【19:罠と書いてチェックメイトと読む】
3人組が噴水広場で宿の様子をうかがっていると、衛兵に取り囲まれた。
ジョーたちは思わず身構えたが、その中から現われた男の一言で、状況は一変する。
「申し訳ございませんでした、パイジィ様」
「え――」
深々と頭を下げる男を見て、目を丸くするパイジィ。
「私どもの手違いで、まさかコンテスト優勝者の方を犯罪者として追ってしまうとは。」
「手違い……?」
「はい。内々の話で申し訳ございません。どうやら独断で余計なことをしていたものがいたようで……既に指名手配は撤回しており、街中で祝いの手配を進めております。」
「つきましては、これ以上の問題が起きる前にパイジィ様を保護させていただきたく」
周りの様子をうかがう。
衛兵たちの表情は読めず、この男の態度にも不審な点はない。
あまりにも情報がなさすぎる。
一方で、ムーンはパイジィを腕でかばうように立っているが、その首には汗が伝う。
ジョーはいつも通りだが、やや眉根にしわを寄せていた。
「……そっか……」
パイジィは小声でつぶやき、男の顔を見た。
「わかりました。ついていけばいい、ということですよね」
「おい!?」
ムーンが焦った声を出す。
ジョーは微動だにしない。
「それでは、こちらへ」
と、腕をつかまれた。
ムーンが驚きと怒りの混じった表情をしている。
「何考えてんだよ」
パイジィはそれには答えず、さみしそうに笑った。
「……あのさ、最初の出会い方はあんまりよくなかったけど、楽しかったよね、ムーン。」
「は――?ちょ……パイジィ!」
もう一人の同行者へ顔を向ける。
「……」
「ジョーさんは、何も言わないんですか?」
「……一つだけ、聞きたいかな」
「なんでしょうか」
「……月は、見えてる?」
「……ええ、今もしっかりと」
「……そうか」
それだけ。
そのやり取りだけすると、パイジィはもう歩みを止めなかった。
「では、参りましょう」
「はい。」
そうして、3人は2人になったのだった。
パイジィが連れられていなくなってしまうと、案の定衛兵たちが武器を向けてきた。
「へえ。何のつもりだこりゃ」
「しらばっくれるな!パイジィ様の誘拐犯め」
「……なるほどね、そういうシナリオなわけだ」
「大人しくしろ――うわっ!」
待ってました、と言わんばかりにムーンが目つぶしの煙玉を使う。
「くそ、逃げたぞ!追え!!」
そのまま、騒ぎになる噴水広場を後に、裏宿へ向かった。
裏宿のカウンターに頬杖をついて、ムーンがつぶやく。
「……なあ、ジョー兄ぃ。アイツ、罠だってわかってたよな」
「でも、行った。なんでだ?ジョー兄ぃと俺がいれば逃げ出すことはできたはずだろ」
その声色には納得できないという気持ちが乗っている。
ジョーはため息をつくと、確信を声ににじませながら答えた。
「……パイジィは……選んだんだ」
「選んだって、何を?」
「トレーニングには、ラインが2つあるんだ。1つ目は、超えるとケガするレッドライン。2つ目は、超えないと成長できないっていうイエローライン。」
「僕たちトレーニーは、そのラインをいつも見てる。限界を超えないと成長しない。だが、超えすぎるとケガをする。だから、どこがラインなのかをいつも見極める必要がある。」
「だけど……たまにあるんだ。ラインの色が変わることが。レッドラインだったものが、イエローラインに変わる瞬間が……」
「パイジィはあの時、ラインを見た。彼女はきっと、それを踏み越えるべきだと思ったんだと思う。」
ジョーの説明に、ムーンは少しだけ頷いて納得しつつも、それでも顔をしかめた。
「……レッドラインだって可能性はねえのかよ。相手は大貴族なんだぞ」
「その時は――僕らが持とう。彼女の持つ重すぎるバーベルを。」
と、
目の前に作りたてのうまそうなサンドイッチが差し出された。
見ると、ギルが心配そうにこちらをのぞいている。
「はいはい。難しい話はそこまでですよ。戦いに行くならまず腹ごしらえしないとね」
一口サンドイッチをかじると、ムーンは顔をゆるませた。
「ギルの飯、こんなにうまいなんてなぁ」
「はは、ありがとうございます。パイジィさんには及びませんけどね」
