【17:食事と書いてキオクと読む】
「ったく無茶しやがって……でも、かっこよかったぜ二人とも」
ムーンがため息をつきながらパイジィのやけどにポーションをかける。
火事は既に鎮火済みだ。コンロは火の魔道具なので、着火用の魔力を切らせばすぐに消える。
空気が熱せられたことで換気になったのか、臭いもマシな空間になっている。
因みにジョーは、水分補給をすると数秒で完治した。
今は腕組みして成り行きを見守っている。……片足スクワットをしながら。
「……さあ、ギルさん、冷めないうちにどうぞ」
「……ああ」
ギルは差し出されたカンザシスミレウオの天ぷらを眺める。
揚げたてのそれは、炒ったナッツ類のような香りと、まだ微かに残る甘い花の香り。
余熱でほんのりと紫から紅に色変わりした皮目がパリリと割れ、じゅうっと旨味が湯気を立てた。
完璧に調理されているのがはっきりとわかる。
「……いただきます」
一口。
皮のさくりと小気味よい歯ざわりが、ふんわりとした身を受け止める。
ほろりとほぐれた白身は、下味にハーブの爽やかな風味とほどよい塩味がついており、魚特有のまろやかな味を見事に引き立てていた。
それは、故郷でよく食べた、季節の味だった。
「……うまい」
心の底から湧き出る美味しさへの感動。
そして、無視できない2つの疑問があった。
素材は保管庫から持ってきたんだろう。
だが……
「……なぜ……この料理を知っている?これは、俺の故郷に口伝で残っているレシピだ。山奥の小さな村でね、そう知られたレシピじゃないはずだ」
「それは……」
パイジィは言いよどむ。
答えを持ってはいるが、口に出すか迷っている様子だ。
「まだあるぜ。わざわざこれを作った理由はなんだ。偶然ってわけでもねえだろ?」
「あなたの故郷の料理だから」
「……なんで」
「いくつかあるよ、理由は。決め手はこの素材があったこと。だってそうでしょ?普通食べられないものを保管庫に保管しておく必要がない」
「ふむ……」
「それに、ここにある調理器具の中で、揚げ物用のものだけが僅かに手入れされている形跡があったからね。じゃあもう1つしかないなって」
ギルは、パイジィの卓越した観察力に感心しつつも、あごをさすりながら腕組みをした。
「……それは、半分だけだな。わかった理由にはなるが、この料理を今出す理由にはなってねえ。」
そこに、ギルは興味があった。
技術ではない。もちろん技術も優れているが、ギルが知りたいのは、その奥だ。
ここまでされた以上今更料理を作り返して勝負を長引かせるつもりはない。
自分ではパイジィの技術には勝てないからだ。
だが、どうしても……パイジィはこの料理をなぜ選んだのかを知りたかった。
どういう答えが欲しいのかもわからない。
ただ、その答えを待った。
パイジィは目をつむると、何かをかみしめるようにゆっくりと話す。
「記憶ってさ、一度沈んで忘れちゃうと、思い出すの大変でしょ?」
「でも……人は何かを忘れてしまっても、その味はどこかで結びついているから」
「苦い経験、とか、甘い思い出、とか、ね。」
「……だから、あなたにもあると思った。……料理人を目指したときの味が、きっと」
ふわりと微笑むと、ギルの目を真っすぐ見て言った。
「あなたに在る味はきっとコレだって思ったの。それが理由だよ」
「――」
完璧な回答だった。
一口、さらに、一口。食べ進める。
心の中にずっと巣食っていた何かが、ゆっくりと溶けていく。
「……うまい……うまいなあ……」
いつのまにか、ギルは泣いていた。
と。
「すまん。良いところなのはわかってるんだけどさ……俺も腹減った!!!!!あとジョー兄ぃの顔見て!!!」
ムーンが悲鳴交じりの素っ頓狂な声を上げる。
パイジィとギルがジョーの顔を見ると……
「ギャッ!」
「うお」
ガリリッガリッ!
無表情でダークマターをかじる美少年。
その視線はカンザシスミレウオの天ぷらに一心に注がれ、恐ろしい形相だ。
明らかに腹を減らしている。減らしすぎている。
鬼に進化しそう。
「ご、ごめんね!ジョーさん!……ほら、ギルさんも手伝って!!」
「え……?」
「ジョーもムーンもよく食べるの。急いで作るには――料理人の手が足りないから!」
「――ああ……ああ!」
ギルは、錆びついた包丁を研ぎにかかるのだった。




