【20:罠と書いてバーベルと読む】
スカールは幼少の頃より機能的に生きてきた。
常に上を見よ、隙を見せるな。
教育に熱心、というには過ぎた熱を持った家庭ではあったが、特にそれを苦にしたことはない。
皮膚をつねれば痛い、というように、すべてこの世界は合理的に回っていて、たまに起きる想定外は歯車が軋るせいであると理解していた。
父母は貴族として上に行こうとする気概はあったが、才がなかった。
だからこそ、理解ができなかった。
「お、お前……何をしたのかわかっているのか……!?」
「はい、お父様。使い捨ての者を使用いたしましたから、情報漏れはないかと。」
「そんなことを言っているのではない!!!」
「なんて恐ろしい子……!王族に毒を盛るなんて……!!」
「ですから……証拠は出ませんよ。数日体調を崩すでしょうが、それだけ。とはいえミール家はこれでお取り潰しですから、下流に甘んじてきた我らルギルブルク家が上に立つでしょう。」
なぜ、怪物を見るような目で見るのだろう?
完璧にできなかったというのならば誹りを受けよう。
タイミングを見誤ったというのならば嘲笑にさらされよう。
だが、今回のミール家に対する措置は完璧だった。
なのに、なぜこの、この人たちは、この歯車は――無意味に軋るのか?
そうして、既に家を掌握していた彼は、役に立たなくなった部品を地下牢へ片づけた。
「ん……」
ひやりと冷たい感覚がパイジィの頬にあたる。
しびれが残る手足でゆっくり起き上がると、そこはジメジメとした暗い空間だった。
金属が擦れる音に目をやると、どうやら手錠をされているらしい。
窓一つない部屋。鉄格子のはめられた向こう側からはこちらが何をしているか丸わかりだ。
揺らめくたいまつの照らす下には、看守なのであろう人物が椅子に座ってこちらを見ていた。
「……ま、貴族の屋敷ですから、地下牢くらいありますよね」
これはちょっと失敗してしまったかな、とパイジィが思ったとき。
「起きたか」
美少年フォームを解いた見慣れた筋肉が、隣に出現していた。
パイジィはもはや呆れを通り越して尊敬の眼差しでそちらを見る。
「あの、どうやってここに?とか色々聞きたいことはあるんですけど、先にありがとうございますって言っておきますね」
「ああ」
「片手指で逆立ちトレーニングやめてくれますか?」
「あと一回。ちなみに、ここへは穴を掘って到達し、もう一度穴を埋めただけだ」
「そうですか、そうでしょうね。」
と。
もうこらえきれないという風に看守……の振りをしていたムーンが声を押し殺して笑い出した。
「ムーンまで来てるんですか」
「まあな。命かけた収穫はあったかよ?」
「ええ……知りたかったことは、割とぺらぺらしゃべってくれました。ただ、証拠が……」
パイジィが顔を曇らせかけるが、ジョーの一言がその不安を粉砕する。
「それなら、心配するな。パイジィが寝ている間に隣に閉じ込められていたルギルブルク家先代夫妻を救出済だ。彼らが証言してくれるだろう」
「……え、そうなんですか?……じゃあ、私たちはなんでまだここにいるんでしょう」
目的はすべて達成されてしまった。
スカールへの復讐を考えなくもないが、それも後日彼の両親に公証してもらえばいい。
パイジィがやや困惑していると、ジョーはニコニコと言葉を口にする。
「ここ、涼しくて意外とトレーニング空間に良くてな。スカールさんに貸してもらえないかと一緒に頼みにいってほしくて」
「……そ、そうですか。じゃあ、まあ……行きましょうか?」
「うん。」
「あ、今鍵開けるから待ってろ――」
ムーンが懐から鍵を取り出すが……
「ふんっ」
マッスルマスターキーである。
「……あれ、これ俺必要だった?」
「行きましょうか?」
微妙に締まらない空気のまま、トレーニングジム(仮)を後にする3人なのだった。
上階に上がると、すぐに見張りに見つかってしまう。
