父さん、時計、そっちやった?」
父は、私の顔を見た。何を聞かれたのか分からない、という顔ではなかった。分かっていて、少し考えている顔だった。
「ずっと、こっちや」
父はそう言って、何も巻いていなくなった左の手首を、もう一方の手で、大事そうにさすった。
湯船の湯が、父が入っても、ほとんど溢れなかった。