そう答えるギルに、ムーンはそうかもな、と笑うのだった。
その頃。
奇しくもパイジィも食卓を囲んでいた。
石材を使った冷たい椅子とテーブル。
高級感あふれるテーブルクロスの上には、
あまり見ることのない高価な素材をつかった料理がならんでいる。
席にはもう一人。
「やあ、初めまして……かな?パイジィさん。我が家の料理は気に入っていただけたかな」
銀髪、端正だがどこか意地の悪い顔立ち……スカールだ。
食事を促されたパイジィは、いただきます、と言いながらそれを口にし、答える。
「……あなたが、スカール・ルギルブルク……ええ、美味しいとは、思います。」
「おや、どこかで出会ってた?……さて、無作法だけど本題に入らせてもらうよ」
ニコニコとした表情を崩さず、声色だけがすっとよそ行きの熱を消す。
「ミール家のレシピをよこせ。両親はどこにいる?」
「……何の話ですか?」
無表情で即答したパイジィを見て、スカールの表情は露骨にイラつきとめんどくささをにじませた。
「おいおいおいおい。この僕が、この僕がだぜ、貴族的作法を省略してわざわざ野蛮人のやり方に合わせてあげてるのに。なんでかなあ。気遣いが分からないのかなあ。これだから嫌なんだ、人と直接話すのは。大事な時間が削られちゃうじゃないか。なあ?」
「あまり貴族をなめるなよ。パイジィ・ミール。ミール家の娘。」
「……」
ギラリとスカールの眼が光る。
どうやら、思った以上に状況はこちらにとって不利だったらしい。
すこし、暑い。汗が出てきていた。
「せっかくせっかくせっかく僕が潰してやったのに、レシピを持ち逃げしやがって。うざかったよなほんと。なんでこいつらが食料交易担ってるのか全然わからなかったもん。何がみんなに豊かな食事をだよ。何が楽しい食卓だよ。馬鹿が。美味しいものを貴族だけが安く食える現状の何が悪いわけ?誰でも食べられるようになったら僕らが損するだけじゃん。……でも最高だったよね?王族との会食、自分らの作った料理でみんな食中毒起こしてさ?」
「っ……」
父母の顔が浮かぶ。
二人はいつも笑顔だった。
それは、そんな過去があったことを微塵も感じさせず、パイジィは幸せだった。
だから、今はボロ家で家計に頭を悩ますミール家の過去が、料理人としての不名誉にまみれていることを知ったとき、パイジィは両親と喧嘩して飛び出したのだ。
尊敬するこの二人が、そんなことするわけがない。
何かあったに違いない、と。
……追いつこうとしても追いつけない二人からの逃避が多分に含まれてはいたが。
そんな二人の温かな口癖が、冷たく馬鹿にされる。
唇をかんだ。
「お家はお取り潰し、名誉は地に落ちてさぁ。いやあ、ほんとぼんくら料理人だったよねえ」
「お前っ!!!!!」
声を出す。
父母の卓越した料理の腕に、同じ道を歩んだことを後悔しない日はなかったが、
それは料理人としての尊敬の裏返しでもあった。
「お、怒ったね。やっぱり間違いなく君はミール家のパイジィ・ミールだね?ていうかさ」
そんな誇りを、スカールはあえて汚した。
人間は怒らせれば真実の反応を引き出しやすくなると知っているからだ。
思わず立ち上がったパイジィだったが――
「っぐ、あ…っ…!?」
――異常な発汗。
ふらりと座り込む。
間違いなく、何か混ぜられていた。
「馬鹿だよねお前。なんで敵地で出されたもの食べちゃったの?出されたものは食べましょうってママとパパに教わってたのかな?いいなあ、幸せだなあ、あったかい家庭だなあ。ハハハハハ!!!」
「お前……最初から……」
「大丈夫大丈夫、殺しはしないから。ゆっくりゆっくりさ、教えてくれるまで僕と遊ぼうよ。……あ、やっぱいいや、めんどくさいし。部下に任せよっと。食卓囲んで楽しかったよ。あとさ、せっかくだしもう一つだけ教えてあげる。僕は慈悲深いからね」
愉快そうに口元を歪めながら、パイジィの耳元でささやいた。
「……あの時、君の両親が作った料理さ。混ぜ物の味を隠すくらい美味しかったよね?」
パイジィは一瞬目を見開き、スカールの顔を見つめて、ゆっくりと目を閉じたのだった。