まさか脱走者とは思っていないのか、驚きのままのようだ。
「な……なんだ貴様ら!……え、本当になんだ……?」
「一応、地下牢からの脱走者だと思います」
正直に答えるパイジィ。
「そうなのか。……?……!?……脱走者だ!!捕まえろ!!」
見張りは納得し……だいぶ遅れて通報した。
わらわらと衛兵たちが集まってくる。
「うおおお!覚悟!!!」
「ふんっ☆ふんっ☆」
「よ、それ、次はお前な」
パイジィは、この二人の味方でよかったと心から思った。
スカールの私室。
慌てた様子で従僕が駆け込んでくる。
「なんだ、騒がしい……」
「お、お逃げください!襲撃者……脱走者です!!!」
「……何を錯乱してる?この屋敷は大貴族ルギルブルク家の屋敷だぞ。A級崩れとはいえ元冒険者たちも警備についているだろう。侵入者に備えて魔剣も持たせたはずだ」
「それが――」
ジョーたちは衛兵をのしながら先に進み、ひらけた場所に出る。
玄関ホールだ。
2階にスカールの私室がある。
と、ゆらりと片腕しかない剣士が現れた。
頬がこけ、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。
「へえ、お前結構強いじゃんねえ。けどさ、分ってものがあるよねえ?聞いたことあるよねえ?片手落ちのイーグルスってねえ。」
「ジョー兄ぃ!あいつ、元A級冒険者だ!!昔から評判悪かったけどまさかこんなところに雇われてやがったか……!」
「良く知ってんじゃんねえ。じゃあ来世ではもっと早く思い出そう、ねっ!!」
ガイイイン!!
ジョーの筋肉に当たったのだ。
しかし、やはり鎧に当たったと思われたらしい。
そう思われて当たり前の効果音である。
「……良い鎧着てるねえ。生意気だねえ。……これ出さないといけないの、ムカツクねえ……!」
剣を投げ捨て、背負っていたひときわ禍々しい模様の剣を取り出すイーグルス。
魔力が剣に纏われ、放たれる先を待っている。
「……魔剣……!ジョー兄ぃ、魔剣はやばい!魔法が来る……!」
「もう遅いじゃんねえっ!!!」
凄まじい勢いの風の刃が放たれ――
「あ。」
――ジョーがちょうど取り出した真っ黒な石に当たって霧散した。
「は……!?その黒い石……なにかのマジックアイテムに見えるねえ……!」
「……なにしてるの?ジョーさん……」
「おなか減ったから食べようとしたんだ」
「ダークマターかよ!!!」
今一つ緊張感に欠けるやり取りに業を煮やすイーグルス。
さらにもう一撃を放つ。
「舐めてるねえ。二度目はないからねえッ!!」
「……」
正確には、放とうとした。
「……なにしてるの?ジョーさん……」
「丈夫そうだからバーベルの棒に良いかと思って」
なぜかジョーが魔剣をもって興味深げに上げ下げしている。
「魔剣!!!!それ魔剣!!!ジョー兄ぃ!!!!」
「なっ!い、いつ盗ったのかわかんなかったじゃんねえ……!」
得物を失い動揺するイーグルスの隙を、ムーンは見逃さない。
しかし、それゆえに、足元で揺らめく影への反応が遅れる――。
「じゃあ一旦寝とけな。……ジョー兄ぃ!!!影だ!!!」
「おいおいおいおいおいおいおい。油断してる君。ハイさよなら。」
「こいつ、影から!!…………?」
――反応が遅れても、関係なかった。
「う、動けない……元A級冒険者の、この影落としのタテマツが……!」
上半身だけ出した状態で、そいつは必死に床の影から出ようとしてもがいている。
「影も筋トレ、一緒にしてたからな」
「そんな……馬鹿な……抜けられない!!……く……呼吸ができな……ぐはっ!」
そのまま気絶し、影から放り出されてしまった。
その様子をみながらパイジィとムーンは思わずつぶやく。
「めちゃくちゃだろこんなの」
「影にも筋肉ってあるんですね」
しかし、まだだった。
刺客は3人いたのだ。物陰に潜み、獲物の動きが止まるのを待っていた。
機械の義手をジョーに向け、そこから針を飛ばす……!
