【15:矜持と書いてメニューと読む】
翌朝。
ジョーの筋肉ロックが解除され、3人は裏宿の酒場に向かう。
カウンター席に座ると、ムーンがふああっとあくびをした。
「あー腹減った。パイジィ、またなんか作ってくれよ」
「僕もカロリー不足でそろそろ筋肉に影響がありそうです」
「そうですね、じゃあ何を作りましょうか……」
パイジィはそう言いかけたが、ふと思い至る。
ここは酒場なんだし、ここで食べれば良いのでは?と。
カウンターの下をのぞくと、置いてあるメニューらしきものが目に止まった。
ちょうどそこに、昨日案内してくれた切れ長美人の店員がにこやかに声をかけてくる。
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「あの!もしかして、これってメニューですか?」
「え?……ええ……まさか……何か頼むの?」
なぜか微妙な顔をする店員。
と、ムーンが必死な形相で首を横に振っている。
……しかし。
パイジィは料理人である。
そこに料理があるのなら――
「この!おすすめコース、ください!」
挑むのが彼女だ。
とりあえず気になったものを頼んでしまった。
ムーンはこの世の終わりだ……という表情でうなだれている。
「……返品は、できませんからね。」
店員は気の毒そうな表情を浮かべて、厨房へ消えていった。
「はあああ……やっちまったな……パイジィ……」
「え?」
「……俺は食わねえからな。責任持てよ」
「……え……?」
そうして、暫く……店員が用意のできた料理を運んでくる。
運んでくる途中にあるテーブルで次々に悲鳴が上がる。
「うお!?」
「おえっ……!誰だここで料理頼んだやつ……!!」
「俺部屋帰るわ……」
間もなく。
パイジィは好奇心の代償を目の当たりにすることになった。
「お待たせしました……」
既に異臭が漂っている。
鼻どころか目にしみるような刺激臭。
ムーンの顔色が悪い。
ジョーは顔の筋肉を硬直させ、椅子の上に正座している。
なにかトラウマを刺激してしまったらしい。
ひきつった顔の店員がまずスープ皿を置く。
「1品目、ムラサキニンジンとグリズリーベアの手スープです……」
スープ皿の中には……料理どころか、およそ毒としか思えないようなドロドロとした紫色の液体が泡をふいていた。普通にデカイ手が入ってるのもだいぶパンチが効いている。手だけに。
「2品目、クサミダケとハングリーフロッグのモモステーキ」
次はメインディッシュ。
クサミダケ。肉厚のキノコだが、異臭の主な原因はコレだ。
肉自体の見た目も骨ばっていてあんまりおいしそうではない。
「3品目、ライトニングチェリーのシロップ漬け、ポイズンビーのスパイス風味」
一番マシだが、明らかにスパイスのかけすぎだ。
シロップがスパイスで埋まりすぎて、スパイスのシロップ漬けになってしまっている。
それらを一瞥し、パイジィはそれぞれ一口ずつ口に含む。
含むごとに眉をしかめるが、それでもすべての料理を食べ進めるパイジィ。
ムーンと店員はそれらを信じられないという目で見ており、
ジョーは正座のまま置物に徹している。
やがて、周りには野次馬が集まりはじめた。
「嘘だろ……何もんだ?」
「あれ食えるのか……?」
「お前試してみるか?」
「やだね。死にたくねえ」
がやがやと騒がしいが、パイジィは全く気にしていないようだ。
ただ、目の前の料理をしっかりと味わい、何かを考えながらきちんと食べ進めている。
そうして――
「ありがとうございました。」
――完走。
わっと歓声が上がるものの、しかし。
パイジィはすっと立ち上がって、店員を見つめて言った。
その表情はいつも浮かべることのない、真剣で険しいものだ。
「厨房へ。」
「え……?」
「厨房へ私を連れて行ってください」
「で……でも、それは――」
「連れて行けって言ってるんです。」
「ひゃい!」
有無を言わせない迫力に、店員が縮みあがる。
「……おい?大丈夫か?」