「目標視認。装填完了……攻撃開始。ニードルブラスト!」
「あぁ~」
針が当たり、ジョーは気持ちよさそうな声を出した。
「……!?」
「血行が良くなった。ありがとう」
「損傷、なし。攻撃継続……!ニードルブラスト!!!」
挑発と受け取ったのだろう、さらに針を射出する。
「うっ!」
「目標に影響あり。さらに攻撃を加速。ニードルブラ……」
「きれいにツボに刺さった~」
血色がさらに良くなるジョー。
その眼には感謝が宿る。
「……混乱。目標、回復。目標、能力増大、測定不能。回避行動へ遷移を――」
思わず逃げ出すものの、その判断は、少しというにはかなり遅すぎた。
「ほかの人に当たると危ないから、少し寝てな」
「――回避、不能――」
昏倒。
ちょうどそこに、2階からスカールが顔を出す。
「なんだ……これは……」
「僕の集めた兵が……僕の、計画が……」
今までこんなことはなかった。
スカールが立てた計画は多少の軋みによる想定外はあれど、最終的にはうまくいってきた。
だが……彼はようやく知ることになったのだ。
自分は所詮、盤上のゲームをしていたにすぎず――
「ああ!君がスカールさんだね!!ちょっとそっちに跳ぶから待っててくれよ――フッ!」
「は……?うわああああっ!!!!」
――盤をたたき割る相手とは、ついぞ戦ったことがなかったということを。
ありえないレベルの跳躍をして、目の前に音一つせず現れたこの男こそが、スカールにとって初めての恐怖だった。
思わず後ずさりながら、尻もちをつく。
「なんっ……何なんだお前は……!?」
「この屋敷の地下に、いい場所があるだろ!君の両親もいたところだよ!」
「ひぃっ!!」
ドゴォ!と壁に手をついて穴をあけながら、ずいっっっと顔を近づけるジョー。
うなりを上げた重機が目の前に迫っているのを想像してほしい。恐ろしいってレベルではない。
「トレーニングジムに貸してくれないか!?」
「な、何を、馬鹿な、この僕は、スカール・ルギルブルクだぞ!!」
それでも、スカールはすがった。
自分の常識に。ここがまだ盤上だという幻想に。
そうすることでしか生きてこれなかったのだ。
ルギルブルクという名前で、相手が怯むことに淡い期待をしたのだ。
「……?だから……君に聞いてるんだが?」
「……ぁ……」
……まあ、ありとあらゆる意味で無意味な行動だったが。
それまでの価値観、生き方、何もかも破壊されたスカールは、白目をむいて倒れた。
口からは泡を吹いている。
「ん……しまった、気絶させてしまった」
ここに、勝負は決着したのだった。
と。
スカールに仕えていた従僕がひょこっと顔を出した。
気絶している主君をみて軽蔑したように鼻を鳴らす。
「ふん……人間というのはここまでしてやっても役に立たないものなんですね」
「お初にお目にかかります。私はシシツ=ト=ウシツ。いわゆる悪魔と呼ばれるものでし」
その名前を聞いた瞬間。
今までで最も怒りと警戒に満ちた表情になったジョーは――
「フンッ!!!!」
「え」
――相手を思いっきり殴り飛ばした。
人相手ではない遠慮なしのブローは、建物どころか空間すら削り取り、悪魔の痕跡は一切のこっていない。
「ジョーさん。いくら魔物っぽくてもいきなり消し飛ばすのはよくないと思いますよ」
「あれは、悪いものだ。」
「いやでも何か喋ってたし絶対今回の黒幕だったんじゃ」
その後、あれは悪いものだ、としか言わなくなってしまったジョーをなだめつつ、パイジィとムーンは気絶したスカールを連れて屋敷を後にしたのだった……