ムーンが心配そうに声をかけるが、パイジィの耳には入らない。
店員に連れられてつかつかと厨房の方へ行ってしまった。
ムーンも立ち上がり、後を追おうとしたが、ジョーがそれを止めた。
「ジョー兄ぃ……」
「今回は、パイジィさんの戦いです。僕たちは、ただ支えてやればいいんですよ。」
そういうと、ジョーはまた目を閉じた。
パイジィは、憤っていた。
それが憤りと理解できぬほどに。
厨房のドアを蹴り開ける。
そこは、厨房と呼ぶのもおこがましいような状態だった。
散乱した野菜クズに汚くくすんだ床。
錆びた包丁、洗われていない調理器具。
そして――
「あなたですね。先ほどの料理を作ったのは」
――料理人と思われる男が一人、椅子に腰かけていた。
顔まで古傷だらけのその身体は、尋常な様子ではない。
胸のところには、ギル、という名札がついていた。
「なんだ?テメェ」
「うるさい」
「あ?」
パイジィの眉は吊り上がり、まさに怒髪衝天という感じだ。
「質問しているのは私。あの料理、本気で作ったの?それとも手を抜いたの?」
「んなもん、手抜いたに決まってんだろクソガキ。死にてえのか?」
ギルはせせら笑い、錆びついた包丁を手に立ち上がる。
それでも、パイジィは一切怯まない。
「どうして手を抜いたの?」
「……そろそろイラついてきたな。何なんだお前。」
「答えて」
包丁を顔にむけられながら、パイジィの視線は揺らがない。
真っすぐギルを見ている。
「……気に入らねえ目だ……」
包丁をつきつけたまま、ギルは平坦な声になる。
フラットな声には、いつでも殺すという危険が宿っていた。
「なんで気になる?まずかったんだろ?それが嫌だったんだろうが?」
「違うわ。私が気に入らなかったのは、味そのものじゃない。料理の真髄は味ではないもの。」
「……なに……?」
「味は単なる到達点。当然目指すべきものだけど、それ以外を持ち込むことだってある。見た目、縁起物、栄養バランスに効率……何を目指すかは人それぞれ。だから、それ自体は流儀の違いだわ。」
「……当然、それを実現するのには相応の技術が必要。」
パイジィのぎゅっと握った拳がわなわなと震える。
「素材の下処理の仕方、切り方は食感と煮立てる時間の計算まで……あなたの技術は完璧だった。」
「でも――最後に、それらを台無しにしていた。まるで、砂浜に描いた美しい絵を、乱暴に足で消すみたいに。」
「どうして?」
ギルの口が真一文字に引き絞られた。
青筋が立っているところを見ると、本当に触れられたくない部分であることは間違いない。
包丁が震え、突き付けられたパイジィの額に触れる。
「黙れ!!!お前……いったい……なんなんだ!!!」
「私の名前はパイジィ。――通りすがりの料理人よ」
その名前を聞き、ギルは目を見開いた。
数日前に実施された、料理コンテスト。
料理コンテストとは名ばかりの、クソみたいな八百長コンテストだ。
他ならぬギル自身が嫌というほど理解している。
かつて挑み、力に屈し、ここに流れ着いた。
それを、ただ……ただ美味しいというだけで、すべてをぶち壊した料理人がいることを、彼も知っていたのだ。
「へえ。じゃあお前が前回のコンテスト優勝者。貴族様の言うところのイカサマ野郎なわけだ。ここで俺が衛兵に通報してしまえば、このうざってえやり取りから解放されるな?」
「できるの?……あなたも料理人なら、私の料理を食べてみたくてたまらないはずだわ」
「……なんだと?」
「わからない?……料理勝負しろって、そう言ってるの」
パイジィは、不敵に笑った。
……一方そのころ、ムーンとジョー。
「戻って……こないね」
「戻って……こねえな。腹減ったァ……」
ガリッ!ガリリッ!
「ちょ……ジョー兄ぃ、それ何喰ってんの……」
「カロリー。」
全くの無味であるダークマターを口に運びながら、ジョーは真顔で答えた。
恐る恐る聞くムーン。
「……おいしい?」
「感謝を感じているよ」
ジョーは、質問に答えず、真顔で笑った。




